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【物語】共演者の舞台裏 

            舞台裏へのご案内

この度は、こちらの作品にお越しいただき、誠にありがとうございます。

○この作品は、『【物語】共演者』をご覧になってからお進み頂くことをお勧め致します。目次より、『【物語】共演者』へご案内いたします。

ご準備いただけましたら、
どうぞこちらにお入りください。


【物語】共演者


※この下から『【物語】共演者の舞台裏』となります。


【物語】共演者の舞台裏 ~始まりのチェロ~


最初は、背中の温かさ。
次に、わたしを圧倒する光。
そして、静かに流れる低く優しげな音と、どくどくという鼓動。

それが、生まれたばかりのわたしが感じた、
世界のすべてだった。

目の前の鏡をみる。

大事そうに左手でわたしを抱き込んで、右手でわたしの右腕たる弓を使う、少女のような女性がいた。

その人は、目を覚ましたわたしに気づくことなく、優雅に弓を揺らす。
美しい旋律と女性の鼓動が聞こえる。

わたしが生まれた時に聞いたあの曲。
それが「Amazing Grace」だった。


わたしを抱え込んだ女性は、
わたしの母であり、
半身であり、
友であり、
神であり、
世界だった。

そして、
時に荒々しく、
時に優しくわたしを弾くその姿は、
わたしの誇りだった。

彼女の左手に抱えられると、どんな音が聞こえるだろうとわくわくした。
彼女の右手が添えられると、嬉しさのあまり泣きそうだった。
わたしを鳴らす旋律は、この世界で何よりも輝いていた。

不思議なことに、
こんなに堂々と美しい音を紡ぐのに、
彼女は自分に自信がないらしい。

彼女は、
プロデビューを飾った時のコンクール前日、
一晩中わたしを後ろから抱きしめて泣いた。

初ソロコンサートの本番直前、
真っ白な美しいドレスが汚れることも厭わず、
正面からわたしに抱きついて震えた。

わたしはずっと願っていた。
「そばにいるよ。」
この声が彼女に届きますように、と。

結局彼女は、成功しても失敗しても、本番が終わると涙を流すけれど。

きっとわたし以外、誰も知らない。

彼女が、
泣き虫で、
寂しがり屋で、
緊張しいだなんて。

でも、それでよかった。

わたしがずっとそばにいるから。
わたしがずっとそばで支えるから。
彼女の左側は、わたしの席。
生まれてからずっと、そう思っていた。


だからあの雨の日も、
わたしは彼女の左側に座っていた。

大雨が降って移動が困難になったあの日。
彼女は、わたしをチェロケースにしまい込んだ。
そして、わたしを抱えてタクシーに乗り込んだ。

タクシーの後ろの席。
左がわたし。右が彼女。

たくさんの雨が降って、
ザーザーとノイズのような音が耳にこびり付く。

早く彼女の曲が聞きたい。
彼女の家で、彼女が自由に弾くあの音が待ち遠しい。そんな風に思っていた。

キイイイイイイイイーー

あの金属音がするまでは。

何かが唐突に迫ってきた。
雨の音なんかより不快で大きくて不安な音。
そして何回もクラクションの音がした。
彼女が小さく悲鳴を上げる。
何が起きているの?
わからない。

ただ、なんとなく別れの予感がした。
ただ、なんとなく寂しかった。
もう一度、抱きしめてほしいと思った。

だから、

私は、

ほんの少し、

ほんの少しだけ、

彼女がいる右側に傾いた。

大きなクラクションが、鳴り響く。
バキバキ、ガラガラ、と軋んで割れる音がする。
そうして、わたしは壊れた。

壊れた。






ああ、彼女の温かさが見当たらない。
ああ、彼女の音が聞こえない。
ああ、きらきら輝く光も見えない。

じめじめして埃っぽい暗いところに、右腕たる弓だけ押し込められた。

なんにも感じない。

世界に、ぬくもりも光も音もなくなった。

世界が恋しくて恋しくて、
わたしは泣いた。

お願い。
もう一度弾いて。
あなたの音が聞きたいよ。

赦して。
ごめんね。
途中で、いなくなって。
でも、あなたのそばにいたかったんだ。

許すよ。
いいんだよ。
わたしじゃなくてもいいんだよ。
他のチェロだっていい。

鳴いて、泣いて、哭いた。
震えるわたしが落下する。

その音を合図に、
頑なに閉ざされていた扉が、目を覚ました。

彼女が、光とともに姿を現す。

世界が、もう一度息を吹き返した。




気がつくと、わたしは彼女の初ソロコンサート会場にいた。

わたしには、腕があった。
小さいけれど、自由な手足があった。
チェロケースを背負っていた。

わたしは、ひとりの小さな子供になっていた。
彼女を小さくしたような姿だった。

音を出したい。
歌いたい。

目の前にいる男性に頼んで、
わたしは初めて一人で舞台に上がる。

とん、とん、とん、
1歩1歩、ステージに近づく。
途中で寒くないかと聞かれたけれど、
寒さなんか感じなかった。
背負ったチェロが温かかった。

とん、とん、とん、
1歩1歩進む。
進む度、あるはずのない心臓が、
どくどく音を立てた。

舞台に上がる度、
不安だと言っていた彼女の気持ちが、
初めて分かった。

一人は、こんなにも心細い。

わたしは月の光を浴びた舞台に立つ。
そっと開いたチェロのケースに入っていたのは、
真っ白なチェロだった。

ありったけの想いを込めて。
彼女に向けて一曲弾いた。

愛しいあなたに届きますように。
ありがとう。

曲名「Amazing Grace」




共演者の舞台裏 ~もう一人の共演者~

最初は、背中の温かさ。
次に、目を開いたワタシを圧倒する光。
そして、大きな大きな泣き声が聞こえる。

生まれたばかりのワタシが感じる、
最初の世界。

うわあああああああああああああ
うわああああああああああああああああああ

大声で泣き叫ぶ、真っ白なドレスを着た女の人。
真珠のような大きな丸いキラキラしたものを落としながら、彼女はワタシの背中にギュッとしがみついて、叫ぶ。

彼女の中心から、どくどく、と激しい音がする。

彼女が暖かくて、
涙が冷たくて、
なきたくなった。

うわあああああああああああああ
うわああああああああああああああああああ


ワタシは、産声を上げた。

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