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鉄工所がピザ窯を開発したら木のグリルができたワケ
2019年の秋、家業の鉄工所で商品開発を任されていた私はとても困っていた。
地域のイベントでピザを食べてきた当時の上司にピザ窯の開発を命じられたからだ。写真を見て2秒で思った。
「もうあるやん」
と。
いいものを作れば売れるという幻想
家業の乗富鉄工所は創業70年を超える水門メーカー。売上の7割近くを水門やポンプなどの公共事業で賄うBtoGの会社です。インフラメーカーとして売上面では安定した経営をしてきましたが、水門の素材が進化したことによる高寿命化で新規発注が年々減少傾向にありました。
そこで水門の売上低下を補う新規事業として地元の海苔漁師さんや味噌屋さんの困りごとを解決する装置を作って販売しようとしましたがこれが大苦戦。「こんな商品は見たことがない、面白い」と評判は良いいものの、ほとんど売上には繋がらず苦しい思いをしていました。
原因は価格の高さとニッチすぎたこと。ニッチすぎる商品だから大量に作れない、そうすると価格を落とせない。作業環境に合わせてカスタマイズするセミオーダーのような商品でこれも価格を上げていました。これだけモノがあふれる現代において市場に存在しない商品にはその理由があるのだということを身をもって知りました。長い時間かけて作りこんだ商品が売れないことほど悔しいことはありません。新規事業に挑戦して1年を超えると社内の目線も厳しくなるし、なにより時間をかけて開発してくれた職人に申し訳なさで胃が痛む日々でした。
そして今度はピザ窯です。鉄工所が得意とする溶接構造はあるものの大部分は煉瓦やセラミックなどの耐火構造物ですでに有名な製品もある。このまま進めたら二の舞になる、そう感じた私は開発にかかる前に徹底した市場調査をすることにしました。
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本当に大事な情報はネットにはない
なにはともあれ情報収集。世の中にはどういうピザ窯があるのかネットで調べてみることにしました。すると出るわ出るわ・・・機能・価格・特徴などを表にまとめたりマッピングしてみて「ここが狙い所かな?」というところは見つけたものの、すべての情報を網羅できているわけじゃないので重要な情報が抜けているかもしれない。考えれば考えるほど机上の空論のような気がしてきます。ピザを焼いたこともない自分がこんな情報だけで開発進めても大丈夫なのだろうか。
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「実際にピザ窯を使っている人に話を聞くしかない」
そう思った私はピザが美味しいと評判のお店をネットでリサーチ。福岡市内にある有名イタリアンシェフがいるお店La casa di Naoを見つけて恐る恐る電話をかけたら快くOKを頂き、お店に伺いお話を聞くことができました。
・ピザが美味しく焼くためには350~500℃の安定した高温が必須条件
・保温材と空気の流れを工夫しないと熱が逃げて温度が安定しない
・業務用の釜は専業メーカーがいるのでおすすめしない
・個人でピザ窯作る人はいるが鉄部分が高くつく。鉄工所なら保温構造をなんとかできれば可能性はあるのでは
・プロが使う耐火材を使ったピザ窯は30~50万程度
・家庭やアウトドア用の釜はあるが350℃以上を安定して出せるものは少ない。アウトドアが盛り上がっているので調査してみるといい
なるほど、家庭やアウトドア用途なら可能性があるのか。なんだかちょっとだけ光が見えた気がします。インターネットの海をさまよっていただけではたどり着けなかった情報の数々。大事なのは勇気を出して人に会いにいくことなんだと知りました。本当に大事な情報は人がもっている。
ちなみにアウトドア素人だった私は、今度はアウトドアショップに電話してお店に伺ってみることに。このときアウトドア好きのメタルクリエイター(※)と一緒に行ったことがきっかけで「スライドゴトク」という自社としては初のヒット商品が生まれることになるのですがこれはまた別の機会に。
※オーダーメイドのものづくりで培われた発想力でゼロからモノを作れる鉄工職人を乗富鉄工所では「メタルクリエイター」と呼んでいます
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メタルクリエイターが生み出した画期的なプロトタイプ
「家庭用」「20kg以下」「350~500℃の高温を維持できる保温機構」「20万円以下」。こうして最低限の開発要件が整いました。
その後も大手素材メーカーで長年研究開発されていた方に保温材や熱の扱いについて話を聞きに行ったり、耐火煉瓦を作っている会社に訪問したりしながら地道に開発進めていたある日、試作を進めてくれていた凄腕メタルクリエイターが「すごいものができたから見てくれ」と声をかけてきてくれました。
なにこれすごい。天才か。
動画ではエリンギですがピザもバッチリ焼けます。バーベキューとオーブン料理が同時にできるという点だけでも斬新ですが、通常は煉瓦を使う保温機能を木で実現しているという奇想天外さ。煉瓦に比べて圧倒的に軽いうえ、鉄と木の間に断熱材と空気の層を作っているため触っても火傷しないという特徴もありました。
とはいえこれは市場には存在しない商品。本当に需要があるかまだ自信がなかったため、地域のイベントに持って行ったり市の職員さんをよんで柳川観光名物の川下りの舟の上でバーベキュー&ピザ作り体験を実施したりしました。結果は大好評。早く発売してほしい、という地域の方々の声を受け本格的に開発をスタートすることに決めました。2020年の夏のことでした。
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商品をつくるということ
いいプロトタイプができたからめでたしめでたし…とはいきません。プロトタイプはあくまで仮説検証用の1品もの。量産を前提とした商品(=プロダクト)化のためには長期間の使用に耐えうる耐久性はもちろん、購入したいと思ってもらえるデザイン、目標価格を実現するための工法とサプライチェーンの確立…やらなければならないことは山ほどありました。
デザインをつくる
インターネットやアウトドアショップの調査を通して商品のデザインが非常に重要だと感じていましたため、私の独断で新規事業全般のブランディングに伴走して頂いていた経験豊富なプロダクトデザイナーの関光卓さん(Gate Light Design)にお願いすることにしましたが、これがハレーションを生むことに。
公共工事を中心にしてきた町工場にとってものづくりの優先順位は
品質=機能≧コスト>>>>>>見た目の美しさ
という感じ。「かっこよさも大事かもしれないけど機能や価格の方が圧倒的に大事でしょ」という感覚が主流で「見た目にこだわるのはかっこ悪い」という人もいたりします。一方でデザイナー視点(というかむしろBtoC商品の一般的な視点)では、品質、機能、コスト、見た目の美しさすべてが等しく重要で、バランスが取れた商品がいい商品だということになります。
「神は細部に宿る」という有名な格言にあるように、美しいデザインを実現するためにはネジの1本に至るまで非常に細かい配慮が必要になりますが、このあたりの感覚は実際に経験してみないと身に付くものではありません。さらに今回は350℃以上の高温を扱う特殊な商品でもあったため熱による影響の考慮も必要となり、これはデザイナーの関光さんにとっても未知の領域。デザインして頂いたものをそのまま作って完成、というわけにもいきませんでした。
デザイン、試作、デザイン、試作・・・の繰り返し。そのたびに出る「なんでここはこんな難しいデザインなのか」「この構造はデザイン無視してこうした方が安くなるはず」という声。繰り返される試作で社員の気持ちが離れていかないようにするのは本当に大変だったし、こちらの無理なお願いにも根気強く付き合って頂いた関光さんには感謝しかありません。振り返ってみれば商品を作りながら社内の中にデザインに対する理解を育てていく、そんな時間だったのだと思います。
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品質とコストをつくる
鉄工所にはそれぞれ得意分野があり、乗富鉄工所は職人による溶接と組立を武器にするアナログな工場。金属の曲げや切断は専用設備がないため割高になってしまいます。そこで力になってくれたのが同じ市内のアトツギ仲間、安永翔太さん。彼の家業である株式会社ヤスナガは数々の最新設備を導入するハイテクな鉄工所で金属の切断と曲げに関しては地域でも抜きんでた存在です。元モンベル社員で大のアウトドア好きでもある安永さんにプロトタイプの段階から相談に乗ってもらい試作を繰り返していきました。
他にもデザイナーさんの紹介で知り合った神越プロダクツの金澤さんにネックだった木材部分の製作、鶴栄工業アトツギの高尾清太さんに細かな部品の調達などを同じく開発段階からご協力頂きました。
ご協力頂いた会社の共通点は「町工場の職人技を生かしたプロダクトで世の中をもっと楽しくする」というビジョンに心から共感して頂いていたということ。夢を語りながらも内情をオープンにしてみんなでシビアなコストに挑戦したことで、だんだんと現実的な品質、価格が見えてきました。
それは自社だけでは決して乗り越えられない壁でした。
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チームをつくる
そして2021年9月、このプロジェクトの最後のピースがそろいます。私の大学時代の後輩、カワクボケンタロウが商品開発担当(プロダクトマネージャー)として入社してくれたのです。
工学部出身でロボコン部でもあった彼、前職では船の設計や現場との調整役も経験しており商品開発の担当にはうってつけでした。大企業から中小企業への転職だったのではじめはカルチャーショックもあったようですが、持ち前の誠実さで個性豊かなメタルクリエイターや設計メンバーをうまくまとめてくれています。
彼が入社する前は、既存事業の隙間を使って一人で営業・広報・開発などを担当していたのでどうしても私のところで情報が止まることが多く、フラットな関係を心掛けてはいたもののメンバーからすると遠慮があったように思います。彼が入ってしばらくしてから、開発の大きな方向性を決める重要な会議以外は基本的に任せるようにしたことで開発スピードが大幅にアップしました。私はというと何気ない普段の会話を通してメンバーがぎくしゃくしていないか(私一人でやってるときはしょっちゅうでした)気をまわすくらいのもの。営業・広報をやりながらさらに未来に向けた戦略立案に時間を割くことができるようになりました。
メタルクリエイター、社内スタッフ、デザイナー、アトツギ仲間たち。いろんな人に苦労をかけたし私自身の至らなさにより言い合いのようになってしまったことも一度や二度ではありません。だけど2年間のすったもんだを通してみんなが少しだけチームのようなものになった気がします。
そして調査開始から3年、開発開始から2年後の2022年8月、7回の試作を経てついに完成に至ります。熱を上でバーベキュー、下でピザが焼ける全く新しいアウトドアグリルUpDownGrill(アップダウングリル)の誕生です。
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アップダウングリル、完成。
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【価格】本体¥121,000(税込)、オプション蓋テーブル¥19,800(税込)
【サイズ】W40cmxD40cmXH40cm
【本体重量】14kg , 蓋テーブル2kg
【素材】ステンレス(SUS304)、アルミ、木材(ホワイトアッシュ)
【燃料】炭
【オーブン温度】350~400℃(予熱時間約30分)
当初狙っていた開発要件(家庭用、20kg以下、350~500℃で高温を維持できる保温機構、20万円以下)はクリア。さらに、高級家具のようなデザイン、テーブルにもなる機能性、表面が危険な温度にならない安全性、バーベキューとオーブン料理が同時に楽しめる新体験など、これまでにない特徴を持つプロダクトになりました。
2022年8月27日に渋谷スクランブルスクエアで開催されたビジネスコンテスト「マクアケ挑戦権獲得アトツギピッチ」では、プロダクトとしての完成度の高さと家庭だけでなくリゾートホテルやグランピング施設などBtoB事業も狙える事業可能性を高く評価されグランプリを頂くことができました。
そして2022年9月22日、クラウドファンディングサービス「MAKUAKE」より先行予約販売をスタートします。
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町工場の夢
「ピザ窯を作れ」、そんな上司の一言でスタートしたプロジェクトは多くの人とのご縁を生みどんどん広がっています。
例えば、開発に協力してくれた鶴栄工業アトツギの高尾清太さんは、ものづくりへの熱い想いが高じて九州のものづくり企業によるBtoCプロダクトの展示即売会「New Match Factory」を企画することになりました。2022年10月1日、飯塚市のカフェを貸し切って行われるこのイベントにはもちろん私達も参加する予定です。
商品開発活動を通じて地域の方々と交流する機会も増えました。2022年8月には地元のクラフトビール醸造所「ブルワリー柳河」さん、ゲストハウス「ほりわり」さん、柳川市地域おこし協力隊の皆様の力を借りて「たきBEERガーデン」というイベントを開催。アップダウングリルを使ったピザ作りワークショップは大好評で、家庭のオーブンでは実現できないパリパリのピザにみんなで舌鼓を打ちました。乗富鉄工所は70年以上前からある会社なので地元で名前だけは知られていましたが、最近イベントなどに出ると「キャンプ用品を作っている水門屋さんだよね」と言ってもらえることが増えたのも嬉しい変化です。
他にもたくさんのアトツギ仲間や町工場仲間、デザイナーさん、先輩経営者、地域の皆様、大学の先生、大学生、友人達……本当にたくさんの人達と作り上げてきたことで、「昔からあるけど何を作っているかわからない」と思われていた鉄工所と社会との関係性が変わってきています。
長くなってしまいましたがアップダウングリルの開発ストーリーはここまで。鉄工所が120%の力を出し切って開発した商品が果たしてどこまで通用するのか、それはやってみないと分からない。
そしてこれはまだまだ序章。変化する時代の中、乗富鉄工所はこれからもいろんなことに挑戦していきます。それは水門事業の進化かもしれないし、まちづくりかもしれない。決めているのは2つだけ。ものづくりをやめないってことと、楽しみながらやるってことです。
「九州になんだか変なことやってる鉄工所がある」
今はそう思ってもらえれば幸いです。
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町工場は夢を見る。
地域を、町工場仲間を、そして世界中の人をノリノリにする夢だ。
P.S. アップダウングリルはその後、目標を大きく上回る応援購入を頂き、2023年4月にすべてのお客様にお届けし、2023年6月1日より一般販売を開始します。ぜひみてみてください。