名刺代わりの小説10選~村上春樹や『カラマーゾフ』など、私の大のお気に入りの作品をご紹介します
はじめに
今回の記事では「名刺代わりの小説10選」ということで、私がこれまでに最も影響を受けた小説をご紹介していきたいと思います。「名刺代わりの小説10選」という名の通り、これらの作品は私の思考形成に強力な作用を与えています。私という人物のまさに自己紹介的な本達の紹介になりますので、正直少し恥ずかしいと言いますか、できれば紹介しないままでもいいのではないかとも思ったのですが思いきって記事にしてみることにしました。
では早速始めていきましょう。それぞれのリンク先ではより詳しくその本についてお話ししていますのでぜひそちらも参考にして頂けましたら幸いです。
(ちなみにトップの画像は私の大好きな作家エミール・ゾラの書斎です。2022年8月筆者撮影「(14)パリ郊外メダンのゾラの家へ~フランスの偉大な文豪が愛したセーヌの穏やかな流れと共に」の記事参照)
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1 村上春樹 『ダンス・ダンス・ダンス』
私にとってこの本はとても思い入れのある作品です。
私がこの作品を初めて読んだのは大学一年生の春。授業の課題図書としてこの本が指定されていたからでした。大学生活をこれから送るに当たりレポートの書き方を学ぼうという、いわゆるオリエンテーション的な授業の一環でした。
というわけで私はこの本を読んだわけですが、これが私の初めての村上春樹体験でした。
今思うとこの本を課題図書に選んだ先生、えげつないですよね、東京に出てきたばかりのピカピカの大学一年生にいきなりこれを読ませるのですから(笑) メディアや芸能界の華やかな世界の裏側や、どうにもならない社会システムを暴露していくこの作品は正直かなりどぎついです。
私はこの作品に完全に影響されることになり、20代後半になるまでずっとその影響を引きずり続けることになります。
これがいいことなのか悪いことなのかと言われたら、私は「結果的にはいいことだ」と答えるでしょう。ですがことはそんなに単純ではありません。この本で語られたことが当時の私にあまりにドンピシャだったため、その後の私の思考に凄まじい影響を与えることになってしまったのです。
今振り返れば、私はこの村上春樹読書をきっかけに本格的に本の虫になり始めたように思えます。高校時代は受験勉強がメインだったので私はそこまで本を読むことができないでいました。もちろん、本自体は好きだったのですが、やはりこの入学直後の新鮮な時期にガツンと『ダンス・ダンス・ダンス』の洗礼を受けたことが私の読書遍歴を形作ったのではないかと思います。そう考えるとこの作品を課題図書にしてくれた先生には感謝してもしきれないくらいの恩があることになります。出会いって不思議ですね。
そんな私の学生時代や20代を思い出させるのが『ダンス・ダンス・ダンス』です。この作品は今の私にとっても宝物です。
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2 伊藤計劃 『虐殺器官』
この作品はここ数年間で私が最も愛した作品と言ってもいい小説です。
タイトルが『虐殺器官』という、およそ僧侶のブログではまず馴染まないであろうフレーズではありますが、この作品で語られるお話は私にとってあまりに強烈なインパクトを与えることになりました。
私は2019年に世界一周の旅に出かけたのですが、その旅のお供に選んだのがまさにこの『虐殺器官』でした。
私は機内持ち込みだけの荷物で旅をする予定だったので、荷物は出来る限り小さくしなければなりません。本を一冊持っていくだけでも命取りです。
ですがどうしてもこの本だけは持っていきたい!「無人島に持っていくならこの1冊」の感覚で私はなんとかキャリーバックにねじ込んだのでした。
それだけこの本は私にとって思い入れのある本です。
私はこの作品に信じられないほどのめり込んでしまい、何度も何度も読み返しました。何回読んでも飽きないんです。読む度に愛しくなっていきます。
この小説で語られるテーマや思想に共鳴したのはもちろんですし、著者の伊藤計劃さんの独特の語り口にも私はすっかりはまってしまいました。
主人公の軍人シェパードを通して語られる言葉の繊細さ、ナイーブさ。これぞ伊藤計劃さんの味です。
伊藤計劃さんはこの小説の重い世界観においてあえて軍人らしからぬ繊細でナイーブな語りを導入しています。これが見事にはまっています。私はこの語りにやられてしまいました。
好きな所をひとつひとつ挙げて行ったらそれこそ長大な論文になってしまいかねない勢いです。この作品は名作中の名作です。もう10回以上読み返しているのですがまったく飽きません。私の愛する作品です。
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3 セルバンテス 『ドン・キホーテ』
『ドン・キホーテ』はスペインのラ・マンチャ地方を舞台にスタートした小説です。
ですがこの『ドン・キホーテ』、名前は聞いたことがあっても実際にどんな小説で何がすごいのかということになると意外と知られていないのではないでしょうか。
作中ドン・キホーテが風車に突撃するというエピソードが有名ではあるものの、その出来事の理由は何かと問われてみるとさらに謎になってくるでしょう。
『ドン・キホーテ』は有名ではあるけれども、実は謎に包まれた小説と言えるかもしれません。
この作品はスペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスによって書かれた大作です。
これまでに幾人もの作家による翻訳が出版されていますが、私は岩波文庫の牛島信明訳を愛読しています。
牛島信明訳はとにかく読みやすいです。言葉遣いも現代的で私たちが読んでも全く違和感なく読むことができます。身近な文体で楽しく読書しようとするなら岩波文庫の牛島信明訳がベストなのではないかと私は思います。
さらに要所要所で挿入されている挿絵がまたすばらしいです。
挿絵のおかげでドン・キホーテの様子がより鮮明に想像できて物語に入り込みやすくなります。
一言で言うならば「こんなに読みやすい古典はなかなかない」と断言することができるでしょう。
古典と言えば小難しくて眉間にしわを寄せて読むものだというイメージもあるかもしれませんが、『ドン・キホーテ』においてはまったくの逆。
私は元気を出したいときや明るい気分になりたいときに『ドン・キホーテ』を読みます。
理想に燃えて突進し、辛い目にあってもへこたれず明るく前に進み続ける、そんな『ドン・キホーテ』を読んでいると不思議と力が湧いてくるのです。
2019年の世界一周の旅でも私は『ドン・キホーテ』をKindleに入れて旅のお供にしていました。
そしてボスニアで強盗に遭い、辛い気持ちになっていた時に力をくれたのは何を隠そう、『ドン・キホーテ』でした。(強盗の一件については「上田隆弘、サラエボで強盗に遭う。「まさか自分が」ということは起こりうる。突然の暴力の恐怖を知った日 ボスニア編⑨」の記事をご参照ください。
「ドン・キホーテはあんなにも大変な目にあってるんだ。それなら私だって大変な目に遭うのも当然じゃないか!旅に出て何かに挑もうとしたならば、辛い目に遭うのも当たり前なんだ。むしろそれこそ遍歴の騎士道において大切なことなのだ!私だってまだまだやれる!ドン・キホーテを真似て、自分も前向きに旅を続けねば!」と勇気づけられたのを鮮明に覚えています。
私の中で『ドン・キホーテ』が決定的に重要な書物になった瞬間でした。
ただ、おそらくいきなりこの作品を読んでみても頭の狂った変なおじさんが行く先々でトラブルを引き起こし、ひどい目に遭わされるという印象以上のものを受け取ることはなかなか難しいといのが実際のところです。
渡すが初めて『ドン・キホーテ』を読んだ時もそうでした。
たしかに1冊目はくすっとしてしまう面白さがあるのですが、それ以降はあまりそういうシーンもありません。
ただただドン・キホーテがトラブルを引き起こし、それに怒った人々がドン・キホーテたちをボコボコにするという展開が続きます。
正直、全て読み終えた直後はなぜこの小説が世界最高の文学と呼ばれているのかさっぱりわからなかったことを覚えています。
ですがそれもそのはず、作者のセルバンデスは一見不思議で愉快な冒険の中に裏のメッセージをふんだんに忍ばせるという手法を用いているのです。
つまり、小説の裏に潜む隠れたメッセージを読み取れなければ単なる狂人ドン・キホーテのトラブル冒険記を延々と読むことになってしまうのです。
となるとこの小説の何がすごいのかさっぱりわからないというのも当然のこと。
これでは読むのもなかなか辛い。
と、いうわけで、『ドン・キホーテ』を読むときはあらかじめ解説書を読んでおくことをおすすめします。
その中でも特におすすめは中公新書から出版されている牛島信明著『ドン・キホーテの旅 神に抗う遍歴の騎士』という本です。ぜひこの本とセットで読むことをおすすめします。これさえあれば百人力です。『ドン・キホーテ』の面白さがわかればもう病みつきになること間違いなしです。この本が世界最高の小説の一つとして称えられる意味がよくわかると思います。ぜひ楽しんでみて下さい。
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4 ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟』
『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキーの晩年に書かれた生涯最後の作品です。
ドストエフスキーはこの作品で生涯変わらず抱き続けてきた「神と人間」という根本問題を描いています。
さて、この小説における重大な山場が「大審問官の章」であります。
私自身、この本を初めて読んだのは20歳の冬です。宗教の知識も浅い未熟者だった私がその時どこまで読み込めていたのかはわかりません。
しかしこの「大審問官の章」は私にとてつもない衝撃を与えることになりました。
ここまで痛烈に宗教を攻撃する言葉を私は初めて目にしたのでした。しかもその言葉を吐いているのがカトリックの高位聖職者たる大審問官であり、こともあろうにその相手はあのイエス・キリストであります。
大審問官は異端者を火あぶりにする責任者です。その彼がキリストを攻撃するのです。なんという逆説でありましょう!
しかしその大審問官も根っからのキリスト批判者ではありませんでした。いや、むしろかつては熱烈なキリスト讃美者でした。キリストのために生き、キリストの説く自由な信仰を熱烈に求め修行していたのです。
ですが最後にはカトリック側についてしまったのです。彼にも抗いようのない苦しみや葛藤があったのです。
この辺の描写にも私は唸らされるわけであります。
当時の私は知ってはいませんでしたが、ドストエフスキー自身はロシア正教を熱心に信仰していました。ドストエフスキーは熱烈に信仰を求めたからこそ、信仰上の問題を極限まで突き詰めて論じていったのです。表面上は激烈なまでに無神論的なこの「大審問官の章」ですが、実はこの章があるからこそ、後の展開が開けてくるのです。
さて、「大審問官の章」についてここまで述べてきましたが、当時「宗教とは何か」「オウムと私は何が違うのか」と悩んでいた私の上にドストエフスキーの稲妻が落ちたのです。
私は知ってしまいました。もう後戻りすることはできません。
私はこれからこの「大審問官の章」で語られた問題を無視して生きていくことは出来なくなってしまったのです。
これまで漠然と「宗教とは何か」「オウムと私は何が違うのか」と悩んでいた私に明確に道が作られた瞬間だったのです。
私はこの問題を乗り越えていけるのだろうか。
宗教は本当に大審問官が言うようなものなのだろうか。
これが私の宗教に対する学びの原点となったのでした。私が当ブログで「親鸞とドストエフスキー」というテーマで世界文学や歴史の本を更新し続けてきたのもここに大きな理由があります。以下のまとめ記事でより詳しくお話ししていますのでぜひご参照ください。
『カラマーゾフの兄弟』はただ暗くて重いわけではありません。
しかも「難しい」というイメージがかなり先行していますが、実際に読んでみるとそこまで難しい表現は出てきません。言葉自体は読みやすいとすら言えるかもしれません。
たしかに、上巻の前半は忍耐が必要になります。正直に申しまして、前半はプロローグといいますか、中盤からの盛り上がりのための前準備のような内容です。(慣れてくるとこの箇所もものすごく面白くなってきます)
もしかしたら、ここで挫折してしまう人が大半なのかもしれません。
ですがここを辛抱すると上巻の後半から一気にエンジンがかかってきます。
ここまで辛抱強く読んできた方なら、これまで溜めていたエネルギーが爆発するがごとく一気にドストエフスキーの筆の勢いに呑み込まれていくことになるでしょう。
中巻下巻に入ってもその勢いは止まることはありません。きっと抜け出せなくなるほど没頭すること請け合いです。それほどすごいです。この作品は。
上巻の前半部分さえ突破すれば後はもう怒涛のごとしです。
決してこの作品は難しいのではありません。難しいのではなく、深いのです。
『カラマーゾフの兄弟』が発表されてから120年の月日が経ってもなお変わらずに多くの人から愛され続けているのはそれなりの理由があるのです。
この物語そのものが持つ魅力があるからこそ、読者に訴えかける何かがあるからこそ、こうして読み継がれているのだと思います。
私の中でこの作品は別格の存在です。私に最も強い影響を与えたのはこの本で間違いありません。
5三島由紀夫『豊饒の海』
三島はこの四部作を通して「生命とは」「人生とは」を追求していきます。私達の生きる「生」とは何なのか。私達にとって「死」とは何なのか。「善く生きる」とは何なのか。どう生きるべきなのか。こうしたことを壮大なスケールで描き出していくのが『豊饒の海』です。はっきり言いましょう。この作品の巨大さは想像を絶します。私はこの作品に文字通り圧倒されました。間違いなく私の人生に大きな衝撃を与えた作品です。
2023年から24年にかけての私のインド仏跡旅行にもこの三島のエキスは実に強い影響を与えています。三島が見たインドは一体何だったのかと考えながらの旅になりました。
『豊饒の海』は日本を超えて世界文学史上の大事件だと私は考えています。それほど巨大な作品でした。簡単には「おすすめです」とは言えませんが、恐るべき作品であることは間違いありません。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
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おわりに
今回の記事は以前公開した以下の記事の前半部分になります。実は本来の記事は「名刺代わりの小説10選」ということであと5つの作品も紹介していました。
ここから先、『レ・ミゼラブル』やトーマス・マンの傑作『魔の山』、エミール・ゾラの『ルーゴン・マッカール叢書』などまだまだ私の大好きな作品を紹介していきます。続きは以下の記事にてお話ししていますのでぜひこちらもご覧ください。
当ブログでは各記事に関連記事がありますので、読書案内としてご利用頂けるよう更新しています。興味のある本から興味のある本へとどんどんつながっていけるように構成しています。
皆様の読書のお役に立てましたら何よりでございます。
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