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【歴史小説】第12話 ただいま、そしてさようなら(『ひとへに風の前の塵に同じ・起』)
1
3か月後。平家一門の武者たちは満身創痍になって京へと凱旋した。
お縄にかかった山王丸と海王丸、凪や定元は力尽きた表情で下を向き、盛国に引っ張られながら小刻みに歩く。西国で思う存分暴れまわっていた元気が嘘のようだ。
清盛はというと、下人たちが引く大八車で運ばれてた。海王丸との戦いのときに受けた傷が、かなり酷かったためだ。
京都の民衆たちは、平家の武力を称える気持ちと、西国の海賊というものがどのようなものか見たいという好奇心で、凱旋パレードを見物している。
その観客の中に、紺色の鎧直垂を着、弓矢を持っていた義清の姿があった。
「あいつ、どんな無茶したんだよ」
義清は観客の群れをかき分け、清盛の前へ出た。
「おい、どうしたんだよ、その傷」
「おい、そこの者、行列を止めるな!」
突然前に出てきた義清に対し、家盛は注意した。
「いいんだよ、家盛。こいつは俺の大切な友だから」
「そうか」
家盛は黙り込んだ。
「これは海賊の棟梁と戦ったときにできた傷だ。心配することはねえよ」
「ほう。怖がりで弱虫のお前にしちゃあ、頑張ったじゃないか」
「怖がりで弱虫は余計だ」
清盛は微笑んだ。
「ま、無理すんなよ」
義清は手を振ってその場を離れる。
2
京都六波羅。平家屋敷の門前。
「遅いですね。いつになったら帰って来るのでしょうか?」
門の前に出た家貞は、辺りを見回していた。
平家の主だった一族郎党たちは、西国に行って屋敷を留守にしていた。屋敷には宗子とまだ元服したばかりの経盛、平四郎(後の教盛)と生まれたばかりの五郎、そして同じく生まれたばかりの清盛の息子平一(後の重盛)、しか残っていなかった。
大人といえば経盛がいるじゃないか? そう思うかもしれないが、彼はまだ家盛よりも年少で経験不足だ。そのため、留守を命じられた家貞が棟梁代理として守っていたのだ。
門から経盛と平四郎が出てきた。経盛は家貞の間違いを指摘する。
「家貞、見る方向間違えてるぞ」
「え?」
「それに、よく耳を澄ましてみろよ」
「ほう」
家貞は耳に全神経を集中させて、音を拾おうとする。
走る牛車、行き交う人の足音や辻話をする人たちの話し声でなかなか聞き取れない。だが、その音に混じって、たくさんの人が歩く音がした。
音のする方を向いてみる。
そこには、赤地の布に平家の家紋である揚羽蝶を染め出した旗をたなびかせた集団が、屋敷の方へ向かってきているのが見えた。
家貞は走って赤い旗をたなびかせている集団の元へ走る。
その集団の中には、主君忠盛とその弟忠正、大八車で運ばれる清盛、盛国の馬に乗っている家盛の姿があった。
「殿! お帰りなさいませ!」
屋敷の手前で、家貞は忠盛らを出迎えようとした。そのときの表情は、格別に嬉しそうだ。
「おう、3ヶ月もの間屋敷を守ってご苦労だった」
「ありがたきお言葉」
家貞は頭を下げたあと、大八車の上にいた清盛の方に目が行った。
「若、どうしたのです、その傷は?」
家貞は心配そうな表情で清盛に聞いた。
「ああ、心配するな。これは海賊の大将と戦ったときにできた傷だ」
「海賊の大将と? よく頑張りましたな」
家貞は嬉し涙を流しながら清盛の手を触る。
「若君は最初逃げてばかりだったけど、雑魚一人殺してから、自分にもできたって自信をつけて頑張ったんですよ。でも、さすがに海賊の頭と戦うのは無理だったようで」
後ろにいた盛国は、西国での清盛の様子を家貞に語る。
「逃げてばかりは余計だ」
清盛は大きな声で妨害した。
「俺は本当のことを言っただけだ」
「自信をつけて頑張ったってのが上から目線で気にくわないんだよ」
「おう、やるか?」
清盛と盛国の間に、ぴりぴりとした空気が流れる。
「まあまあ二人とも頑張ったということで」
家貞はこの場を丸く収めようとしたが、清盛と盛国は同時に、
「俺の方が!」
「俺だって!」
頑張ったという事実を主張する。
「いい加減落ち着いてください、特に若はまだケガが治ってないので」
「家貞、いつもおれの味方してるのに、盛国の味方をするのか?」
「違いますよ」
女子供しかいなくて、しんとしていた六波羅の平家屋敷に再び、男たちの活気が満ち溢れる。
3
同じころ、京都六条の源氏屋敷。
為義は母屋で一人酒を飲みながら、泣き上戸を言っていた。
「何で俺ばかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ。みんな郎党共の責任だろうに」
そう吐き捨てて、草が生い茂る庭に向かって瓶子を思いっきり投げつけた。
徳利は放物線を描き、庭で遊んでいた童子の頭に当たり、豪快な音を立てて割れた。
童子の頭からは血が流れ、そのまま倒れた。
「親父がそういう目に遭わなきゃいけないのは、こうやって毎日酒ばかり飲んで、ろくに仕事もせず、文句ばかり垂れてるからだろうよ。そりゃあ、郎党たちだって、心が離れていくよ」
為義のいる目の前を通りかかった義朝は小声でつぶやく。
為義は襟裾を強くつかんで、
「よくもガキの分際で偉そうなことを言うな!」
庭へと投げ飛ばした。
受け身を取って、義朝は体にかかる衝撃を分散する。もちろん、頭は打っていない。
「俺は道理に叶ったことを言っただけだ」
「例えお前が言っていることが道理に叶っていようが、俺とお前は親子。どちらの言っていることが正しいか、お前にはわかるだろう? わからないなら、ここで死ね!」
為義は背中に背負っていた鬼切丸(おにきりまる)の大太刀を抜いた。
元々は鬼の首魁 酒吞童子(しゅてんどうじ)の首とその部下 茨木童子(いばらきどうじ)の腕をも切った名刀。だが、為義が持っていたそれには、赤茶色の錆がたくさんついていて、輝きを失っていた。加えて刃こぼれも目立つ。
「わかったよ。なら、この場で死んでやる」
義朝は仁王立ちをして、刀を持つ為義の前に立った。
「鬼切丸の錆となれ!」
鬼切丸を大上段に構え、為義は義朝に斬りかかろうとした。
「父上、落ち着いて!」
たまたま通りかかった背の高い整った顔立ちの少年は、為義を押さえつける。
「おい義賢、何をする?」
「こんなことしても、源氏は変わらない」
「だから何なんだ? 道理に叶っていれば、俺の言っていることは、無視していいのかよ?」
為義はわめき散らす。
倒れた童子の頬を義朝は触った。
童子の頬は青白く、冷たくなっている。
「かわいそうに・・・・・・」
亡くなった童子に手を合わせて、義朝は為義の方を向いて言う。
「俺はこの家を出る」
「おい兄貴、これ以上父上を刺激するなって」
「おう、義朝、お前は俺の子じゃない、勘当だ!」
「望むところだ」
義朝は三歩進み出た後、為義を制止する義賢に向かって言った。
「命助けてくれて、ありがとな」
「おい、兄貴も頭冷やせよ」
「今生の別れだ、じゃあな」
義朝は手を振って、義賢と別れた。
馬を出して、東の方へと駆け出す。
行き先は決まっていた。武士の聖地関東だ。
真の本物の武士(もののふ)の心を学ぶため、義朝は生まれて15年親しんだ京を出たのだった。
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