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アトランティス幻視 崩壊前夜25 終章
光の柱から響く声は
頭のなかに直接届いている
それは人の声ではなかった
半覚醒で船から降りてきた街人たちも
その声に反応し次々と覚醒していく
隼はふと目を凝らす
光の柱のなかに
ちらりと影が動いたように見えたのだ
しかし
あまりにも強い光に阻まれ
その輪郭すら捉えられない
そのとき不意に天頂から
太陽の光が差しはじめた
地表のエネルギーが整ったことで
蝕が終わったのだ
夏の太陽はすぐ
アトランティス幻視 崩壊前夜24
銀の船は静かに停止する
唖然とする隼の目の前で
するすると桟橋が延び
沢山の人影が
ゆらゆらと海岸に降りてくる
人々は半ば眠ったような様子で
ゆっくりと桟橋を降りて
少し離れた森に向かい
ひたひたと歩いていく
隼ははじめ呆然とその様を眺めていたが
降りる人波に見知った神官の姿をみて
思わず駆け寄った
雲雀
鶫
風の主上は
星読みさまはどちらにあられる!
しかし彼らの瞳に反応はなく
隼の声
アトランティス幻視 崩壊前夜23
天狼星と青鷲が星の塔を出ると
とうに陽は登り
照りつける日差しはもはや
真昼に差し掛かろうとしていた
それでも昨日センターツリーから
流れていた冷気の名残で
あたりはひんやりとしている
青鷲
体は大事ないか
腕を支えてくれるのを気遣うと
青鷲は笑ってみせた
ありがとうございます
昨日よりは冷気も弱まっておりますし
ツリーまで歩く程度であれば問題ありません
青鷲も疾うに体力の限界が来ていた
アトランティス幻視 崩壊前夜22
夜が明ける
水平線の縁が明るさを増し
光が溢れ出す
草むらに休んでいた隼は
瞼にさす光で目を覚ました
泥のように疲れた体は重く
ふとふたたび微睡みかけて
はっとして目を開く
目の前にはひろく広がる海
隼は思い出す
陸地を探したこと
戻れなくなったこと
すべて夢のようで
夢ではなかったのだ
昇りかけた朝陽に
隼は目線だけで海を見回す
しかしながら凪いだ波の向こう側には
島影ひとつ見え
アトランティス幻視 崩壊前夜21
あれはいつのことであっただろう
アトランティスは創生に近く
まだ街は沸き立つように若く
希望に満ちていた
しかしながら
誰もが地球に降りて間もないうえ
器を得たものも多く
個となったものたちの間に
思いもよらぬ軋轢が生まれはじめていた
器を持つことの喜びに酔いしれ
個として逸脱していくものが増えるごとに
何故特殊なこの星に街を作ったのか
何故簡単に器を持たせたのかと
とどまることのない疑念
アトランティス幻視 崩壊前夜20
そして天狼星は星を読む
夜空に億万と輝きを放つ
星のエネルギーを感じとり
願いの幾何学となし
地上に転写する
調和のかたち
美のかたち
今日の夜空の
今日だけのエネルギーを
次々と地球に転写していく
この星に調和を
そして
永遠のいのちを
祈りとともに
地に写し続ける
生き生きと星を読み
写しとる天狼星の姿を
喜びとともに
遠く眺めつつ
青鷲は夜空に浮遊する
この宇宙のすべては
調和と
アトランティス幻視 崩壊前夜19
星読みさま
かすかな声に呼ばれたようで
天狼星は薄く目を開く
見慣れた白い天蓋
やわらかな寝床の感触
いつもと変わらぬ景色に
天狼星の意識は緩くほどける
果たして
すべては夢だったのか
寝返りをうち
天狼星は目を瞬く
体が鉛のように重い
まるでこの星に
はじめて降りたときのようだ
天狼星は思い出す
まるで昨日の事であるように
その驚きは今も体に残っている
個となり
体を持つというこ
アトランティス幻視 崩壊前夜18
青鷲は居住区を通り抜け
森の近くまで戻る
センターツリーから離れると
体の震えも止まり
感覚も戻ってきた
自らの感覚を確認しながら
青鷲は歩き始めた
花依を探さなければ
青鷲は目を閉じると
全身で花依の気配を探る
しかし島全体の波長が乱れている今
かすかな気配だけでの探索は厳しい
青鷲は考える
花依はグリッドを組んでいたはずだ
未完成のグリッドがあれば
その近くにいる可能性が高い
青鷲
アトランティス幻視 崩壊前夜17
天狼星の指示を受け
水の神殿の主である雫と
風の神官隼は
島のはずれにある
小さな船着き場へと向かった
遠い昔
星の船が行き来したというその場所は
今は専ら
イルカたちのための遊び場と化していた
はしゃぐイルカたちの声がかすかに届く
夏の午後の日差しが強く降り注ぐ
あまりの出来事に言葉もなく
俯きがちに進む雫に
隼が小さく問うた
雫さま
新しい陸地は見つかるでしょうか?
不意の問いかけに
アトランティス幻視 崩壊前夜16
天狼星と黒曜は急ぎ
センターツリーへと向かった
天狼星は歩きながら朱斗の気配を探す
しかしそれは厚い壁のような何かに阻まれ
杳として知れずにいた
いつの間にか吹き付ける風は止み
ツリーに咲いた白い花が
はらはらと散りはじめる
沈みかけた夕日の光に
凍りついたツリーが白く輝き
白い花びらが舞い
甘い香りが漂いはじめる
白に染められ
白の舞い散る世界を
二人は静かに歩いていく
中心部への最後
アトランティス幻視 崩壊前夜15
三人は石の神殿を出ると
足早に町の中心部へと向かう
夕暮れに向かう夏の空が
まだ明るく道を照らしている
しかし先程までは賑やかだった街が
今は異様なほどに静まり返っていた
その静けさが逆に鼓動を早くさせ
三人はさらに道を急いだ
居住地を抜け水路に差し掛かれば
センターツリーの姿が見えてくる
しかしながらそれはいつもの
緑溢れる豊かな姿ではなかった
アトランティスのちょうど中心に位置し
アトランティス幻視 崩壊前夜14
翠の軽い足音に続き
コツコツと固い足音がして
衣擦れの音と共に
青鷲が到着した
風の主さまをお連れいたしました
天狼星と黒曜が振り返ると
青鷲は覇気の無い表情で
入り口に立ち尽くしていた
ぺこりと一礼して翠は持ち場へと戻っていく
その足音が消えても青鷲は動かずにいた
いつもは精悍な鋭い眼光が
麻痺したようにぼんやりとしている
どうした青鷲?
天狼星が問いかけても
目の焦点が合わず答えも返
アトランティス幻視 崩壊前夜13
切り出し石を抜け再び外へ出ると
そこは夏の光の世界だった
木々の間を抜けて差し込む木漏れ日が
眩しく二人を照らしている
記憶の石は光に弱い
太陽はもちろん月の光でさえ
照らされた瞬間から少しずつ
書き込まれた記憶が飛散してしまう
二人は注意深く記憶の石を運ぶ
石の祭壇は地下に設置されているが
明かりとりの窓はある
天鵞絨は光を遮るが
注意深くするに越したことはない
神殿正面から中へはいると
アトランティス幻視 崩壊前夜12
青鷲の出発を見送ると
天狼星は黒曜とともに
風の神殿を後にする
神殿から小道を抜け街に差し掛かると
夏至祭の準備が進められていた
強い夏の日差しに照らされて
人々の笑顔が輝いている
日々は変わらず明日も続くことを
欠片も疑うことのない
曇りの無い笑顔があちこちで咲いている
その景色に足を止める天狼星の痛みを察し
黒曜は前を見つめながら小さく言う
隠し身の石を使います
主上におかれましては