アトランティス幻視 崩壊前夜22
夜が明ける
水平線の縁が明るさを増し
光が溢れ出す
草むらに休んでいた隼は
瞼にさす光で目を覚ました
泥のように疲れた体は重く
ふとふたたび微睡みかけて
はっとして目を開く
目の前にはひろく広がる海
隼は思い出す
陸地を探したこと
戻れなくなったこと
すべて夢のようで
夢ではなかったのだ
昇りかけた朝陽に
隼は目線だけで海を見回す
しかしながら凪いだ波の向こう側には
島影ひとつ見えはしない
いったい
どういうことなのか
私たちの街はどこにあるというのか
隼はゆっくりと身を起こす
極度に疲労した体はあまりにも重く
思うように動かない
もう少し日が上ったら
再び鳥になり島を探しにいこう
街に戻らなければ
なんとしても戻らねばならない
それにしても体が重い
まるですべてが石に変わったかのように
ずっしりと固く重い
あまりの疲労に隼は
再び草むらに倒れ伏した
あと少しだけ休もう
そうすればきっと動ける
きっとまた鳥になって
街を探しにいかれる
隼
微かに肩を揺すられ目を開けると
心配げな表情の雫が覗きこんでいた
ああ隼
よかった
どこか痛みは?
隼は目を瞬く
ありがとうございます雫さま
先程より疲労も抜けました
痛みもありません
起き上がろうと腕を動かすと
ころりと何かが転がり落ちた
海の水を固めたような
不思議な質感の石だった
石を使ってくださったのですね
ありがとうございます
隼が礼を伝えると
雫はわずかに微笑む
隼
あなたは素晴らしいかたです
的確な判断と行動力があり
なによりとても優しい
どうぞこれから皆を導いてください
雫の言葉に
隼は戸惑った
何をおっしゃられているのですか?
私は一介の神官です
民を導くなど身に余ります
雫さま
隼は
雫の変化に気付いて
言葉を切る
雫は明らかに小さくなっていた
もともと小柄で華奢なひとではあるが
今はほとんど幼い子供のようだ
愕然とする隼に
雫は小さく頷くと
長い服の袖を引いてみせる
雫の腕は銀の鱗に覆われ始めていた
この世界はもはや
決定的に変わりはじめました
私はもう
地上には生きられません
これからはイルカたちと共に
海に生きます
雫は静かに隼を見つめる
もうすぐ船がつきます
沢山の民が道を失いました
しかしあなたならば
彼らと共にこの星を生きられるはず
応えようとする隼の言葉を
突然の雷鳴が掻き消した
驚き振り返ると
ぐらりと海の景色がゆらめき
耳を裂くようなと轟音と共に
大きな銀色の船が姿を表し
真っ直ぐに隼のいる浜へと向かい
舳先を進めてきた
あまりにも突然の出来事に
隼は我が目を疑うが
その間にも
船は水面を滑るように
こちらへと近づいてくる
近づく船の舳先に人影をみて
隼は目を見開いた
青い癖のある髪
背の高いその姿に
隼は風の主を重ねた
主上!
隼の叫びに
舳先の人影がくるりとこちらを振り向く
その輪郭は金色に輝き
逆光で表情は見えないが
こちらを見つめる視線を強く感じる
それでも汝は
我を見るのだな
響く豊かなバリトンは
青の主のものではなかった
その声は脳裏に直接響く
それは人のものではなかった
あなたは
隼は眩しい光に問いかける
静かに見つめる視線は
問いには応えず
ただ言葉を告げる
すべて汝に預けよう
道は険しいだろう
しかしいつかまた
時は廻り来るのだから
言葉と共に船は海岸へ届き
同時に金の影は消え去った
そして太陽は昇り
間もなく正午となる