【歴史小説】第57話 保元の乱・破②─決戦(1)─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
「おぉ、兄上、お久しぶりですな」
為朝は日に焼けた浅黒い顔に満面の笑みを浮かべ、言った。手に持つ弓の弦は緩んでいない。
「これが貴様のあいさつか」
「合戦に作法も何もあるか」
為朝は構えていた二の矢を放った。狙いは清盛だ。
「おっと、危ねぇ」
側にいた教盛は、間一髪のところで矢を弾き返した。
「教盛、ありがとう」
「こいつは殿の敵う相手じゃねぇ。俺が喰いとめておくから、殿は東の門を任せた」
「わかった」
行くぞ、と清盛は郎党たちに号令をかけて東の門へ行こうとしたところで、長い矢が飛んだ。
矢は清盛のうなじを目がけ、ものすごい速さで飛んでくる。
飛んできた矢を、忠清は両手に持った大刀で、真っ二つに切り落とした。
「さっさと行け。死ぬぞ」
「あぁ」
背後を教盛と忠清に任せて、清盛は家貞と経盛の守る東の門へと軍を進ませた。
2
清盛と義朝が西門に着いたころ。
大炊殿の東門では、家貞と経盛率いる軍勢が叔父忠正と摂津源氏の多田頼憲と対峙していた。
「家貞に経盛まで。揃いもそろってどうしたんだ」
「それは、忠正殿を捕まえに来たのです」
「ほーう。身内に甘いお前にできるのか?」
「覚悟はできていますよ」
馬上にいる家貞は太刀を抜いた。
白刃は東の空から登ってきた太陽の光を反射し、茜色に煌めく。
それに応じるように忠正も太刀を抜く。
「どうやらそのようだな」
「経盛殿、頼憲を頼みました」
「了解」
うなずいた経盛は太刀を抜き、頼憲の方へと向かっていった。
「計画は変更だ。この門を死守せよ!」
何事もなければ、このまま高松殿を攻める予定だったが、突然平家軍が攻めてきたため、忠正は計画を変更した。
ぶつかる兵士たち。
忠正は家貞に斬りかかった。
忠正が放った一撃を受け止める家貞。
火花が飛び散るほどの激しい打ち合いを数十合繰り返す。
間合いを取り、忠正の出方をうかがっていた家貞は聞いた。
「忠正殿、なぜ新院の側に着いたのですか?」
刀を正眼に構えた忠正は、
「今のお前と俺は敵同士。そんなこと口が滑ってでも言えるか」
と答え、家貞の喉元に突きを入れようとした。
間一髪のところで刺突を受け止めた家貞は、
「自分が犠牲になれば、それで丸く解決する。そう思っているんでしょう?」
と聞いてきた。
しばらく黙り込んだあと、忠正は、
「違う。新院への忠義を貫くため。それだけだ」
と答え、峰で家貞の首元を強く打ち付けた。
家貞は倒れた。口からは蟹のように泡を吹き、目は白目を向いている。
下人たちに生け捕りにするように命じたあと、
「待ってろ、小僧。あえて負ける方に着いた、愚か者の叔父はここにいる」
そう忠正はつぶやき、血のついていない刀を鞘にしまった。
3
北の門を攻めていた頼政の軍勢は、門を守っていた平家弘の軍勢を蹴散らし、屋敷の敷地内へと入った。
目の前には、屋敷を守護する武士たちが、薙刀の矛先をきらめかせ、大将首を狙う機会を伺う。
獣のような目の輝きをたたえた武士たちに、頼政はいつもと変わらない穏やかな声色で語りかける。
「さあ、ここからお逃げください。危険です」
いきなり発せられた、「危険」という言葉に疑問を持った武士の一人は、
「何が危険なんだ」
と聞いてきた。
屈強そうな表情に不気味な笑みを浮かべた頼政は、
「知りたいですか?」
と言って、渡と盛遠の方を見る。
頼政の目を見て何かを察した二人は、矢を下人の持っていた松明で焼き、火矢を作った。そしてそれを、ヒノキの皮で葺かれた屋根に向かって放った。
渡と盛遠の動きに続き、弓矢を持った郎党たちは火矢を作り、檜皮葺の御殿に向かって放つ。
「貴様ら、院のおわしますこの御所に火をかけるとは何事だ」
いきり立った武士は、火攻めを止めるべく、火をかける頼政の兵を狙って一斉射撃を開始した。
「どんどんかけましょう。手の空いている者たちは、火をかける者たちを守るように」
と頼政は指揮したときに、
「随分と派手にやらかしてくれたわね」
黒い狩衣を身にまとった、尼そぎの女が現れた。道満だ。
「道満、なぜここにいる」
「なぜって、決まってるでしょう」
そう言って道満は懐から護符を取り出し、柱に貼りつけた。そして真言らしきものを唱えたあと、強い向かい風が吹いた。
矢と松明についた火は一斉に消え、焦げた矢が地面に突き刺さる。
「なるほど──」
「渡、盛遠、そして仲家。ここはお前たちに任せた」
そう心の中でつぶやいた頼政は、腰にかけていた巾着袋から鏡を取り出した。鏡の裏には桔梗紋が彫られている。
「殺るのね」
握りこぶしを作り、にらみつける道満。
「えぇ」
頼政がうなずいたとき、強い光が一面を覆った。
光が消えたあと、頼政と道満の姿はなかった。
4
清盛の軍勢は大炊殿の東門へと着いた。
門の前には、大鎧を着、左目に傷のある背の高い初老の男が立っていた。忠正だ。
「待っていたぜ、小僧」
「叔父上」
「あの時の続きを早くしたいのだが、その前に──」
忠正は手を叩いた。
それを合図に、下人たちが縄で縛られた家貞と経盛を連れてきた。
「どうしたんだ、家貞、経盛」
自分より強い家貞が捕えられて驚く清盛。
「殿、不覚にもこの家貞と経盛、忠正に捕えられてしまいました」
猿ぐつわをはめられた家貞は言った。
だが、清盛の耳にはゴニョゴニョとしか聞こえないので、何を言っているかしっかり聞き取れない。
「殿、忠正殿は俺がやります。この男は殿が勝てる相手ではありません」
「盛国、下がっていてくれ。叔父上は俺が倒す」
清盛は腰に帯びていた小烏丸を抜いた。
朝日に照らされ、茜色に光る日本刀と唐剣を足して2で割ったような造りの刀。
「父上、いけません! 大叔父上は、祖父殿と互角の強さを誇っています。私にすら勝てない父上が」
「離せ。いいか重盛。男の人生には、絶対に引いてはいけないときがあるんだ。この勝負は、決着がつかなかった、俺と叔父上の戦い。邪魔をしないでくれ」
「でも」
「重盛、ダメな親父に似なかったお前なら、平家一門を引っ張っていける。基盛と力を合わせてやっていってくれ。そして、三郎と四郎を頼んだ」
「行かないでください!」
もう帰ってきそうにない父親を引き留めようとする重盛。
盛国は重盛の手に触れ、首を横に振り、
「若、この勝負は殿と大叔父上の戦い。絶対に邪魔をしてはなりません」
といって、助太刀に加わろうとした重盛を止めた。
「海賊退治のときよりもいい顔になったな、清盛」
太刀を抜き、正眼に構える忠正。その顔には嬉しそうな笑みを浮かべている。
「そうかな。郎党と息子に戦うのを止められたバカな殿さまが、か」
小烏丸を忠正と同じように構える清盛。
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