岡本太郎展と夜の中之島散歩【GRと散歩】
大阪でやっている岡本太郎展に行ってきた。
場所は大阪中之島美術館。
中之島って、大阪市在住人間は意外と行かない。大阪市内で働く人はよく行く場所なのかもしれないけど。だから大阪人なのに大阪にある中之島に行くのは、あまり行き慣れていなくてちょっとドキドキする。
台風直前の日にカメラGRを持って、岡本太郎展がてら、中之島を散歩し歩いて帰ってきた日の写真を。
まずは、中之島まで梅田からリーガロイヤルホテルのシャトルバスに乗らせてもらって向かう。
ビジネス街なので、ビルがあちこちに生えていて、人工的に作られた森のようなものや公園がビルの隙間にあったりする。
私にとって、中之島に来たらここには絶対寄らないとね、という場所である「旧ヤム邸 中之島洋館店」へ行きスパイスカレーを食べることにした。
ここは、旧ヤム邸の中でも店の雰囲気は一番シックで素敵である。
太郎効果のせいか、長蛇の列であったが、珍しく並ぶことにした。
並んでいる背中側にはセブンイレブンがある。
現在セブンイレブンは関西グルメに力を入れていて、期間限定で旧ヤム邸の2種類のカレーが入った弁当が売られている。
もう少し涼しくて風も強くなければ、セブンイレブン版の旧ヤム邸に心が動くところだったが、台風がきているおかげで、わざわざじっと並んで待つことにし、めでたく入店した。良かった良かった。もう少しで、わざわざ旧ヤム邸に来て、そのすぐそばのセブンイレブンで買う旧ヤム邸のカレー弁当を外のベンチで食べるところだった。
アンティークなものに囲まれて、鶏キーマとマグロのカレーと、チキンの黒カレーの2種盛りを注文した。
辛すぎてヒーハーしながら今回もサラリーマンランチスタイルでサクッと食べてさっさと出た。
それから、連絡通路で繋がっている中之島美術館へ。
いよいよ岡本太郎展へ。
最近の美術館は写真撮影OKのスタイルが多い。
前半は何枚か撮ったりしていたのだけど、太郎展の場合は、集中して対峙する力が求められるような作品が多く、そのうち写真を撮るのはやめた。
岡本太郎の母のかの子氏の方が太郎よりも破天荒な人生だということを学生時代に知って驚いたりもしたが、岡本太郎は「ぶつかり合うことが調和」だと言った。
だからこれだけのエネルギーがあるのだろう。
時間と空間を超える、無機物と有機物の対比、アヴァンギャルド。
大阪で育った私にとっては、子供時代から万博(かつてそこにあった遊園地エキスポランド)でよく遊び、いつもそこにあった「太陽の塔」は特別なシンボルであった。太陽の塔が身近にあるがゆえ、太郎に対しても親近感があった。
そしてもう一つは吹田市にあった当時日本最大のテーマパーク型レストラン「カーニバルプラザ」の看板やイメージキャラクター。
岡本太郎の作品であり、逆に岡本太郎イコールカーニバルプラザの世界でもあった。
カーニバルプラザには、シーフードホールとBBQホールとがあり、なぜか我が家はシーフードホールばかり行き、カニを食べまくっていた思い出がある。
誰かの誕生日や親戚が来たらカーニバルプラザへ行く。そんな私の家族の、ささやかで幸せで贅沢な場所であった。
中では、小さなサーカスがあったり、風船を持ったピエロがいたり、ブラスバンドで生演奏があったり、雨が降る時間帯があり雨音がザーっと鳴り続ける演出もあった。
似顔絵を描くアーティストがいたり、美味しいパンがあったり。
まだ子供だった私は、カーニバルプラザの中にあった、摩訶不思議な物ばかりを売るお店で、暗い場所で光る星のシール(天井に貼った)やUFOの本を買った。
あの何とも言えぬ異様さ、世界観も含めて愛着がある。
そこに常に岡本太郎の描いたあの黒目の謎のキャラクターがあった。
もう店もなくなり、当時の幸せだった家族ももうここにはない。
そんな思い出が詰まったカーニバルプラザの関連商品が、思いがけず展示されているのが目に飛び込んできて、感動してしまった。
太郎展では太郎がどんな経緯を経て、近鉄バッファローズやカーニバルプラザのデザイン等のパブリックな作品を作ることになったかを知れたし、また晩年の作品など時系列でみていくことができて面白かった。
メキシコに行った後は呪術的な世界を感じる作品が続き、高野山に行った頃は黒の筆が梵字のように見える作品が並ぶ。
人は何かに影響を受けて生きているのだなあと思う。太郎ほどの人でもそうなのだから。
太郎が縄文土器に刺激をもらった後はそういうニュアンスも混ざってきて、その時その時の心の有り様が感じられつつ、一貫して持っているエネルギーとか、とにかく刺激的で、見終わった後はヘトヘトになった。
調和がぶつかり合うことだと太郎は言ったが、調和って非常に疲れるものだと思った。自分の中に太郎の作品を調和させるためにはかなりの体力が消費された。
ランチを食べて、美術館で太郎とぶつかり合い、グッズを買うなどという資本主義の渦に飲み込まれた後、外に出たら、もう日が暮れていた。
さて、中之島に来たからにはあそこに行かねば。そう意気込んで、中央公会堂へと歩くことにした。
中之島の思い出として、小学生の頃に中之島へ写生会に行き、中央公会堂の絵を描いたのを覚えているが、あの絵は私の人生の中で一番うまく描けた絵だった。
アーチの部分をものすごく丁寧に描いたことが何となく心に残っていて、それ以来、中之島の中央公会堂のフォルムやアーチは心に刻まれている。
スペインコルドバのメスキータを見た時、中央公会堂やん、と思ったのが第一印象だったくらいである。
昔からずっと絵を描くのが好きだったし、今も好きだが、今の私の描く絵は変な落書き程度。
その代わり、今は、風景をカメラで撮って写真におさめるということを趣味にしている。
筆も絵の具も要らないし、時間もかからないカメラなので手軽でいい。
ライトアップされて格好良くなった、カレーを食べた洋館ダイビルの横を通り過ぎ、ビルを眺めながら、堂島川沿いを歩く。
どうしても大阪を散歩するとビルの写真ばかりになるけど、無機質な夜のビルの写真は嫌いじゃない。
でも、次に旅に出るときは、GRでもっと壮大な自然の風景を撮りたいなあとは思う。
歩いているうちに空が暗くなり、ライトがついていき、中央公会堂に到着。
中央公会堂もライトがついて格好良く照らされていた。
しばらく写真を撮ったり、ベンチで休憩してチョコレートを食べたり喋ったりしながら夜のひとときを味わった。
それから更に歩くことにして、我が家での通称「ライオン橋」こと「難波橋」を渡って通り過ぎる。
ライオン橋はちょうど阪神高速を降りた場所にあり、子供の頃、父親の運転でしょっちゅう行っていた堺の親戚の家から帰ってくるときに必ず通る場所であった。
阪神高速のオレンジ色のライトを、妹と二人で数え続けたりしてそのうちに眠って、「ライオン橋に着いたぞ」と父に言われて窓の外のライオンを見ながら、ああ家に帰れるって安心したものだ。
それはもう40年近く前の記憶だが、カーニバルプラザも幸せな家族もない今、ライオンだけはまだそこにいてくれたのは嬉しかった。
大阪と言えば水の都。
川のある町はやっぱり好きだなあと思う、たとえ超都会だったとしても。
都会の橋を渡り、私の大好きな日本一長い商店街「天神橋筋商店街」へ。
雨の降りそうな夜の散歩に持ってこいの場所である。
15時には売り切れていることの多い中村屋のコロッケは今回もお預け。
私は、中村屋のコロッケが世界中で一番おいしいと思っていて、ダウンタウンの浜ちゃんも同じ考えだということを知ってから自信を持って声高に言うようにしている。
中村屋のコロッケのあの甘さ、味の濃さは他に味わったことがない。
あのコロッケのためだけに、昼過ぎまでに天神橋筋商店街に行くことが何回もある。
これからも声高に語っていきたい。
中村屋 (なかむらや) - 南森町/デリカテッセン | 食べログ (tabelog.com)
それから、いかにも大阪なスーパー玉出をのぞき、KALDIよりも好みのものが幅広く置いている海外の輸入食品スーパー「PEOPLE’S」に寄って色々買って、ドラッグストアにも寄り、リュックが重くなっていった。
ホーム - PEOPLE'S(ピープルズ)┃輸入食品・お酒のセレクトショップ (peoples-grocerys.com)
商店街の端まで来てしまったので、スーパーに寄って私はマフィンを買い、相棒はたこ焼き屋でたこ焼きを買い、ベンチに座って食べた。(あっという間に食べて写真を撮り損ねた。)
そのまま更に1時間半くらい歩けば家に着く計算だったが、台風が近づいてきて、大雨が降ってきたので、梅田まで歩いて戻って電車に乗って帰ることにした。少し不本意であった。
大阪大満喫の夜の散歩。
連れ合いに、「写真を撮るのにえらい時間がかかるねんな」と言われた。
夜の撮影はGRではとても難しいなと思っていて、まだ操作や設定に慣れておらず、確かにスマホでパシャっと撮るわけにはいかない。
大体一人でGRと散歩をしているが、今回は二人だったので、付き合う方は大変かもしれない。
でも楽しいけど。
GRを持ち歩いて散歩しながら写真を撮りまくっているが、コツをつかんだと思ったら、また別のテーマが自分の中に出てきて、色々と設定を試したりしてしまい、結局時間がかかる。
でも楽しいけど。
写真を撮るのがもっと上手くなりたいなあと思う。
撮るしかないし、撮るのは楽しいけど。
幡野さんがGRⅢのことをnoteに書いていた。
私も、3%の偶然が生まれるよう、もっといっぱい散歩しようと思う。
最近は夜の散歩が多いので、今度は晴れた昼に、自然の中を。