竹取テンセグリティ
朝の竹林の散歩。その途中で、不思議な竹を見つけた。
地中から伸びる太い竹は、1mほど伸びた所で突然、自然界ではあり得ない角度に湾曲し、完璧な輪の形になっていた。さらに、その輪っかに、別の竹の輪が通っている。
鎖のように連結している上の竹の輪の端は、何事も無いように、空に向かって背を伸ばしていた。ぐんぐんと伸びている竹の先端は、密集する他の竹に紛れて、よく見えない。
重力の法則と大地から完全に離れながら、健康的に育っている見事な竹。
首をかしげながら、近づき、観察する。下の竹の輪と上の竹の輪の部分をよく見ると、細い金属製のワイヤーが見えた。もう一度離れて、規格外の浮遊する竹を見つめた。
「あ!」
5分ほど首をかしげて考えた末に、答えに辿り着いた。テンセグリティだ。浮いているわけじゃない。
下の竹の輪が、上の竹の輪を吊るしている。そしてさらに、上の竹は上部で、周囲の竹とワイヤーで繋がっているのだろう。だから、倒れない。浮いているように、見せているのだ。
難問クイズに答えられたような満足感に浸りながら、竹を撫でる。
広告か町おこしのアート作品だろうか?しかし、それならばすぐに噂になってるはず。一体誰が、いつの間に、何のために作ったのだろう。
その日の夕方遅く、夕陽に染まる竹林を窓から眺めていた時、無性にあの竹のテンセグリティが、また見たくなってきた。田舎での一人暮らしにやっと慣れてきて、初めて見つけた密やかな謎に猛烈に心惹かれる。
「今夜は空気がよく澄んで、満月がくっきり見えるでしょう」
テレビから聞こえてくる天気予報で、心を決めた。
懐中電灯をしっかり握って、暗い竹林を進む。朝とは全く異なる、妖しい雰囲気に圧倒されながら、恐る恐る目的の竹を探す。
「おお、竹馬の友たちよ。今夜でお別れとは、なんと悲しいことだろう」
突然、野太い声が聞こえてきて、驚いて懐中電灯を落としてしまった。
「君たちは、物理的にも精神的にも、支えていてくれた。共に泣き笑い、友情の意味を教えてくれた。ありがとう。遥か遠くの月でも、永遠に忘れない。ああ、月の船が、もう来た。来てしまった」
懐中電灯を取ろうと伸ばした手が、明るく照らされる。頭上を見上げると、眩しく発光する巨大な何かがあった。目を、開けていられない。
「いまはとて、天の羽衣着る時ぞ、友をあはれと、おもひいでぬる」
朗々と和歌を歌い上げる低い声が止むと、異様な光は一瞬で消えた。急いで懐中電灯を拾い、家の方向に走る。
次の日の朝、竹のテンセグリティを見に行くと、上の竹の輪の部分がごっそりと消えていた。周辺を見回してみても、大きな竹が倒れた形跡も無い。
あの和歌を詠ったのは。月に、帰ったのは。もしかして。
残されたままの、綺麗な輪の形を保つ竹に触れる。冷たい。初秋の乾いた風が吹く。カシャカシャと、竹の葉の擦れ合う音が響いた。
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