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"最高な選択"をできる可能性は「37%」
選択とは
人生は選択の連続だ。
選択によって人生が変わる。
引っ越し先の賃貸を探すとき。
パートナーを選ぶとき。
コンビニでおにぎりを選ぶとき。
選択の重みも異なるが、選択するための基準もカテゴリによって異なる。だから、そのカテゴリを知らない素人は選択に時間がかかるし、悪い選択をしてしまう可能性がある。
時間をかければ悪い選択を避けることはできるかもしれない。では、いつまで時間をかけたらいいのか。
これは「探索と活用」という言葉で言い表すことができる。いつまで良い選択を探索して、いつからその選択肢を選び活用するのか。
例えば、常連になりたい店を探すときに、何店舗まで新店舗開拓して、どの程度の"良い"店だったら足繁く通うのが"最適"なのか。
37%ルール
これを単純化して誰でも最適な答えを出せる方法がある。それはコンピュータサイエンスにおける「最適停止問題」を解く方法であり、極シンプルな37%ルールというものだ。
これは、カリフォルニア大学バークリー校の心理学・認知科学教授で、計算認知科学を研究するトム・グリフィスさんが提唱している。
例:家探し
解決策:
①条件で絞った物件が100件あるなら、まず37件を見る。
②37件の中で"最良"な物件を決める。
③残りの63件を見ていき、②で探した最も良い物件を超える良い物件を見つけたら、それが"最適"な物件だ。
例:導入する機器の見積もり
あなたは新人だが、新しく何かコピー機などの機器を導入することになった。しかし、機種は数千以上ある…。価格も機能もバラバラだし、価格の相場も分からない。他の仕事もあるから、2時間で決めたい。
解決策:
①44分(2時間の37%)の間は、「この機種はコスパが良い!」と言える基準を探す。
②残りの76分で、その基準を超える機種を探す。
③見つけたらそれが"最適"な機種だ。
何にでも37%は使えるのか?
合理的で、様々な人生の場面で使える37%ルールだ。では、同様に恋愛やキャリアの選択も数理的に最適化できるわけだが、それは人間らしさを欠くことにもなってしまうのだろうか。
人生100年時代と言われるなか、37歳までは新しい技術を求め続け、38歳になったらARグラスや実現された新興テクノロジーは触れずに生きていくのが本当に"最適"な人生になるのだろうか。
70,80歳になっても、スマホを使おうと悪戦苦闘してどうにか孫とのビデオ通話をする姿には、誰もが心を打たれる。人間自体が合理的な感受性を持ち合わせていないのだから、感情が付随する選択には合理性を介入させるバランスを考慮しなければならない。
落ち
「この37%ルールによって選択された "最適な選択" が "最高な選択" である確率は、奇遇にも37%なのだ」とトム・グリフィスさんは言う。
最後に
世界3大 幸福論 と言われるアランの幸福論にこんなことが書いてある。
…(略)
われわれ自身が選んだのではない選択の中に、宿命をみたがるものだが、これらの選択はわれわれを拘束するものではない。なぜなら、悪い運命などないから。どんな運命もそれをよいものにしようと欲するならば、よい運命となるのだ。
「人生のすべては "解釈" によって変わるものだ」と捉えている僕にとって、これは金言だ。さらに尊敬の意を込めて、これを抽象化して以下の言葉として胸に留めている。
「どんな選択も良いものにしようとするならば、それは良い選択となる」
何か悩んでいるとき。選択肢は2つに絞れたが、どちらが良いかと悩んでいるとき。きっと「いいね!」のバランスは、4:6か5:5の比率だろう。1:9ならば悩むことなく9の選択肢を選んでいるはずだ。
それなら、どちらの選択肢を選んでも問題ない。選んだ選択肢を良いものにしようとしたなら、選んだ道は必ず良い道になる。「あっちの道が良かったかもなぁ」なんて思わない。
もしそう思うなら、まだ本気で良い道にできていないのだ。道は自分で切り拓くものであり、幸せを見つける目と解釈によって道の見え方も変わるものだ。