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【歴史小説】第20話 九尾の狐⑤─正体─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


「ったく、まぶしいな。何してくれるんだ」

 清盛は目を強い光から守るために抑えていた手を取る。

「あれ、ここ、御所だよな?」

 目の前に広がる光景は、確かに先ほどいた御所だ。だが、代理でやってきた崇徳院をはじめとした皇族や貴族がいない。

「お前もいたか。清盛」

 義清がやってきた。彼も誰もいない御所に迷い込んだらしい。

「ああ」

「お前たち、なぜここに迷い込んだ?」

 九尾の狐を目の前にした泰親は、二人に聞く。

 義清は答える。

「わからない」

「そうか。遠分は出られないから、覚悟しとけよ」

 泰親は二人にそう言い残し、人と狐の中間の形態へと変化する玉藻と対峙する。

 変化した玉藻の尻にはきれいな金色の九本の尻尾が生えはじめ、耳は頭の部分に移動し、いなり寿司のような三角形の耳へと変貌する。

「お前、何をした?」

「鏡で結界を張ったまでだ。結界というよりは、異空間を作った、といった方が正確かな」

 泰親の答えに、玉藻は鼻で笑う。

「人間のくせに結界を張りあがるとは生意気な、と言いたいところだが、お前、わらわと同じ匂いがするな」

「当たり。俺の先祖は、妖狐の母親と人間の父から生まれた、合いの子だからな」

 泰親の目は黄土色から金色に変わる。同時に手指の爪は伸び、玉藻と同じ三角の耳が頭の上に生え、狐と人間を足して半分にした姿となった。

「やはり、そうであったか。でも、人の臭いの方が強い。半妖狐といえども、狐同士話が合うかと思ったが残念だ」

 玉藻は掌を泰親の前に出し、青い狐火を放った。

 泰親は身軽な身のこなしで攻撃を避け、

「お返しだ」

 自らも狐火で反撃する。

 玉藻はそれを自らの狐火で相殺。泰親へと接近し、尖った爪で心臓目がけて突きかかる。

 泰親はそれをかわし、爪でひっかく。

 玉藻の白く、美しい肌に傷がつき、血がとくとく流れる。

 顔から何かが流れている感じがした玉藻は顔を触ってみる。

 手には真っ赤な血が、べっとりとついている。

 自分の血を見た玉藻は、

「わらわの美しき顔に、傷をつけた。こんな屈辱、太公望との戦い以来だ。お前は絶対、許さない!」

 叫んで、変化を始めた。

 全身から金色の体毛が生えてきて、手足の指も3本に。顔は人間態の原型を残したものから、狐のそれへと変貌する。

「おい、あれはあのとき見た大型狐じゃないか?」

 清盛は御殿の中で腰を抜かしなら、九尾の狐がいる方を指差す。

「あぁ。そうだな」

 義清はうなずいた。

「さっきの姿よりも邪な気が強くなっている」

「俺たちごとやってしまおうという算段なのか?」

「俺にはわからないよ」

 二人は半妖狐と本物のとの戦いを呆然と眺めている。


(これはマズい。今まで出会った妖とはけた違いな妖力だ。こいつ、もしかしたら、神かそれ同等の何かじゃないか?)

 泰親は震えていた。長い間陰陽師をやってきて、感じたことないくらいに強い邪気と妖気を感じたからだ。そのためか、半妖狐の形態となったこの姿でも、何かに縛られているような感覚がして、身動きが取りづらい。

「死ね、半妖狐(はんぱもの)が」

 九尾の狐となった玉藻は、口を大きく開け、狐火を出そうとする。

 玉藻が放とうとしているそれは、先ほど泰親と戦っていたときに放っていたものとはけた違いの大きさのものだ。

「お前ら、死ぬぞ!」

 泰親は二人にそう言い残し、結界を張る。

「うわあぁあぁぁあ」

 玉藻が放った大火球が目前まで迫って来たとき、清盛はやけくそで手をかざした。

 火球は容赦なく清盛と義清のいる屋敷を焼き払う。


   2


 玉藻が放った火球により、御所は黒煙と火柱を上げながら燃え上がる。

「もう、終わりだ……」

 泰親はそう言って地にひざまずき、人間の姿に戻った。

 守れなかった。

 1ヶ月という短い期間であったが、一緒に妖怪退治に協力してくれた仲間。

 式神しかいない自分の屋敷に来てくれた数少ない人間。

 ついこの前まで自邸に来て、一緒に何かをしたり、笑ったりしていた人間が、燃え盛る真っ赤な業火の中で灰になってゆく。

「あぁあぁぁあぁ」

 泰親は絶望の淵に陥ったとき、

「おい、何やってんだ」

 清盛と義清の姿があった。しかも、無傷だ。

「お前ら、生きてたのか? 亡霊じゃないよな?」

 清盛は首を横に振る。

「なんかわかんないけど、手をかざしたら爆発が止まって……」

「一瞬何が起きたのか、わからなかった」

 目の前で不思議な出来事が起きているためか、義清はおどおどとした口調で、二人の間に起きた奇跡について話した。

「そ、そうか」

 泰親は苦笑いしながら、心の中でつぶやく。

(とうとう封印されていた古(いにしえ)の怨霊が目を覚ましたか……。まあいい。今回ばかりはその力で人の命が助かったのだからな)

 九尾の狐となった玉藻は、先ほどの火球を放とうとする。

「茶番は終わりだ、半妖。そこの小僧二人と共にくたばれ!」

「勝負はこれからだ、女狐」

 泰親は両手で印を組み、

「臨兵闘者皆陣」

 九字を唱えると同時に、様々な手の組み方をする。

「不動金縛りの法ごときが、このわらわに効くと思うたか?」

 玉藻は泰親の抵抗を鼻で笑う。

「烈在前……」

 泰親は玉藻のあおりを無視しながら、九字と手の動きが止め、

「破!」

 と力強く叫んだ。

「ふっ、無駄な抵抗を」

 玉藻は余裕そうな表情で、狐火を出そうとする。だが、身動きが取りにくいためか、先ほどのように上手く出せない。

「多少は効いているようだな」

 泰親は再び懐から鏡を取り出す。

 鏡からは白い閃光が出て、燃え上がる御所と3人を一瞬の間包み込む。


   3


 清盛と義清、泰親は御所の庭へと姿を現した。

 玉藻のことを忘れ、月見の宴に呆けていた貴族たちは目を点にして、突然姿を現した3人の方を見た。あっけに取られている理由は、突然消え、突然戻ってきた3人のことだけではない。庭に3メートルほどはあろう大きな狐が手鎖や猿ぐつわもないのに、身動きが取りづらそうにしているのもある。

「なんだ、その巨大狐は?」

 崇徳院は酒の入った土器(かわらけ)を落とし、飴色の瞳を大きくして泰親に聞いた。

「見ろ、お前たち! これが宮中で女官を食べ、瘴気で院を苦しめていた化け狐玉藻だ!」

 泰親は大声で、都や鳥羽殿で大量殺人を犯していた化け狐の素性を晒し上げた。

「おのれ半妖、動けなくなったわらわの姿を大衆の前で曝(さら)し上げるとは」

 身動きができない玉藻は、恨めしそうに泰親の方を睨みつける。

 玉藻の恨み言をよそに、泰親は懐から護符を取り出し、貼りつけようとしたそのとき、

「きゅうぅうぅん!」

 大きな鳴き声とともに、玉藻は空へと飛び出した。

「しまった、術を解きやがったか」

 泰親はまた懐に手を突っ込む。取り出したものは、青い紐のようなものだった。輪の形を作り、玉藻の足に引っ掛かった。

「離せ、何をする気だ?」

 玉藻は必死でもがく。

「離すわけがないだろう、お前をこれから祓おうというのにな」

 青い紐を持ちながら泰親は言った。

 玉藻の力は人のものよりも、妖狐の血を引く泰親の腕力よりも強い。だが、その腕力でさえも、狐と化した玉藻のそれには敵わないようだ。

 ──義清、今だ!

 泰親は義清に目で合図を送った。

「わかった」

 泰親の意を受け取った義清は、近くにいた近衛兵から弓矢を借り、狙いを九尾の狐に定めた。

(南無八幡大菩薩。願わくば目の前にいる化け狐の心の臓に当たり給え!)

 義清は矢を放った。

 放たれた矢は甲高い音を立てて九尾の狐の心臓めがけ、宙を駆ける。

 だが、泰親が引っ張っていた青い紐が切れてしまった。九尾の狐が自由になってしまった。

 九尾の狐が飛び上がったところで矢は標的からずれ、心臓の下の部分に当たった。

「畜生」

 外してしまった。もう少し間が良ければ当たっていたのに。

 歯がゆい表情を見せる義清に、少し苦しそうで九尾の狐は、

「ははは、残念だったな。紐が切れて。これでわらわは自由だ! さらば!」

 と言い残し、青い火の玉となってどこかへ消えていった。


   4


 その後九尾の狐は京都から遠く離れた下野の那須の奥地へと逃げた。

 人気の少ない那須野で英気を養い、再び泰親に挑もうとしていたが、たまたま通りかかった杣人に見つかってしまった。

 居所が知れた九尾の狐は、関東にいた義朝の家臣である相模国の住人三浦義明と上総国の住人上総広常により攻められた。

 最後の力を振り絞り、九尾の狐は義明と広常の二人と戦った。が、何を思ったのか、倒れる寸前に大きな石となった。その石は瘴気を放ち、その毒気で二人の配下の半分を殺した。

 近づくと死ぬ石ということで、九尾の狐が化けた大岩は「殺生石」と呼ばれるようになり、以来那須野の荒涼とした一角に鎮座している。


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