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いいじゃないこれで

一生懸命になればなるほど、それが裏目に出てしまうことがある。多々、ある。
先日、仕事で大きな研修があった。わたしは受講するだけでなく、進行や前で話す時間もあったため、たぶん他の人より緊張してその時間を迎えたし、準備もいつもより入念におこなった。タイムテーブルを何度も確認し、不安要素はひとつでも少ないほうがいい、と隅から隅まで資料を読み込んで、不明点は先輩たちに尋ねて確認させてもらった。「こんなこと聞くの、恥ずかしい」いつもならそう思って流してしまうことも、ええいこの際、と思ったのだった。

しっかり準備して臨んだおかげで、当日は大きなトラブルもなく、無事に一日を終えることができた。初めての役目を終えたその日の夜、最年長の先輩から「ウオズミさんがいないとできなかったよ。ありがとう」と連絡までもらった。素直にうれしくて、ちょっと背伸びした甲斐があったな、と思えた。

それから数日が経ち。
くだんの最年長の先輩も含め数人で休憩していたときに、その研修の話題になった。レポート提出の期日だったのだ。
「レポート書くのに、昨日りなちゃんと資料見返してたんだけどさ、」
最年長が言った。りなちゃんというのはわたしの後輩で、わたしとも最年長とも仲がいい。
「りなちゃんがさ、『ウオズミさん、あの研修のときめちゃがんばってたけど、中学生みたいだった』って言っててさあ」
わたしと目線を合わせ、最年長は笑いながら言った。
「なんか、ね、そうなんだよね、ウオズミさんががんばってるのはいいんだよ、全然悪いことじゃないんだよ、でもさ、なんかさ、りなちゃんが『中学生みたい』って言ってたのが、もう、なんていうか、ね、うん、そうだよねーってなってさ、もう、なんかさ」
最年長は、りなちゃんの「中学生みたい」発言によほど「言い得て妙」感があったのか、笑いをこらえきれない様子で話していた。
「あー、なんか、すみません。あんなんで」
「いやいやいや、いいんだよ、でもりなちゃんがそう言うからさあ」
「いいな~ウオズミさん。中学生なんてかわいいじゃん」
その場にいた他のメンバーもからかいながらわたしを見る。

「中学生みたい」の解釈はその場ではしなかったけれど、おそらく、まじめで青い話しぶりとか、「きちんと」とか、「五分前行動」的な動きとか、大人には不似合いな緊張感とか、そういう類。「先生の話は、前を向いてだまって聞きましょう」みたいな聴講態度とか。

わたしは終始「中学生でごめんなさい☆てへ」みたいなテンションを装っていたが、内心、驚くほどこころが揺れ動いていた。羞恥心? プライドが傷ついた? 「それなりにうまくやった」と思っていたわたしの勘違いだったのか。ひとりで「がんばった~」と調子に乗っていたのか。終わった後の「ありがとう」は何だったのか。その連絡、りなちゃんもグループラインで読んでたじゃん。反応してたじゃん。

どっと湧いて出るそれらの感情が、本物の感情なのか、それともその裏にべつの感情が隠されているのか、わたしは自分の中を探ろうとした。反応的に出てきた感情に対してこのように分析することを、ある人から教えてもらっていたのだ。

たぶん、人づてに後輩の本音を聞いたこと、その本音がわたしに対してわりと「なめてる」感じの内容だったことに、わたしは苛立ちと恥ずかしさを感じていた。最年長の口ぶりは「中学生みたいだった」の後に「ww」がついているみたいに聞こえた。「ウオズミ、中学生かよww」って。

りなちゃんは、頼りになるいい子だけど、要領がいい。要領よくやること、一生懸命にならなくてもとりあえずやってのけ、重要なことはピックアップしてそれなりにやるりなちゃんに対して、わたしは自分にない部分として鏡のようにりなちゃんを見ていた。「がんばるなんてめんどくさい。誰がどう思うとかもめんどくさい。終わればいいじゃん」的に仕事をするりなちゃんに、表面上は仲良くしつつ、わたしは潔癖さを伴って苛立ちを募らせていた。

無我夢中にがんばって何が悪いさ。一所懸命にやることの何がおかしい? わたしはそう、胸を張って思いたかった。そこで胸を張れなかったのはどうしてだろう?

あるいは、誰のために一生懸命やってると思ってんだよ! という憤りだったかもしれない。ひとりで、誰もやりたがらない運動場の隅の溝掃除をやっているような気持ち。みんながやらないからわたしがやってるんじゃん。誰に任されたわけでもないのに、自分の勝手な行為に他人を巻き込んでいる。

「まじめにがんばるなんてばかみたい」と、りなちゃんが思っていたかどうかはわからない。りなちゃんの発言に対して、最年長をはじめ他の人たちがどう思ったか、についても。でも、あのときの発言に、わたしはわたしを守れなかった。ただ悔しかった。憤りは、りなちゃんを通過して自分に戻ってきた。消化しきれていない過去の感情と一緒に、ブーメランみたいに。レポートは、でも、まじめに書いた。それはわたしの性分だから。いいじゃないこれで。早くからそう思えたらよかったのかな。りなちゃんをはじめ他人を巻き込まずに、ただ自分にだけスポットライトを当ててそう思えていたら。



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