千青
やや無理に職業として言ってしまえば、私は錬金術師だ。いや正確には努力して研究した結果、そうなった。愛する恋人が突然死んだのだ。 突然の心不全だったので彼の死体は綺麗なもので、私は生まれつき恵まれた語学力によってヘブライ語でもアラビア語でも古代語でもなんでも書籍を読みふけり、ちょいと違法なことまでやって資金を集め、とうとう彼を生き返らせる術を手に入れることに成功した。 根の国。つまり地下に彼の魂は居る。 地下に潜って魂を呼び寄せ、肉体と再癒着させる儀式を行えばよいのだ。
(600字以内制限の小論文の練習です) 健康な生活を送ること。それは簡単なことではない。 規則的で質のよい食事と睡眠。定期的なメンテナンス。歯医者に行ったり健康診断を受けたり、運動をしたり。 そして私たちは、健康のことだけを考えて生活してはいない。日々仕事に忙殺されており、規則正しさが損なわれ、食事も摂れなかったりもする。 人間関係にストレスを抱えてしまい、食欲がなくなり眠れなくなったりすれば、それは健康的な生活とはいえない。 健康な生活とは、肉体と精神と生活のバ
僕はバイトの面接に、もう五回落ちている。書類選考で落とされて4回。面接までこぎつけて一回。 向こうに多分悪気はないにせよ、お前はいらないという度重なる人格否定の連続に、僕は弱っていた。よたついた気持ちに、なんとか喝を入れる。とにかく数を撃とう。散弾銃のようにやろう。 部屋のプリンタはA3用紙の履歴書を吐き出し続ける。虚飾された履歴に虚栄の写真を貼りつける。それすらも否定され続けているが、「とにかく採用されればこっちのもんよ」というやさぐれた大学のM先輩の言葉が頭に浮かぶ
ここへ来る人は、当然ながら顔色がみんな悪い。 「こんにちは、書類はお持ちいただけましたでしょうか」 やってきた女性に声をかけると、鞄の中から几帳面にファイルに入れられた書類を差し出される。 内容に不備はないか、確認する。 「ありがとうございました。こちらの番号札を持って、そちらにおかけください」 小さな声で「ありがとうございます」と会釈と共に礼を言った。 私は考える。この人は、最後の晩餐を何にしたのだろうかと。 私は周りには、『公務員の事務』と職業を伝えている。
私は死んだ鼠を砂場に埋めた。 ずっと寂しくないように。 深く深く埋めた。 誰にも見つからないように。 私がもしこの世からいなくなっても。 砂場で遊ぶことがなくなっても。 子供たちはその上で遊び続けるだろう。 私は砂場に埋められた。 深い深い、砂場の底へ。 いつも湿った黒い砂の中へ。 あの子はどうしてこんな場所を選んだのだろう。 砂は絶えず私に圧力をかけてこの身を潰す。 子供達は知らずに笑いながら私を押しつぶす。 ここに私がいることを、鳥も虫も誰も知らない。 あの子に私が殺さ
街中で、チラシ配りをしている男を見かけた。 若い、20代ぐらいの男だ。細身のスーツに紺のネクタイを締めて、熱心に道行く人に声をかけながら、チラシを配っている。 ひどく暑い日で、若干陽炎が揺らめいていたので、最初に感じた違和感は、そのせいかと思ったのだ。 しかし改めてまじまじと見ていると、間違いない。彼は少し、緑色に光っていた。 少し黄色の入った、黄緑色と緑色の間のような揺らめいた光が、彼からは見えた。 暑さでぼうっとした頭で、ああその光は彼の体の中から出ているんだ
人通りの多い、街中。 横を歩く私の彼女は、私を見て微笑んだ。 自分が彼女に嫌われているとは、ギリギリ思っていないものの、私は彼女の眼を見ることができない。自信がない。彼女の眼に映る自分の顔を醜く感じて、死にたくなってくる。 彼女を美しいと思えば思う程、自分の醜さが恥ずかしくてしょうがなかった。そう告げると、「私は君の顔を見てるんじゃないよ」と彼女は言った。 じゃあ何を見ているのか。 彼女は微笑んで、「私も君の眼に映る自分を見ているのかもね」と言った。 勇気を振り絞り、私は彼
餃子 1 餃子 2 それからまた時は過ぎ。 それからはリョウくんと一緒に街を歩き回ったり、ネットやスマホらしきものの端末の操作を教わったり、料理や掃除を勉強したり(インスタントラーメンから始めた)。 リョウくんは大学はいくつか受けたらしいけれど、中には遠方の学校もあって、そうすればお互い一人暮らしになってしまうので、俺はかなり真剣にやらなくてはならなかった。 そうして生活が少しだけ落ち着き、お互いに笑えることが多くなった。 「年下のたよりない父親でごめんね」 という
餃子 1 餃子 3 フラフラとそちらの部屋を開けてみるとそこは和室で、灯りをつけると仏壇に三人の写真が飾ってあった。 ああ、やっぱりなと思った。 一人は優しそうな女の人。あとの二人は、今より少し年老いた、うちの両親だった。三人とも、黒ぶちの枠の中に微笑みながら納まっていた。 「かわいい感じの女の人だなあ。俺、こんなかわいい人と結婚できたんだ。なんか嬉しいなあ。なんかリョウくんもお母さん似だもんな。父さんも母さんも、今より白髪が多いなあ……」 今。 今ってなんだ。
餃子 2 餃子 3 目が覚めた時、自分がどこにいるのか全く分からなかった。 「こちらですよ」 という女性の声がして、金属的な音がした。部屋のドアが開いて、看護師さんと共に入って来た男の人が誰なのかもさっぱりわからなかった。 その人は若いけれど自分より少し年上の、20代前半ぐらいだろうか、白いポロシャツに黒いズボン。真面目そうな印象だったが、表情には強い陰りが見えた。 誰だろう。 誰ですか、と聞こうか迷った時、向こうが先に口を開いた。 「父さん……」 父さん?
「おはようございます」 「おはようございます」 決まった挨拶が飛び交う朝の八時。 玄関を出ると、いつも同じ警備員が挨拶をしてくれる。目の前にバス停がある。 この宿舎の前にはバス停があり、平日決まった時間にバスが出る。 乗るのはいつも同じメンバー。車内でしゃべりだす人間はいない。いつも無言でバスは進む。 そういえばしばらく前は、突然わけのわからないことをわめき散らす迷惑な客がいたが、いつの間にかいなくなってしまった。 私は会社へ行く。 書類の整理。作成。チェック。
雪まつりの賑わいも、どこか他人事ながらとりあえず今年も通り過ぎておくことにする。そんな地元民は多いのではないだろうか。 仕事帰り、地下街から階段を上り、テレビ塔の下へ出てきた。 華やかなイルミネーションを見下ろし、降りてみるとスケート場ができていた。 これは昔からあるものではない。いいところ数年しか歴史はないだろう。 覗き込んでみると、子供や観光客、カップルなどがぎこちなくスケートを楽しんでいた。たぶん生まれて初めて滑る人もいるだろう。 フェンスから楽し気なリンク