悪いモノ #シロクマ文芸部
「読む時間がないのが悩みです。私は昔から読むことが好きなのですが、最近は全く読めていなくて。時間がない…そうです!誰かが私の貴重な時間を奪っているに違いありません!」
「なるほど。時間を奪われている、とな。たしかにそれはヒトの時間を奪う何か『悪いモノ』に取り憑かれているかもしれませんな。どれ、私に話してみなさい。原因がわかったら今すぐここで払って差し上げましょう」
「私の大切な時間が奪われているなんて…考えただけで恐ろしいです。ではまず、私の一日の時間割をお話させて下さい。何か参考になるかもしれないので…」
「詳しく聞きましょう」
*
「朝起きたらまずはすぐにお気に入りのノートを開いて、自分の頭の中に眠っていたものを書き出します」
「書き出す?」
「はい。私は毎日、物語・詩・エッセイ…他にも様々なものを書いているんです。ここである程度まで書いたら、ようやく朝ごはんを食べます。そして洗い物をして歯を磨いて…」
「それから?」
「それからまた、文章を書きます。お昼になったらお昼ごはんを食べて洗い物をして歯を磨いて…」
「それから?」
「それからまた、文章を書きます。そして夜になったら…」
「ほぅ…夜になったら?」
「夜になったら夜ごはんを食べて洗い物をして歯を磨いて…」
「ま、まさかまた?」
「お風呂に入ります」
「あぁよかったです。ホッとしました」
「そしてお風呂から上がったら、描き始めます」
「えっ?また文章ですか?」
「いえ、絵です。絵を描いたら少しずつ眠くなってくるので、そうしたら寝ます。以上です」
「 …………… 」
「どうです?何かわかりました?いつも本当に読む時間がなくて困っているんです。私の時間を奪っているのは何者なのでしょう?私は一体どんな『悪いモノ』に取り憑かれているのでしょうか?どうか教えてください!」
「いいえ。時間を奪う『悪いモノ』などいませんでした。あなたの時間はそもそも消えてなどいなかった」
「そんなはずありません!実際に私には読む時間がないんですよ!もし時間が消えていないとしたら、これは一体どういうことなのですか?」
「どうやら今回は、私の出る幕ではなかったようです」
そう言うとその者は「相談終了」の文字が書かれた札を間にそっと置き
それから最後にこう申した。
「残念ながら時間を消し去っていたのは、他でもないあなた自身なのです。もし『書く時間』を削ることができなければ、これからもあなたには『読む時間』が訪れることはないでしょう。しかしどうやら現在あなたには『読む時間』より、もっと大事なものがおありのようだ。今のあなたは、他の何よりも『書く時間』を必要としている。それでいいのです。あなたはあなたの今一番大切にしたいことを優先して下さい。私があなたに伝えられるのはそれくらいです」
それを聞いた者は晴れ晴れとした顔つきで
帰っていったそうな。
【おしまい】
***
今週のシロクマ文芸部でした🐨
みなさんの中にも同じようなことで悩んでいる方がいましたら
それは決して「悪いモノ」ではないので、どうかご安心を。
ではまた。