アトランティス幻視 崩壊前夜12
青鷲の出発を見送ると
天狼星は黒曜とともに
風の神殿を後にする
神殿から小道を抜け街に差し掛かると
夏至祭の準備が進められていた
強い夏の日差しに照らされて
人々の笑顔が輝いている
日々は変わらず明日も続くことを
欠片も疑うことのない
曇りの無い笑顔があちこちで咲いている
その景色に足を止める天狼星の痛みを察し
黒曜は前を見つめながら小さく言う
隠し身の石を使います
主上におかれましては
到着まで沈黙を願います
天狼星が頷くと
黒曜は懐から黒い石を取り出して
ふうっと息を吹き掛けた
刹那石から黒い靄が立ち上がり
天狼星と黒曜を包み込んだ
さあ参りましょう
こちらが近道です
黒曜が促すと天狼星は無言で頷き
二人は急ぎ足で石の神殿へと向かった
石の神殿に到着すると
黒曜は建物の裏側に天狼星を導く
正面入口のちょうど真裏あたりで
黒曜は石壁に手を触れる
すると低い音をたてて大きな切出石が動き
ちょうど人ひとり通れるほどの
細い入り口が現れた
こちらへ
黒曜が促すと
天狼星は静かに入り口へ歩み入る
黒曜も後に続くと再び石が動き
何事もなかったようにピタリと閉じた
沈黙のまま細い回廊を進むと
突き当たりに黒い扉が見えてきた
黒曜は扉に手を触れる
重たげな石の扉が音もなく
するりと開いた
主上
こちらが記憶の石になります
石造りの棚の上に整然と並べられた
色とりどりの美しい石たちは
どの石もその輝きにふさわしい
叡知を秘めて静かに輝いている
天狼星は静かに石たちに近づくと
刻まれた記憶を確認し
必要な石を選り分けていく
手を止めぬまま天狼星は尋ねる
風早はいずこに?
風早でしたら祭壇におります
この星の石ではありませぬゆえ
光が当たれど記憶は保持できます
風早もその方が喜びますので
天狼星は石に目を落としたまま頷いた
黒曜は選ばれた石を運ぶ用意をはじめる
選り分けられた石を
ひとつひとつ丁寧に
柔らかな黒い天鵞絨で包み
蔓で編んだ籠にそっと詰め込んでゆく
作業が終わると二人は立ち上がり
石の神殿の祭壇へ向かった