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子どもに「早く寝なさい」は、もう言わない。

フリーランスで受けてる書籍の仕事で色々しわ寄せがあって、この3週間ほぼ外に出ていない。
ダイニングテーブルの片隅でパソコンだけを見つめて生きているわたしに、夫が声をかけてくれた。

「結婚式をあげた10月の週末は、軽井沢にいこう」

10年前の先週末、わたしたちは軽井沢で結婚式をあげた。秋晴れの美しい日に挙式したいと願ったのはわたし。
小さな頃から、秋が一番好きだった。


久しぶりに外に出たら、夏との空気の違いに驚いてしまう。
思わず背すじが伸びるような清潔感。
きのこ、どんぐり、色づいた落ち葉に透き通った空の色。
いつのまにか、こんなに世界は秋になっていたなんて……!

せっかく夫が色々と準備してくれたのだから、軽井沢の夜はこの10年のできごとをひとつずつ振り返って、ふたりでゆっくり話でもしよう。

テレビのキングオブコントをマネしてはしゃぎ、こちらも特別な夜に体じゅうでうれしさを爆発させている息子を追い立てるように歯みがきして、いつもより少し早い時間に寝かせにかかった。

息子は赤ちゃんの頃からずっと眠ることが苦手で、眠りも浅い。よく1時間に1回起きるという苦労話を聞くけれど、それでいえば1時間に3回は起きていた。誇張ではない。
朝まで眠れるようになったのも小学生になってからのこと。

旅先で疲れて早く寝るかもなんて思ったけれど、まあそんなわけはなかった。
いつまでも寝返りをうって眠らず2時間近くが経った頃、ようやく動かなくなったので
寝た寝たと起きあがって夫と別室で声をひそめて話していたら、5分も経たずに起きてきた。

眠れないからずっと寝たふりをしていたという。

もう、お話はあきらめて3人でベッドに転がった。
いつもの夜である。

翌朝、部屋を出るまえに片付けをしていたら
テーブルの上に息子が書き殴った日記のようなメモがあった。

夜(よる)10じ
いつもみたいにねれなかった
「ベッドはきもちいいのにな」と思った
リビングでみずをのんだ

それはのび太のテスト用紙を模したメモ帳で
100点の紙だってあるのに、赤いバツだらけの0点の紙に書かれているのがなんともせつない。

息子は自分で、うまく寝れなかったことにバツ印をつけていたんだと思う。
寝なきゃいけないとわかっていたけど、寝れなかったのだ。

こんなことなら、キングオブコントを最後までみせてあげればよかった。
あんなに笑顔で楽しそうにしていたのに、早く早くと寝室に追い立てるようなことをしなければよかった。

旅先での夜は息子にとっても同じように
特別なものなのに。

旅から帰って財布のレシートなどを整理していたら、ポケットの中のお守りを入れているところに、しおれた紙が入っていることがふと気になった。

そういえば、これってなんだったっけ?
いつから入ってるんだっけ。


ハっぴーはろうぃん
ままいつも5じはんにおむかえありがとう
ぼくがんばるね
いつもありがとう

保育園のころ、息子がお迎えを待つあいだ
折り紙に書いてくれた手紙だった。

ハロウィンの時期だから、いまから2年ほど前になるのかな。

保育園は、息子にとって「がんばる場所」だったことを改めて思う。あのころ、ただの1度だって喜んで行った日はなかったのだから。

わたしはあのときこの手紙を、自分への戒めに財布にしまったことを思い出した。
わたしのいまの仕事は、息子のがんばりの上にあるものだということを忘れないように。


保育園はとてもきびしい場所だったからいろいろなことで叱られていたけれど、特にお昼寝の寝つきの悪さについて毎日のように言われていたことも思い出した。


息子はそこでも寝に落ちるまでの長い時間を、ずっと目をつぶって眠るふりをしてきた。
眠れないのは悪いこと。
息子にだって十分すぎるほどに分かっていたけど、眠れなかった。

無理に昼寝をするおかげで、夜は夜で11時をすぎても寝付くことができず、わたしにまで叱られていた。
いつも9時には寝室に行っていたから、毎日たっぷり2時間以上は「寝なきゃいけないのに眠れない」気持ちを味わっていたことになる。


これまでどれだけ、彼自身も、わたしを含めたまわりの大人も、うまく眠れないことでこの子を責めてきただろう。


子どもの頃から、まだ煌々と明るい電気の下で、読みかけの本を顔に落としてすぐに寝ていたわたしには、そのつらさの経験がない。

こんなとき、まだ幼いながらの息子の悩みや苦しみを思って胸の奥がちょっぴりせつなくなる。


やさしいこの子の神経質な部分や繊細な部分が、いつか本人に生きづらさを感じさせる日が来るのではないかとこわくなる。


でも今は、そのおかげで
毎日眠る前に親子でたっぷりのお話をする時間があるのだから。


「早く寝なさい」
は、もう言わない。
そう決めた。


眠れなくたって、だいじょうぶ。
横になってるだけでも、体と心は休めているのだから。心配しなくても、だいじょうぶ。

いつかひとりで眠れぬ夜がくるかもしれない息子にとって、お守りになるようなお話がひとつでもできたなら。

親になってもうすぐ8年。
子育てはほんとうに分からないことだらけ。

こんなことにも、気がつくのがすっかり遅くなってしまった。

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