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哲学的コント:プラトンとクセノポン

 プラトンとクセノポンは共にソクラテスの弟子であった。二人はソクラテスがアリストパネスのようなガチのクズの陰謀によって死刑にされた後、師の業績を後の世に伝えんと自分の著作で在りし日の師との交流とその偉大なる思想を書き記していた。この二人の著作がなければもしかしたら彼とその哲学は後の世に残らず歴史に忘れられてしまったかもしれない。

 しかしプラトンとクセノポンが記したソクラテスの姿が真実のソクラテスであるかは疑問である。特にプラトンが記したソクラテスの人物像の信憑性については当時から疑問が持たれていた。プラトンはその著作で頻繁にソクラテスを登場させて彼に哲学を語らせていたが、それは実際にソクラテスがそのように語った事なのか怪しいものだった。彼の批判者はプラトンが自分の論に正当性を持たせるために偉大なる哲学者ソクラテスの名を使って喧伝しているのではないかと言って批判した。

 その批判者の中にはクセノポンもいた。彼はソクラテスの同門の弟子だった頃からプラトンが大嫌いであった。いつもこの師に対してやたらへつらいトイレ掃除どころか尻の穴まで洗うような態度を取り、俺こそがソクラテスの真の理解者と豪語する男と会うたびに虫唾の走る思いをしていた。ソクラテスが非業の死を遂げてから何年か経ったある日、クセノポンは軍人として配属されていた町の名士からプラトンの本が評判になっているのを聞いた。名士の話ではプラトンは本の中にソクラテスをバンバン登場させているらしかった。クセノポンはそれを聞いて昔のプラトンの態度を思い出して腑が煮え繰り返った。彼はプラトンが本で何を書いているか確かめるために名士に本を貸してくれるように頼み込み、名士から本を借りるとそのまままっすぐ宿舎に帰って一晩かけて本を調べ尽くしたのであった。

 クセノポンはプラトンの本の想像以上の出鱈目っぷりに激しい怒りを感じ、もういてもたってもいられなくなった。彼はすぐさま勤務先に休暇届を出して馬を駆ってプラトンの住むアテネへと向かったのであった。

 プラトンの住居の前に着くとクセノポンは何度もドアをノックした。何度もノックしても出てこないので手持ちの槍でドアをぶち壊そうかと思った時、寝ぼけ眼のプラトンが玄関に現れたのだった。プラトンは久しぶりに会った同門の弟子にヨォと声をかけようとしたが、相手が異様に殺気だった目で何故か槍を持っているのを見て思わず退いた。クセノポンは肩を怒らせながらプラトンの家に押し入って後からついてきたプラトンに指で椅子に座れと命ずると懐から彼の著作を出していきなり怒鳴りつけた。

「お前相変わらずデタラメばかり言いやがって!師匠がこんなこと言う人かよ!お前の読者は騙せても俺たちは騙せねえぞ!このボケ!いつもいつも師匠を都合のいいように使いまわしやがって!師匠名前なんか使わねえで素直にテメエの意見だって発表すればいいじゃねえか!お前は虎の意を借りるキツネかよ!この詐欺師め!」

 クセノポンの罵声を浴びてもプラトンは全く動じなかった。彼はクセノポンが喋り終えると組んでいた腕をテーブルに乗せて笑いながらこう言った。

「全くお前さんには呆れるぜ。師匠から一体何を学んだんだ?お前確か弟子入りしたのは俺と同じぐらいだよな?なのに何一つ師匠の事を理解出来ていなかったなんて。師匠も今頃オリーブの陰で泣いているよ。お前は自分の表面しか理解出来ないバカだったとな。俺は師匠が言葉にしなかった、いや出来なかった裏面までも完全に理解したんだよ。そう、師匠と俺は心も体もっていうかDNAレベルで一体化してんだよ!だから師匠の言葉は俺の言葉だし、俺の言葉はそっくりそのまま師匠の言葉なんだよ!だけどこんなむつかしい事言ってもペラッペラのお前にはわかんねえだろうな!師匠は俺に泣いてこぼしていたぜ。クセノポンは人の話を言葉通りにしか理解しない猿以下のバカだとな。おっとこれは師匠が言った事だからな!まぁ、さっきも言ったように俺と師匠はDNAレベルで一体化してるから俺の発言でもあるんだけどな!」

「このクズ野郎!どこまで人をおちょくれば気が済むんだ!許せん!これ以上師匠をお前のいいように使わせてたまるか!この俺が正しい師匠の姿を書いてやるから覚悟しとけ!」

「やれるもんならやってみろ!まぁ書いたところでペラペラのお前の書いたものなんて誰もまともに受け取らないけどな!」

「ああやってやるさ!俺の記憶している師匠がお前のくそみたいなソクラテスより遥かに正しいものだって事を世に知らしめてやるっ!」

 クセノポンは憤激してプラトンの元を辞すると再び馬を駆ってそのまま配属先の街の宿舎に戻ると机に向かって次から次へとパピルスに書き散らした。プラトンから愛する師匠を守らねばならぬ。その思いをペンに乗せてパピルスにぶつけたのである。こうして書き上げたのが以下に挙げる彼の著作である。

『ソクラテスの弁明』
『饗宴』

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