塩谷定好 『夢の翳 塩谷定好の写真 1899-1988』 : 魂の影・沈黙の声
書評:塩谷定好『夢の翳 塩谷定好の写真 1899-1988』(求龍堂)
茫洋とした風景や、口をかたく結んだ人物たちの沈黙が、かえってその存在を強く訴えてくる。われわれは生きて、ここにいるのだ、と。
写真については詳しくないし、結果としての作品を、絵画作品と区別して語らなければならないという必要も感じない。専門的な説明は知識のある方におまかせして、私は作品の声に耳を傾けたいと思う。
いや、むしろ、それを要求するきわめて強い声を、この写真家の作品は発している。
現に目の前にいたり、私の周囲にいる人間たちよりも、作品の中の人たち、あるいや風景や静物でさえも、つよくその存在感をアピールしてくる。
それはまるで、今いる私たちこそ、そのうち消え失せてしまう儚い存在であり、一方、写真のなかの彼らの方は、永遠に消えない世界に定着されているとでも言わんばかりだ。
「われわれはすでに永遠である。それにくらべて、おまえたちの何と影の薄いことよ」
写真集を眺める私という、いかにも優位であるかのような、私の立場が揺さぶられる。
本当に、私はそれほどにも確かな存在なのか。
いや、あと数十年もしたら、私は影もかたちもなくなって、その時代に生きる人たちの記憶からも消え失せているだろう。その時、もしも私の写真が数枚残されていたとしても、その写真はきっと何ほどのことも、生きる人たちに訴えることはないだろう。つまり、この写真家の作品の訴求力は、尋常一様のものではない。
それはまさに、霊媒による口寄せめいたものなのではないだろうか。
その声は、写真家の声ではなく、写真家を通して語られた、彼らの声のようにしか、私には聞こえないのだ。
初出:2020年9月9日「Amazonレビュー」
(2021年10月15日、管理者により削除)
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