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【短編小説】ものぐさ太郎(10) 再投稿

 後日左衛門尉は、太郎の赦免運動を始めた。

 最初は反対された。だが、太郎のことをよく知る家臣や元領民たち、知人が力を貸してくれた。

「太郎か。あいつは真面目に働いてくれるいい奴だったよ」

「前の地頭様は年貢を3割にまで減らしてくれました。それに比べて、今の地頭様と来たら、年貢を5割にまで戻して本当に大変だよ……」

 左衛門尉は自身の知らなかった太郎の側面を知った。善良な心の持ち主だというのはわかっていた。が、自分の見えないところで必死にはたらき、領民のために心を尽くしていたところは、しっかり働いていた。特に領民のところは、為政者の一人として感心に値する。

 署名は連日集まり、自身の名前が書かれただけの紙から、びっしり名前の書き連ねた紙が、1枚、2枚、3枚と増えていった。

 署名が100人を超えたころ、左衛門尉はそれを持って長秀のいる京都の屋敷へ向かい、これを見せた。

「あいつはここまで慕われていたのか……」

 長秀は申し訳ないと思った。

 長秀も太郎に惹かれていた者の一人であった。和歌や管弦の遊びに優れていて、容姿も端麗。おまけに連歌の会を通じて公家や大商人、大寺院の僧侶とも繋がりもある。人としてよく出来ているのである。それでも、自信の立場に甘んずることなく、武士としての本分である弓馬の訓練も怠らない。そんな太郎に、長秀は惹かれていった。

 何でもでき、周りからも支持を得ていくが、謙虚さを忘れない太郎。ここだけ見れば、優れた人格者である。だが、長秀は太郎のことが妬ましくもあった。

 自分は信濃の国主である。それも清和源氏の血を引き、礼法を受け継ぐ小笠原家の惣領だ。対して太郎は、一介の家臣である。それだけならいいが、後で調べたところ皇胤であった。それを知ったときは、真面目に警戒しなければならないと思った。もし、それを出汁にして、中先代を擁して挙兵した諏訪頼重のように反乱を起こされては、厄介なことこの上ない。

 ただの皇胤であるなら、それを出汁に挙兵してくるような勢力に警戒するだけでいい。だが、太郎はそれに加えて有能であった。太郎の出生の秘密に気づき、それを利用して自身の首を取りに来る。そう考えると恐怖でしかなかった。

「今あいつは何をしている?」

 長秀は聞いた。

「一時は廃人になっておりましたが、近頃は我が屋敷で本を読んだり、たまに琴や笛といった楽器を演奏したりできるようにはなりました」

「そうか、申し訳ないことをしたな」

 長秀は頭を下げ、署名を受け取った。そして後日太郎の罪を許す文をしたため、左衛門尉に預けた。


 罪を赦された太郎は、再び更科太郎義勝として、京へ戻った。

 最初は同輩たちから非難もされた。だが、太郎は、

「自分の罪はしっかりわかっている。けれども決めたんだ。それと向き合って生きていくって」

 と返した。そして、自分の味方になってくれる人たちの力も借りながら、自分を強く持って勤めを果たした。

 連歌の会の出席も再びすることにした。ここでも非難はされたが、彼の圧倒的な和歌のセンスで言い負かしたり、いつものように秀逸な返しをしたりして、人々をあっと言わせたりした。


 ある日太郎のいる小笠原家の屋敷に勅使がやってきた。

 勅使は書院へ入り、帝が連歌の名手である太郎と直にお会いになりたい、という旨の文を読み上げた。

 勅使が帰ったあと、長秀は太郎を呼びつけ、

「何かあったときのために、私も同席してよいか?」

 と聞いた。

「お気遣いありがとうございます」

「前にお前は氏素性を聞かれ、答えられず、大内殿に館を追い出されたと聞いている」

「よくご存知で」

「もしお前が『先祖は誰か?』と聞かれたら、そのとき私が出る。だから、安心して帝に謁見されよ」

「本当に申し訳ございません。ですが、殿、私の素性をどこでお知りになられたのでございましょうか?」

「それは後で話す。ひとまず支度を」

「ははっ」

 太郎は支度をしに、宿舎へと戻った。


 正午。太郎と長秀は帝のおわします御所へ向かった。

 季節に似合わない青々とした葉を繁らせた右近の橘、そしてまだまだ蕾の状態である左近の桜が植えられている庭の真ん中を通り、御所へ入った。

 御所には黒い束帯と冠で身をかためた左右の大臣、大納言、大将といった月公雲客がずらりと首を揃えていた。もちろん長秀との同席を許した室町幕府の三代将軍足利義満もここにいる。

 目の前にいる太郎と長秀も例にもれず、束帯姿で殿上へ上がった。そして、簾の向こう側にいる帝の御前で礼をした。

「そなたが、更科太郎義勝であるか?」

 帝は目の前にいる太郎に声をかけた。

「左様でございます」

「そなたは歌の名手と聞き及んでいる。よければ朕のために、一首詠んではくれぬかの?」

「承知いたしました」

 太郎は頭を下げ、簾の向こう側にいる帝の期待に応えるべく、歌を考えた。

(緊張する)

 いつもならすぐに歌が思い浮かぶ。だが、自分が今いるのは、この国の元首にして天照大御神の直系の子孫の御前。ゆめゆめ下手なものを詠むことは許されない。

「調子が悪いなら無理に考えずともよいぞ」

 緊張して固まっている太郎に、帝は声をかける。

 しばらく考えていたあと、右近の橘と左近の桜の後ろに梅が植えられていたのを思い出した。そして鶯の鳴き声が、回廊の向こう側から聞こえてくる。

(梅と鶯の鳴き声か。これで行こう)

 思いついた太郎は「できました」と申し上げ、一首詠んだ。

鶯の濡れたる声の聞ゆるや
梅の花笠漏るや春雨

 鶯の声が聞こえるのは、梅の花びらを伝って地面へ落ちていく春の雨のようである。そんな意味の歌であった。「鶯」には帝の、梅には周りを取り巻く文武百官の比喩である。

「よき歌だ。噂は真であったようだな」

「お褒め頂き、ありがとうございます」

 太郎は頭を下げた。

「そなたは信濃国の更科の生まれらしいな。信濃国でも、梅を梅と言うのかな?」

 また太郎の歌を聞きたくなった帝は、こんな質問を投げかけた。

 太郎は少し考え、

信濃には梅花といふも梅の花
都のことはいかがあるらむ

 と詠んだ。

 信濃でも梅は梅と呼びます。生え抜きの都人ではありませんので、京都のことはよく存じませぬが、他にも呼び方があるのでしょうか? そんな意味の歌である。

「面白いやつだ。気に入った! そなた、氏は何と申す? こんな立派な歌を詠めるのであるから、先祖もさぞ立派な人物であったのだろう」

 明るい声色で、帝は聞いた。

 太郎はしばらく沈黙したあと、

「もとより先祖はわかりませぬゆえ……」

 と答えた。

「無理に言わずとも良い。わからなければ、勅を出して調べて参るよう言っておこう」

 そう帝が言おうとしたとき、目の前に長秀が入ってきた。

 長秀は一礼し、

「突然のご無礼をお許しください!」

 と申し上げた。

「長秀、差し出がましいぞ!」

 彼の直属の上司である義満は、突如出てきた長秀に一喝した。

「申せ」

 帝は義満の言葉を無視し、長秀の言おうとしていることを聞こうとした。

「我が小笠原家の臣更科太郎義勝は、後深草帝の皇子で、かつて鎌倉将軍を務めた守邦親王の孫でございます!」

 長秀は衝撃の事実を口にした

 皇族将軍とは、藤原摂関家から送られた将軍である摂家将軍を京都へ送り返した後、鎌倉幕府が新たに皇族から迎えた将軍のことである。なお、摂家将軍の前は、源頼朝から始まり、実朝が公暁に暗殺されたことで終わった源氏将軍である。

 太郎は、その皇族将軍の子孫だったのである。それも「最後の」である。同時に、守邦親王の父は同じく鎌倉幕府皇族将軍の久明親王、久明親王の父は後深草天皇であるから、後深草天皇の曾孫でもあるのだ。

「何と!?」

 衝撃の事実が明かされたことで、ざわつく公卿たち。

「その証左に、幼少期に太郎を預かっていたと話す更科郡の名主夫婦から、このようなものを取り立てて参りました」

 長基は舎人を呼んだ。

 舎人は十六菊花紋の入った金や螺鈿で装飾された太刀が載せられた三方を、帝の前に献上した。

 帝は太刀を手に取り、鞘を抜いた。

 直刃の刃紋の太刀は、薄明かりを反射し、青色に輝いている。

「ほう。これは確かに。でも、なぜ、名主夫婦のもとへ?」

 太刀を鞘に納めた帝は、疑問に思っていたことを聞いた。

「これにつきましては、新田義貞が鎌倉を攻め、北条高時とその一族二百余名が東勝寺で自害した戦のおり──」

 帝の疑問に、長秀は答えた。


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佐竹健
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