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約10年来の再会『鉄のしぶきがはねる』の魅力
「工業高校のものづくり好き(思い上がり)女子高生が、自身の挫折経験を経て一層強くなっていく話」
2ページの問題集に抜粋されていたのは、このシーンだった。その2ページが、なぜか僕には印象に残っていたらしい。
『鉄のしぶきがはねる』
2011年に講談社より出版されたまはら三桃さんによる小説で、第27回坪田譲治文学賞も受賞している。
そのせいか、2012年の国語の入試問題において4県で出題されるなど、当時話題になった作品の一つであった。
入試問題の過去問を演習していた中学生時代に出会ったこの作品は、少なくとも当時出合った際にはさほど印象に残るものではなかったように思える。
他の問題と同じように、「正解を得るために」「設問箇所を中心に」「時間と戦いながら」ざっと読んでいた。
問題文をじっくりと読む余裕、なんて、当時の僕にはなかった。
先日、中学生に国語を教えていた際、この作品に再開した。
約10年ぶりに読んだこの作品は、はじめにどこか懐かしいような、温かいような感覚がして、その後、自分が中学生の時にも触れていた問題ということに気付いた。
入試問題なんて、丸付けや復習の時間を合わせたとしても、関わる時間は1時間もない。当然、他の過去問も含め、記憶に残る問題などない。
教える側になった今でも、記憶に残る文章はそうそうない。
教材は多種多様であり、小説、説明文、古文漢文含め、源氏物語等の有名なものを除いては、ひとつひとつの教材の内容まで覚えていられない。
ただ、この作品は別だった。スッと思い出せたから。
なぜ思い出せたのだろう。
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児童文学なんて、大人が読んでも楽しめない。
本当にそうだろうか。
児童文学には、大人には経験することが難しい「青春」が詰まっている。
入試問題の傾向としては「何かしら困難を抱えた学生が、あるきっかけを経て、ハッピーエンドへと向かっていく」ことが多いのだが、それを含めても輝いて見えるものがほとんどだ。
夢を見て、部活に熱中し、学園祭に興じ、恋をする。
こうした日々は、多くの人にとって二度と戻ってこない「大切な日々」であろう。
一般的な児童文学では、その主人公に当時の自分を重ね合わせ、その郷愁に浸ることで楽しめる。その当時に考えていたこと、夢や希望、淡い期待も今一度思い出すことができるかもしれない。
だからこそ、児童文学は大人が読んでも楽しめるものだ。
しかしながら、この本の魅力はそこだけではない。
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坪田譲治文学賞は「大人も子どもも共有できる世界を描いたすぐれた作品」に与えられる。
また、まはらさんもインタビューで、このようにお話されている。
読書は非常に個人的な行為ですが、同じ本を読んだ人と思いを共有することができます。それも年齢を超えて分かち合えたら、より深く豊かな体験になるでしょう。そういうものをぜひ書きたい。それが私の創作の原点です。
https://www.city.okayama.jp/bungaku/0000021123.html
まはらさんの作品は「年齢を超えて分かち合える」何かがあるように思える。
他の作品としては『たまごを持つように』も読んだことがあるが、この作品も同様に、今読んでも十分に楽しめる作品だ。
あのころを回顧するだけではなく、この先へのヒントになるもの。
もちろん、「工業高校の女子高生」「妙にリアルな情景描写」という、記憶に残りやすいキーワードも含まれていることも要因の一つだろうが、ぜひこのnoteに出会った方も一度、まはらさんの本を読んでみてほしい。
また、自分にとってはこのまはらさんの本だったが、おそらく皆さんには皆さんなりの「思い出の本」があるのではないか。特に国語教師のアルバイトをしている大学生の皆さんは、僕のような出会いが起こりやすいかもしれない。
偶然触れた文章になぜか温かみを感じたら、その本を大切にしてほしい。
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僕が教えた君も、今は必死に問題を解いているけれど、
いずれ大人になった際には新たな感情に気付くかもしれないね。
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