モーツァルトと白い馬 長野県立美術館〈東山魁夷館〉
長野市善光寺のとなり、城山公園内にある長野県立美術館と別館東山魁夷館を2年半ぶりに訪れました。
戸隠を出発し、七曲りというくねくねした山道を30分ほど下ると、善光寺の裏側に出ます。ここは標高400m、標高差600mを一気に下りたことになります。
11月7日、戸隠では終わりに近かった紅葉も、ここではまだまだ見頃。
長野県立美術館の別館である東山魁夷館には、東山魁夷の作品が900余点収蔵されています。
氏が存命中の1987年、500点を一括して長野県へ寄贈し、その3年後に東山魁夷館が開館。1997年にはさらに400点が寄贈され現在のコレクションとなりました。
しかし、故郷でもない長野県へなぜ?と不思議だったのですが、開館に際し、魁夷自身から寄せられた言葉のなかに答えがありました。
魁夷もまた、信州の自然に魅せられた一人だったのですね。
そしてその思いに答えて、美術館を作った長野県もすばらしい。
1F入口でチケットを購入し、展示室のある2Fへ。
ここの展示の特徴としては、比較的ちいさなサイズの作品が多いこと。ドイツ・オーストリアの旅シリーズをはじめ、京洛四季や大和春秋などのスケッチと習作が多数展示されています。
スケッチと言っても、彩色が施されたそれは、素人のわたしから見ると本作品ではないのかと思う完成度。パンフレットを読み込んでみると、東山魁夷という画家はとても几帳面で真面目な性格で、ひとつの作品のために、スケッチと大小の下図を数多く残しているのだそう。
とくに代表作の1つともいえる奈良の『唐招提寺障壁画』は、すべての完成までに10年を費やした大作で、下図やスケッチだけでも400点に上る数が同館には収蔵され、下図では1/20 → 1/5 → 原寸大 と徐々に構図を確かめながら本画に挑むという念の入れようだったそうです。
そして東山魁夷館へ来たからにはあの作品をみなければ落ち着かない。
それは・・・
白い馬が描かれた作品!
東山魁夷と聞いたらまずあの絵をイメージする方は多いのではないのでしょうか。テレビCMに使われたり、とにかくよく目にする美しい作品。
しかし、今会期は残念ながら<緑響く>の展示はありませんでした。でも大丈夫!ここには他にも白い馬作品があります。展示室のちょうど中間点、ひときわ大きくて青い作品が飾られていました。
作品名:<白馬の森>
青い森に佇む、白い馬。いったいどこから来たのか?ちょっと目を離したら消えてしまいそうな幻想的で儚い姿でありながら、一度みたら忘れられない確かな存在感。
そして、この美しい青。
<道>や<緑響く>のような緑も好きですが、今回この作品をじっくり見たことで、青に強く惹かれました。吸い込まれそうな青の世界・・・
白い馬はこころの祈りであった、と後に魁夷は振り返っています。唐招待寺障壁画にとりかかる前年に突如現れ、その年に制作された18作品にだけ描かれた白い馬。
また、近くのショーケースには、白い馬シリーズの起点となった<緑響く>を制作中に響いているのを感じたという、モーツァルトのピアノ協奏曲のレコードも展示されていました。東山魁夷はクラシック音楽の愛好者としても知られ、アトリエにオーディオセットを設えて、作品制作中に音楽を聴くこともあったといいます。
モーツァルト作曲
ピアノ協奏曲第23番 第2楽章 アダージョ嬰ヘ短調
23番かぁ・・・わたしも大好きな曲だ。
天国へゆける曲 ベスト3(わたし選)に間違いなく入る、静かで、哀しさを含んだ、美しい曲。
ショーケースの傍らには、魁夷が実際に聞いていたレコードをかけながら、展示室で作品の鑑賞をするという催しの告知フライヤーがありました。
なんて素敵な企画!
体験したい、けれどそう頻繁に長野市まで来られない。こんなとき便利な技が、脳内再生。
もう一度<白馬の森>の前に立ち、あたまの中で音楽をかける。そして絵をみつめる。
わずかな時間でしたが、雑音が一切入らない青い森へ入り込めたような気がしました。とても贅沢なひととき、満足です。
展示室の終盤は、魁夷が実際に使用していた筆など画材の展示もあります。頭上のスクリーンには、写真とともに印象に残ることばが映しだされていました。
「私はいつからか、生きているのではなく、生かされいるのだと感じるようになった」
魁夷さん、わたしも同じ気持ちです。
きょうは<白馬の森>に引き合わせてくださって、ありがとうございました。また何年後かに来ますね。
モーツァルトのピアノ協奏曲に興味を持たれた方は、よろしければこちらをどうぞ。演奏時間およそ6分半ですが、冒頭だけでも十分雰囲気を味わうことができます。