【短編】『私の内に潜むもの』(完結編)
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私の内に潜むもの(完結編)
※この作品内には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれます。
彼はそれを聞いて、残酷な現実を突きつけられたかの如く驚きを隠せずにいた。突然の打ち明け話で状況を整理する必要があったのか、一言も発することなくただ座っていた。震える体を必死に押さえながら彼は呟いた。
「そうか」
一見動揺しているかのように見えて、話し出すと意外とまともだった。私はもう少し彼の動揺した顔を見続けていたい、そして最後に全責任を取らせることで、彼に奪われた女性としてのプライドを取り戻したいと心の片隅で思った。彼は引き続き落ち着いたトーンで聞いた。
「少しおれの話にも付き合ってくれないか?」
「いいけど」
すると彼は淡々と語り始めた。
「君にはあまり関係なさそうな話だけど聞いてほしい」
「うん」
「実はおれは生まれてからずっと男手一つで育てられたんだ。それは他の家庭と違ってとてもじゃないが幸せな暮らしぶりとは言えなかったよ。幼少期から家事全般をやらされては、夜は父親の愚痴が聞こえてくる毎日で、いい思い出など一つもなかった。おれは父親のことを憎んでいた。父親からは、おれは結婚もしていない女との間に生まれた子供で仕方なく親権を受け取ったと聞かされていたんだ。母親はなぜ父親と結婚しなかったのか。なぜ家庭を築くことを拒んだのか。なぜ自分を捨てたのか。おれは父親だけでなく、母親までも憎み始めた。そしてついには直接会って真相を確かめたいと思うようになった。そこで、東京にいるという唯一の手がかりをもとに母親を探しに上京したんだ。そしたら君に出会った。おれは徐々に君に惹かれていった。でも君にとっておれは都合の良い存在でしかなかった。君は他の何人もの男と寝て、飽きたらおれに連絡をした。つまりは君の心を埋める道具でしかなかったんだ。おれは仕方なく君に対する好きという感情を押し殺して身を引いた。だから君からの連絡も無視したんだ」
私は返す言葉が見つからずテーブルを見つめていると、彼は話を続けた。
「母親の素性が判明したのはそれからすぐだった。それを知った時は本当に驚いたよ」
彼は突然黙り込んでは表情を曇らせて下を向いた。続きを言うのを躊躇している様子であった。すると、ちょうどウェイターがグラスに水を入れて去っていた。彼はグラスを口元まで持っていき、二口飲んでグラスをテーブルに置いてからため息をついた。
「おれの本当の母親は、実は君の母親だったんだ」
グラスに入った氷が溶けて落ちる音とともに彼のその言葉は、私の脳内を駆け巡った。私は暖房の効いた空間で一人寒気を感じとった。力のない声でゆっくりと同じ言葉を聞き返した。
「私の、母親?」
「そう。君の母親だよ。おれたちはどこか顔立ちが似ていただろ?だからすぐに辻褄が合ったんだ」
私は彼の言葉を理解するのに時間がかかったが、ようやく状況を理解すると、一つの疑念が頭をかすめ、テーブルに乗り上げるように彼に問うた。
「そしたら赤ちゃんは?」
「うん。医学的には親族同士の間に生まれるってことになるね」
私は頭が真っ白になった。そのまま気を失ってテーブルの上に倒れようかと思ったが、お腹には赤子がいるため必死に自傷の念を堪えた。咄嗟にトイレに駆け込み、先ほどレストランで食べたものを全て吐き出し、アルバイト広告の張り紙にそれらが僅かに飛び散った。トイレの便座にもたれかかりながら自分の出した汚物を眺めていると少しばかり気持ちが楽になった。席に戻ると、彼はすぐに立ち上がって私を心配した。
「大丈夫か?」
「うん」
「救急車を呼ぼうか?」
「へいき。急に取り乱しちゃってごめんなさい。よく考えれば本当にあなたとの子かどうかは確証できないの」
「そうか」
しばらくの間その場に沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは私だった。
「うちらってどこまでも似た者同士ね」
「どうして?」
「同じ母親の血を引いているからよ。私は見ての通り尻軽に育っちゃったし、あなたはあなたで私みたいな尻軽を追っかけていたでしょ」
彼は何も返答しなかった。
「悔しいけど、私はあのろくでもない母親から生まれてきたし、あなたもあの母親から生まれてきた。その事実は誰にも変えられない」
しばらく二人でテーブルに置かれたグラスを見つめ合っていると、急に彼はかしこまった様子で私に言った。
「今更遅いと思うけど・・・おれと結婚しないか?」
私は彼の発言は何かの冗談かと思ったが彼の表情を見て嘘ではないことがわかった。
「生まれてくる子供がおれの子でもおれの子でなくても、責任持って一緒に育てたい。制度的にも問題ないはずだ」
私は彼の真剣な眼差しを受け止めながらも、ふと選択を迫られている自分を昔の母親と重ね合わせた。
了
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