書評「わたし、世界を走ってます 20代で43カ国のマラソンを走って見えてきたこと」
最近「らしいよ」とか「誰かがこういってたよ」「こういう方法があるよ」みたいな話を聞くことが増えた。何を言ったかより「誰が言ったか」が重要で、SNSで簡単に情報が手に入り、実際に体験したことがないのにさも体験したかのように話す人が増えた。「こんなことやりたい」というから話を聞いてみたら、実際は「誰かが言ってたからいいと思ったからやりたい」という話だったり。
「らしいよ」「誰かがこういってたよ」という話は面白くない。なぜならその人が話しているけど、人の言葉で、人の話であって、その人の言葉で、話じゃないからだ。
自分で体験したことや自分で見たことだけを話す人というのは、実は少ない。本書の著者である鈴木ゆうりさんはそんな一人だ。
彼女は、自分で見たこと、自分で体験したことしか信じない。周りが何を言おうが、眼の前にいる人がお金持ちであろうが偉い人であろうが関係ない。本書にも登場するが、神野大地さんのようなランナーも、海外のマラソンレースを通じて知り合ったランナーも、彼女にとっては同じ人間。自分の身体の中にある物差しの中で世界を測っている。そんな人だと思っている。だから、彼女と付き合うのは大変。嘘がつけないからだ。
「わたし、世界を走ってます 20代で43カ国のマラソンを走って見えてきたこと」は、ふとしたきっかけでマラソンを走ることになった女性が、南米、アフリカ、ルワンダやイラクやシリアといった戦争にも関係ある地域含めた43カ国でマラソンを走った経験をまとめた書籍であり、鈴木ゆうりという人に世界はどう見えているのかが綴られている書籍だ。
彼女のマラソンへのスタンスは他のマラソンランナーとは違う。普段はOLとして働き、貯まったお金をつかって海外のマラソンレースに参加する。レースも1つだけじゃなくて、毎週、時には連日レースに参加し、複数のレースを転戦する。目標のタイムを決めて達成することが目的ではなくて、自分が走ってみたい場所のレースを走るためにレースに参加する。タイムを目標に走る多くのマラソンランナーとは全く違うスタンスで走っている人なのだ。
彼女はなぜ走るのか。それは彼女にとって「走る」という行為は「自由」を得ることだからなのだと思う。彼女は自由に「自分が生きている世界をこの目で見る」ために走っているように感じる。だから彼女は自分で走って見て感じたことしか話さないし、彼女の話は面白い。自由だからだ。彼女のような経験をした人は少ないし、「走る」と「自由」が結びついているのは彼女と川内優輝さんくらいじゃないだろうか。
少し話は変わるが、Amazonで購入した本書が届いたとき「おおー!ついに」と少し感慨深い気分になった。本書に綴られている2019年に渋谷の神泉で実施したイベントがきっかけで知り合った。話を聞けば聞くほど面白い。ギャルっぽい言葉で話すけど、言葉のチョイスやふと覗かせる丁寧な物言いに頭の良さを感じた。(なお僕は「にしぴー」と呼ばれている)
彼女の話を聞いて「書籍を書けばいいのに」と思ったし、彼女にもそんな話をしたことがあって、人に相談したこともあった。上手くいかなくて申し訳なかったけど。
書籍が発売されるまでは時間がかかると思っていた。旅行エッセイは数あれど、彼女のような経験をした人は他にいないので、彼女が持っている体験価値に理解を示し、注目が集まるには時間がかかると。出版にこぎつけたのは彼女の努力ゆえ、と思いつつ、編集者を紹介してくれたヤクルトで活躍する実業団ランナーの小椋裕介さんと出会うきっかけに、2019年に実施したイベントがつながっていれば嬉しい。
知っている人の本だからかもしれないけど、本書は売れて欲しい。
今の自分がおかれている環境に悩んでいる人、生きるのが辛い人に、自分が生きている世界はこんなにも素晴らしいことがたくさんあるだということが知ってもらえる書籍じゃないかと。