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【短編】『ベイエリア・トライアングル』(前編)

ベイエリア ・ トライアングル(前編)


 昼下がりに飛行機は空港に着陸した。ゲートを出ると、見たことのある顔の男が手ぶらで人だかりに混じって立ちすくんでいた。男は軽く手をあげると後ろに下がり姿を消した。ぼくはつい先ほど発見した小さな凹みのある買ったばかりのスーツケースを転がしながら人だかりを通り過ぎてロータリーへと向かった。すると後ろから男は現れた。

「ようこそ。長旅ご苦労だったな」

サンフランシスコに住む友人が空港まで迎えに来てくれたのだ。

「長旅でもないよ。でも隣のやつのいびきがやけにうるさくて苦労はしたよ」

「そうか。それは不運だったな」

車のトランクに丁寧にスーツケースを乗せ、安全運転で送迎車は発車した。サンフランシスコに来るのは初めてのことだった。友人とはニューヨークのコロンビア大学で知り合い、それ以来の仲なのだ。機内が涼しかったせいか、車内が暑く感じ、なにもない草原の景色を見ながらゆっくりと窓を開けた。サンフランシスコの夏の空気はニューヨークよりも冷たかった。

「暑いか?すまないね」

「大丈夫。こうやって窓を開けていると落ち着くんだ」

「そうか。そういえば学生時代一緒にドライブすることはなかったな」

「地下鉄があるからな」

「そうだな。でもサンフランシスコにも地下鉄はあるぞ。あとケーブルカーも」

「乗り物まで多様性があるんだな」

「おいおい、言うほどここは多様性重視じゃないぜ?差別も多いし」

「ニューヨークほどではないだろ」

「まあな」

 ホテルに着くと、友人がぼくの変わりにスーツケースをロビーまで運んでくれた。チェックインを済ませてから友人をロビーに待たせて5階の部屋へと向かった。ドアを開けた途端、祖母の家の年季の入ったソファのような古い匂いに包まれた。錆び付いた窓を力強く開けると先ほど感じた冷たい空気が一気に部屋の中に押し寄せた。真下にはユニオンスクエアが見え、人がごった返していて賑やかだった。近くからはケーブルカーの鐘の音が聞こえた。どうせ5階なんだし窓から侵入するやつなどいないだろうと、ぼくは窓を開けたままま鍵を閉めて友人の待つロビーへと急いだ。友人は車の中で待っていた。ぼくたちはユニオンスクエアを抜けてチャイナタウンに入った。景色がどこかニューヨークにあるチャイナタウンと似ていて、ふと地元に戻ったような感覚に陥った。中華風の街並みから徐々にオフィス街へと景色が移り変わっていった。ぼくたちはそのまま直進してフィッシャーマンズワーフへと車を走らせた。フィッシャーマンズワーフは魚介が何より有名であった。友人はここぞとばかりに地元の自慢を始めた。

「この店知ってるか?サンフランシスコの中で一番うまい蟹が食えるんだぜ」

「おい、そもそもサンフランシスコが初めてなんだぜ」

「そうだったな。知ってるわけないよな」

たしかに友人が連れて行ってくれたレストランの蟹は絶品だった。おまけにガーリック風味のパスタまでついてくるもんだから、つい食べるのに気を取られるほどだった。

「仕事の方はどうだ?」

ぼくは友人が何度も聞き返してきてやっとのこと質問されていることに気がついた。

「すまんすまん。順調だよ。ついこの間まで職場に監禁状態だったけど」

「記者もなかなか大変な仕事なんだな」

「なかなかどころじゃないよ。まあでもこうして3週間も休みがもらえたわけだし、捨てたもんじゃない」

「でも今年入って初めての休みだろ?」

「まあな」

「じゃあ存分にゆっくりして行ってくれ」

「ありがとう」

「君の方はどうだ?」

「相変わらずだよ」

「そうか証券マンも忙しいか」

「お前ほどではないけどな」

食事を済ませ再び車に乗り込むと、友人はぼくに呟いた。

「実はお前を連れて行かなきゃいけない場所があるんだ」

「そうなのか。どんなところだ?」

「行ってからのお楽しみだ」

「そんなにおもしろい場所なのか?」

「ああ、きっと驚くよ」

 海沿いの駐車場に車を停め、ぼくたちは鬱蒼と茂る松林の中へと進んだ。徐々に景色が開けてきたかと思うと、目の前に赤い大きな橋と壮大な海の景色が現れた。

「見せたかったのはこれか?」

「ああ、綺麗だろ?」

「綺麗だ」

「もう少ししたら日の入りだ。間に合って良かった」

ぼくたちは岩から岩へと渡り歩いて絶好のスポットまで来た。そして二人で静かに日が沈むのを見守った。ぼくはどこか寂しさを感じた。

「ここなんて場所なんだ?」

「地の果てと書いて、ランズエンドと読むんだ」

「地の果てか。ふさわしい名前だ」

ぼくたちは日が沈んでからもしばらくの間、海のむこうを無言で見つめていた。

「さて、次はもっといい場所に連れて行くぞ。ツインピークスって場所だ」

彼はそう言って元来た道を戻って行った。

 車に戻る頃にはすっかり空は暗くなっていた。ぼくたちは次の目的地へと車を走らせた。坂道が多くなってきたかと思うと、途中から丘を登り始めた。着いた先に広がっていた景色にぼくは圧倒された。ベイエリアの夜景が一望できたのだ。友人は両腕を押さえていた。

「ぼくのコート貸そうか?」

「いや、大丈夫。それよりどうだ。綺麗だろ?」

「ああ、こんなに綺麗な夜景を見るのは初めてだ」

「そうか、良かった。本当はこの後ウェーブオルガンという場所に連れて行きたかったんだが」

「そうか。でも今日はもう遅いし明日にしよう。そんなに急ぐことはなかろう。」

「そうだな。それにしてもつくづくお前が羨ましいよ。おれも長期休みをもらえないもんかな」

「君も記者になればいい」

「職場に監禁状態なんて嫌だね」

「そうか。なら今の仕事を頑張るしかないな」

「帰りはおれがホテルまで送るよ」

「今日はもうおしまいか?」

「なんだ?やっぱり物足りないのか?」

「ああ、どこか飲みにでも行かないか?」

「そういうことか。そうだな。だが家に車を戻してからだ。店の住所を送るからそこで1時間後に待ち合わせしよう」

ぼくは彼の自宅まで一緒に行っても良かったが、家に来られたらまずいことでもあるのだろうと察して店で待つことにした。店の中はコテージのような内装になっておりどこかビンテージ感が漂っていた。スタッフはカラフルな民族衣装を着ており羽の生えた帽子を頭にかぶっていた。ぼくはハートランドを一杯頼んで彼が来るのを待った。1時間もしないうちに彼は到着した。

「待たせたね。これで存分に飲めるぞ」

「ずいぶん早かったな」

「ああ、ウーバーで来たんだ」

彼は新たに上着を一枚羽織っており、席に着くと同時に椅子の背もたれにかけた。やはり先ほどツインピークスに行った時寒かったのだろう。

「そうか。やっぱり現地人もバスや電車は使わないのか」

「そんなことはない。たまにはバスくらい使うよ。今日は特別だから」

「ありがとう」

「いいんだ。それよりおれもビールが飲みたい」

気づくとスタッフはテーブルに友人の分のハートランドを置いた。彼はスタッフと知り合いのようだった。

「それにしても変わった店を選んだな」

「人気が少なくていいだろ?」

「悪くない。なんの店なんだ?」

「ここはネイティブアメリカンをモチーフにしてんだ。インディアン知ってるだろ?」

「ああ、言われてみればそうだな。おもしろいコンセプトだ」

「だろう」

ぼくたちは遅くまで酒を飲みながら昔話をした。店を出る頃には深夜を回っていた。明日の待ち合わせ時間を決めてお互い別れた。部屋に戻ると、靴を履いたままベッドに転が込みそのまま眠ってしまった。

 翌日、開けっ放しの窓から聞こえてくるケーブルカーの鐘の音で目が覚めた。待ち合わせの時間をとうに過ぎており友人に遅れると送ってから急いでシャワーを浴びてロビーへと向かった。友人はロビーにはいなかった。彼も遅れてくるのだろうと思い、しばらく待機するもいくら経っても彼は現れなかった。電話をかけてもつながらないため、およそ昨日の夜バーで死ぬほど酒を飲んだせいで今頃ベッドの上で酔い潰れているに違いないと思い、渡航書類の緊急連絡先の欄にある住所を頼りに彼の自宅へと向かうことにした。

 ぼくはバスの中で暇を持て余し、地図アプリを開いては昨日訪れた場所に新たにピンを追加した。ようやく30分ばかりして友人の家に到着した。友人の家はなかなかしっかりしていた。玄関のベルを鳴らしても応答はなかった。もう出発してしまったかと思ったが、昨日の車が駐車場に停めてあった。やはり潰れていることを確信して家の裏口へと回った。庭に面したベランダのドアは開けっ放しのようだった。ドアを全開にして、二階へと登っていき寝室らしき部屋のドアを開けた。その瞬間、ぼくは目の前に映った光景にひどく動揺し、気を失いかけた。床に血だらけで倒れている友人の姿があったのだ。フローリングは血溜まりができていた。すぐに警察に連絡をしたが、この様子だともう手遅れに違いないと思った。何者かに殺害されたようだった。すると、頭のすぐ隣に何やら文字らしきものが書いてあるのを確認した。友人は自らの血で何かメッセージを残そうとしていたのだ。よく読むとこのように書かれていた。

「トライアングルを探せ」

トライアングルとは一体なんなのか?友人を襲った人物の名前か?それとも犯罪組織か?と考えた。ぼくは友人の死に直面したショックで徐々に気がおかしくなっていきその場で気絶してしまった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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