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【短編】『ベイエリア・トライアングル』(中編)

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ベイエリア・トライアングル(中編)


 気がつくと、ぼくはとある病院の個室のベッドで横になっていた。ドア付近には警察が数名立っており、廊下を看護師が定期的に通り過ぎた。すると、ドアを開けて警察官が入ってきた。

「やっと目を覚ましたか。体調が戻ったら後ほど署まで来てもらう。現場の状況から見て君は犯人ではないという判断になった。すでに双方の身元確認も終わって、友人関係ということも確認済みだ。署に着き次第、今朝方起きた君の友人の殺人事件の事情聴取を行う」

起きたばかりということもあり、警察の話があまり頭に入ってこなかったが、やはり彼が死んでしまったということは間違いなかった。

「あの、犯人は?」

「まだ捜査中だ」

サンフランシスコの警察官もニューヨークの場合とあまり態度は変わらなかった。

「だいぶ回復しました。もう行けます」

「そうか。下にパトカーを回すからそれに乗ってくれ」

まだ頭痛は引いていなかったが、早くホテルに戻ってゆっくり休みたいという一心から嘘をついた。パトカーはつい先ほどまで気絶していたぼくを気遣うことなく、荒い運転で署へと向かった。

「じゃあ君は、裏口から勝手に入って死体を目撃したということかね?」

「はい」

「じゃあ、このトライアングルとは一体なんだ?」

「わかりません」

「そうか。ここには観光に来たと言っていたな」

「はい」

「何か友人に対して不審に思うことはなかったか?」

「特に何も」

ぼくはふと、彼が誰もいないインディアンの店を飲みの場に選んだことを思い出したが、不審というよりおかしさを感じたと言った方が正しかった。

「昨日は何をしていたのかね?」

ぼくは書記の書くスピードに合わせてゆっくりと昨日の出来事を簡単に述べた。

「昼過ぎに空港に着いて、ホテルに荷物を下ろしてからまず初めにフィッシャーマンズワーフで早めの夕食をとって、その後ランズエンドとツインピークスに行きました。最後に市内に戻って深夜まで飲んでお互い別れました」

「それ以外にどこか行かなかったか?」

「行っていません」

「わかった。これでおしまいだ」

事情聴取と言ってもそこまで長く拘束されることはなかった。

 ホテルに戻る頃にはすでに頭痛はしなくなっていた。靴を脱ぎ捨てそのままベッドに入り、ようやく気を休めることができた。部屋の天井を見つめながら今一度置かれた状況を整理したが、友人が死んだことに対してどうしても実感が湧かなかった。すると彼との過去の思い出が次々と蘇った。学生時代、彼にはこれといった特徴もなかった。ぼくもぼくでただ漠然と学生生活を送っていた。しかしある時彼は突然、おれは政治家になると言い出し、とある立候補者の選挙キャンペーンにボランティアとして参加し始めたのだ。ぼくも彼に便乗して別の政治家の選挙キャンペーンに参加した。そのおかげで今があると言っても過言ではない。彼は徐々に頭角を表していき、ついには立候補者を州知事への当選にまで導いた。これほど才能にたけた未来ある人物は見たことがなかった。同時にぼくを除いて彼と互角に競い合えた存在はまたいなかった。それが今やぼくは記者となって散々こき使われるようになり、一方で彼は超一流企業の証券マンとして働いていたのだ。しかしここに来て彼は今までにない巨大な問題に足を踏み入れていたことがわかった。彼の賢さからして、このメッセージに何か重要なヒントが隠されているに違いなかった。トライアングル。このキーワードが何を示すのかは彼のみぞ知ることなのか、あるいはぼくにも解くことができるのだろうか。むしろ彼の死の真相を解明することこそ記者であるぼくの役目ではないかとふと腑に落ちる瞬間があった。ぼくはすぐにベッドから起き上がり持参していたパソコンでネットに接続しトライアングルというキーワードを打ち込んだ。検索でまずヒットしたのが、ツインピークスの丘に広げられたピンク色の巨大な三角形のキャンバスである。これはLGBTQコミュニティのシンボルの一つである。次にヒットしたのは、サンフランシスコ市内でも郡を抜くほどの超高層ビルであるトランスアメリカピラミッドである。ここは、生命保険会社および投資会社の米国持株会社であり、生命保険および補足医療保険、投資、退職金サービスを提供しているトランスアメリカ社が建設したビルである。その次にヒットしたのが、デュボス・トライアングルだ。ここはカストロ、ミッション、ローワーヘイト地区の間に位置し、コロナハイツに隣接する住宅区域である。LGBTQのピンクのトライアングルマークは事件との関連性がないだろうと推測しすぐさま除外した。残りの二つのトランスアメリカピラミッドとデュボス・トライアングルは直接現地に赴いて確かめる必要があった。ひとまずいつも記者の仕事でやっているように聞き込みから始めた。

 友人は証券マンだったこともあり、トランスアメリカ社はなんらかの関係を持っていたに違いないと推測した。しかし、いざ友人の名前を挙げて見ても、そんな人とは一度も取引していないの一点張りだった。やむなく高層ビルから退散したが、どうも会社の態度に違和感を覚えた。ぼくはその足でデュボス・トライアングルへと向かった。カストロの停車場で降りると、道という道にレインボーの旗が設置されており、強風によって荒れ狂っていた。するとメインストリートの方から裸の男が陰部を隠して歩いてきた。サンフランシスコが多様性のある都市であることは聞いていたが、ここまで自由が許されているとは知らなかった。ニューヨークであればすぐに通報されることは間違いなかった。デュボス・トライアングルの区域を探索してみたものの、何も手がかりはなかった。やはりトランスアメリカ社が何かを隠しているのではと思い、今度は友人の会社に赴いてトランスアメリカ社とのビジネスの関係を聞いてみることにした。すると、なんと友人がトランスアメリカ社の株を取り扱っていたことが判明したのだ。ぼくはこの情報を頼りに再びトランスアメリカ社に聞き込みをしに行った。初めは担当の人に聞いてもそのような情報は登録されていないとのことだった。書類を見せると担当者も何かおかしさに気づいたのか、上長に確認すると席を立ってしまった。しばらくして、ぼくは社内の奥にある会議室へと案内された。

「君、記者かい?」

「はい」

「そうか。どうやらうちの方で情報管理にミスがあったようで、君の友人は確かにうちの株を取り扱っていたみたいだ。大変失礼なことをした」

偉そうな男はあっさりと友人が会社と関係していたことを認めた。どこか腑に落ちなかったが、特に彼らの方でも隠し事をしているようには見えなかった。

数日調査を続けるも、友人の死に直接関連するものは見つからなかった。ふと彼が車の中でぼくに言った言葉を思い出した。

「実はお前を連れて行かなきゃいけない場所があるんだ」

僕たちは久々に再会してともに観光名所を巡っていたことを思い出した。彼とは今日〇〇オルガンに行く予定だった。ぼくはその場所を特定すべくサンフランシスコ、オルガン、観光名所と3つのキーワードを入力して検索した。するといくつかのヒットがあり、上位に「ウェーブオルガン」という地名が表示されたと同時に彼がその名前を言っていたのを思い出した。彼はぼくをどこに連れて行こうとしていたのかと画像検索を行うと、なにやら海岸沿いにある不思議な形をした造形物の写真が表示された。詳しく調べるとウェーブオルガンは、ほぼ全体が石でできており、海の音楽を陸の音と融合させ、音響技術を使ってそのハーモニーを増幅させる彫刻であった。ふと自分の宿泊地からどのくらいの距離かと、隣のタブにある地図を開いてみると、ちょうどベイエリアの先端の中央部に位置していた。その瞬間、ぼくはおかしなものを目にしたのだ。昨日訪れたランズエンド、そしてツインピークスのピンが同時に表示され、ちょうどウェーブオルガンの場所と線を結ぶと正三角形ができ上がったのだ。その時ぼくは彼の残したメッセージであるトライアングルというキーワードが脳裏をかすめた。その時の衝撃は甚大なものだった。もしかすると彼はただぼくに景色を見せたくてあの場所に案内したわけではなく、なにかしらの意図を持って連れて行こうとしていたのだと思った。ぼくは支度をしてただちにウェーブオルガンへとウーバーで向かった。


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