オンライン討論会
「皆さんこんばんは。今週も文芸オンライン討論会の時間がやってきました。司会進行役は私三流タレントの五月雨健二です。今回は先日亡くなった私小説作家の南波夫氏について、ゲストの文芸評論家で〇〇大学教授の春巻幸雄先生と作家の雷花子先生と私で語っていきたいと思います。さて、今回のオンライン討論会は昨今のコロナ禍の事情により私もお二人もリモートで出演しています。二人とも聞こえてますか?」
「聞こえてます」
「私も聞こえてます」
「あっ、ちゃんと聞こえているようですね。春巻先生は早速お酒を召し上がってるようですが、本番中に酔わないでくださいよ」
「いや、悪いね。今さっきまでカミさんと一緒に夕食食べてたんだよ。うちのカミさんは料理が美味くてね、食べ出したら止まらなくなるんだ。飲みながら食べるカミさんの料理は最高だよ」
「いやぁ、先生。噂通りの愛妻家っぷりっですね。〇〇で連載中のエッセイ通りじゃないですか。あっ、雷先生もお酒を召し上がってる。雷先生、瓶ごと飲まないでくださいよ」
「大丈夫よ。いつもこうやって飲んでるんだから。さぁ早くはじめましょうよ。でないと私暴れるわよ」
「しょうがないなぁ。いきなりとんでもない事になってますが、多分今番組を観てる視聴者の中には追悼番組なのに酒なんか飲んで酷すぎるってお怒りになる方もいると思うんですよ。その方たちに向けて最初に断っておきます。これは生前常々自分の遺体は酒で燃やして貰いたいって言っていたほど酒好きだった作家への我々なりの追悼なんです。それでは暴れる前に始めましょうか。まず最初に、お二人の南波夫との出会いについて語ってもらいましょう。お二人は南波夫をどこで知ったんですか?まず春巻先生からお願いします」
「僕は文壇バーで編集者に紹介されたのが最初かな。南はその頃まだ新人で文芸誌にちょくちょく作品を発表していたらしいんだが、僕は全くノーチェックだったんだ。編集者から彼が私小説書いてるって聞かされた時、僕は本人の前で思いっきり笑ってやったんだ。だってありえないでしょ。今どき私小説なんて。一体いつの時代だよって。そしたらあいつテメエなんかに俺の文学がわかるかって思いっきり殴ってきたんだ。まぁ、編集者とか周りにいた人間がすぐに止めてくれたんだけどメガネは飛ばされたな。それでコッチも頭にきて新人のくせにその態度はなんだって時評で思いっきりこき下ろしてやろうとして南の小説を片っ端から読んだんだ。だけど悔しいぐらいよかったんだよ。たしかに私小説だったんだけどユーモアとペーソスがあってね。コイツは只者じゃないと思ったね。それからしばらくして南とまた文壇バーで会った時、この前バカにした事を謝ったんだけど、アイツもこの間とは打って変わって殊勝な態度でさ。こちらも酒の席で暴れて申し訳ありませんでしたって謝って来たよ。僕とアイツが仲良くなったのはその時からだな。それから僕は南にいろんな本を読ませたり、直接アドバイスしたり、それから自分の連載で南を頻繁に取り上げたりしてとにかく出来る限りアイツをサポートしたんだ。そのおかげもあってかアイツは注目されて〇〇賞までとった。僕が南を育てたってのは言い過ぎだと思うけど、半分ぐらいはアイツに貢献していると思う」
「春巻先生、その文壇バーのエピソードって結構有名ですよね。こうして南波夫が亡くなってから改めてその話を聞くと感慨深いものがあります。それでは雷先生にもお聞きします。雷先生は南波夫をどこで知ったんですか?」
「私が南波夫さんを知ったのは作家デビューした頃です。今ここにいる春巻さんに勧められて読んだんです。彼の作品を一読して女性として正直に言うとやっぱり不快でした。彼の作品の登場人物は女に暴力を振るってばかりいるような男だし、耐えられないものがありました。だけど、読んだ後で改めて小説の事を考えるともやっとしてきたんです。あれ、なんか違うぞって。だからもう一度小説を読んでみたんですけど、そこでハッと気づいたんです。彼が小説に書いているのは暴力を振るう、振るわざるを得ない愚かな自分への徹底的な告発なんじゃないかって。それからしばらくして春巻さんに連れられて文壇バーで本人に会ったんですけど小説に出てくる粗暴な男と違って全然優しかったですね。私、小説の登場人物のイメージでずっと彼をみていたからビックリしましたよ」
「ありがとうございます。僕は南さんを知ったのは世間の人たちと同じように南さんが〇〇賞を取ってからですね。話題になってたから受賞作を読んでみたんですけど凄い人が出てきたって驚きましたね。南さんはそれ以降テレビに結構出るようになって。僕も何度か番組でご一緒いただいたり、プライベートでも飲みに連れて行ってもらってたんですけど、三流タレントの僕にさえ凄く親切にしてもらって、文盲の僕のアホな質問にも丁寧に答えてくれてたんですよ。僕としては南さんにはもう少し書いてもらいたかったんですが、こんな事になって残念です。それではいよいよ本題に入ります。南波夫といえばやはり遺作であり最高傑作と評判の高い『無頼者の帰郷』を語らなくてはいけないと思います。お二人はこの小説についてどう思いますか?」
「僕は南の最高傑作だと思う。〇〇賞を受賞して一躍有名人になった主人公が天狗になって同棲していた女を捨てて複数の女と肉体関係を持つけどやがて彼はその虚しさに気づくんだな。その虚しさの中で彼はかつて同棲した女の顔を思い浮かべる。女の顔を思い出すと醜女で全く他の女と同じ生物かと思うような女だが、彼はその女の顔にずっと母のような温もりを感じてきたことに気づいたんだ。最後に彼は自分の過ちを悔いて女に電話をかけて言うんだよ。『お前とやり直したい。やっぱりお前じゃなきゃだめなんだ』とね。南はこの遺作で自分の放蕩に蹴りをつけたかったのかもしれないね。最後に自分が戻るべきはあの女の母のような温もりだったんだとね」
「春巻先生ありがとうございます。僕も春巻先生とおんなじような感想持ちましたね。あの小説は南さんがやっと本当の自分に向き合ったっていう感じがするんですよ。いくら放蕩だ。無頼だとか言っても結局待っているのは孤独ですよ。それを身にしみて感じた南さんは心の底から救いを求めたんだと思います。南さんはあの小説の中で彼の全てを救い包んでくれる存在としてあの女を書いたんでしょうね。僕の感想はこれで終わりです。では最後に雷先生お願いします。先生は女性の立場からあの小説をどう思います?」
「私はお二人とは全く意見が違いますね。ハッキリ言ってあの小説は南さんの中で最低です。私が南さんを好きだったのは彼が女に暴力を振るわざるをえない半ばDV依存症的な自分を激しく告発していたからです。なのにあの小説ではそんな自分を甘やかしているじゃないですか。〇〇賞を受賞しつ天狗になってそれまで同棲していた女を捨てて複数の女性と関係を結ぶまでの件のとこなんかまるでジェームスボンドかなんかみたい。ただの征服欲しか書いてないじゃないですか。まるで日記みたいに今日は〇〇の女とヤったって感じで、彼の欲望の吐口にされる女の気持ちなんて少しも書いていない。今までだったら残酷なほど自分の欲望を醜悪なまでに書いていた部分ですじゃないですか。それにお二人が褒めてる同棲していた女だけどこれって男性の願望の具現化でしかないでしょ。女がいつまでも自分から逃げた男を待っているとおもってるんですか?母親だって?男はそうやって母親を武器にすればなんだって許して貰えると思っているんですか?やっぱりカミさんが一番だから君とは別れようだなんて言われて女は素直にはい別れますって言うと思ってるんですか?」
「雷さん、もう少し言葉を選んだらどうだ。君と僕は今南波夫の文学について語っているんだ。彼の文学をそんな下品なたとえで語るものではない。大体君はあの小説をまともに読んだのか?あの遺作は少年時代からずっと孤独で人をまともに愛する事が出来なかった人間がやっと愛を知ったという話だ。あの同棲していた女は南にとって最初で最後の唯一の女であるだけでなく、母であり、故郷であり、土地であり、それら全てであるんだ。君も小説家の端くれならそれに気づくべきだろう!」
「だからそういうのが誤魔化しなの!あなたそうやってあの時私に僕はやっぱり妻を愛している。妻は僕の女であるだけではなく、母であり、故郷であり、土地であり、それら全てだって事にようやく気づいたんだ。だから妻とは別れられないとか言ってたけど、それがどんだけ私を傷つけていたかわかってるの?結局あなたにとって私はなんだったの?ただの性欲の解消の道具だったっていうの?あれだけ君と一緒に生きていけるなら大学の職をなげうってもいいとか調子のいいこと書いておいて!まだ学生だった私に近づいてきていきなり僕と付き合えばいいことあるよ。文芸誌の編集者に言って君の小説載せてあげてもいいんだよ。とか言ってさ。何が僕は君といると運命共同体ってものが信じられる気がするよ。何がもう妻とは別れるつもりだ。僕が愛妻家だってのは全部ウソさ。僕は毎日夜一人でレトルト食品食べてるよ!よくも自分を慕っている人間に対してそんな嘘つけたわね!」
「バカものが!生放送中にそんな出鱈目を言うのはやめたまえ!今我々は亡き友人南波夫が遺した文学について語ってるんだぞ!こっちはそんな冗談を聞いてる暇ないんだ!大体妻もこの番組観てるんだそ!滅多なこと言うんじゃない!」
「ねぇ、あなたレトルト食品って何?私いつもあなたに手料理作っているわよね?この子の冗談なの?」
「なんだ、生放送中だぞ!君までいきなり入って来てそんな事聞くな!当たり前だろ!この雷さんは酒乱で有名でね。酔っ払うと有る事無い事ペラペラ喋る癖があるんだ!彼女の言っている事をまともに受け取るんじゃないよ。さぁ自分の部屋にお戻り」
「いえ、そんなわけにはいかないわ。私雷さんと少しお話がしたいの」
「奥さん、初めまして!春巻先生に体の隅々までお世話になっていた雷花子です!さっき私が言ってたこと全部本当です!あなたの旦那と私は十年以上ずっと不倫してました!最後に関係を持ったのは一年前ですがその時彼は別れようとか言ってだから二人の最後の一夜をホテルで過ごそうとか言って私を誘ってきたんです!信じられないというならLINE見せましょうか?あなたの旦那の絵文字顔文字満載の可愛い文章が読めますよ!」
「やめろー!このバカモンがァ!」
「あなたこれは一体どうゆうことなの!視聴者の前でちゃんと説明しなさい!」
「……あの、南波夫のことはどうなったんでしょうか。ってか俺の番組を自分らの修羅場にすんのやめてもらいたいんだけど……」
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