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あゝ、今日も雨だったから、長崎

皿うどん(軟麺)と焼売 長崎飯店@渋谷


 10年ほど前までは会社が渋谷の宮益坂上にあったので、お昼はそこを中心に食べ歩いていた。
 店の入れ替わりが激しい渋谷だから仕方ないのかもしれないが、僕の好みのお店も今はあまり残っていない。その中でも一番残念だったのが「長崎」というちゃんぽんのお店。

 宮益坂上から八幡通りを並木橋の交差点に向かって金王神社前を過ぎた左手に「長崎」はあった。下り坂の道路脇に下り坂を無視するように作られた平地というちょっと変な土地構造の一番奥にあり、年季の入った店構えだったから知らなければかなり入りづらいお店。しかも周囲に豚骨臭を撒き散らしていたから、なおさら入りづらい。といいつつ、昼時は結構な人が出入りする人気店だった。

 池波正太郎の著書『東京のうまいもの 散歩のとき何か食べたくなって』にも登場する古き良き名店。そして池波正太郎も食べた皿うどんが僕のお気に入りだった。ちゃんぽんもめちゃくちゃ旨いらしいが、結局は食べずじまいになってしまった。食べておけば良かったと思うのは失ってからの後悔。そもそも皿うどんが好きだというのはあるけれど、ここの皿うどんが抜群に旨すぎて、他のを選ぶ気がしなかった。池波正太郎をして「(この店の)『皿饂飩(さらうどん)』はそれこそ毎日食べても飽きぬ。」と言わしめている。ラードで炒めたちゃんぽん麺に豚骨スープベースでとろみをつけた具をかける。ただこれだけの他と何ら変わらぬ皿うどんなのだけど、「本場の味ってこんな旨いんだ!」と僕は驚いた。今でも「長崎」が皿うどんの中では歴代1位に旨いと思っている。たぶん豚骨臭がするくらい旨い豚骨スープを作ってたんだと思う。

 その後長崎に行く機会があり、「長崎」みたいな本場の味が食べられる! と期待していたものの、長崎で有名店4軒くらい周ったが、ついぞあんなに旨い味の皿うどんは食べられなかった。むしろ、東京のお店でもっと旨いのあるよな、と残念な思いをした。
 食べログ、3.01になってるけど、あの頃は今ほど盛んに食べログとかに参加する人が少なかったからであって、口コミを読んだら何となく伝わると思うけど、おそらく今なら3.8くらいついていると思うんだよなぁ。

 そんな「長崎」が閉店して、僕のちゃんぽん愛は行き場を失った。

 心が折れ、引きこもりそうになった僕。そんな時に、宮益坂上から宮下公園へ向かう美竹通り沿い、「KUA AINA」の隣に「はしばやん」というお店ができた。ここの皿うどんもなかなかの味で、辛子・酢・ウスターソースをかけて好みを調整すれば、皿うどん好きも納得する味になった。ただし、ここのは太麺じゃなく「リンガーハット」みたいなパリパリに揚げた細麺。それでも、この店の良さがあって、やや豚骨臭がする感じなのが旨さの秘訣。旨い皿うどんはやっぱり豚骨スープが決めてなんだろうね。で、僕は濃厚めな豚骨で作る皿うどんが好みなのだとと知る。
 しかしこの「はしばやん 宮益坂店」は結構すぐに閉店してしまった。

 こうなると渋谷では足を伸ばして「長崎飯店」まで行くしか、旨いちゃんぽんを食べる道はない。宮益坂を降って、交差点を渡り、道玄坂を少し登って左手の路地裏まで通う日々。めんどくさい。それでも、旨いちゃんぽんを食べるにはその努力が必要なのですよ。

 しかし、ある日、この「長崎飯店」までが再開発でなくなるという話を聞いた。「あゝ、ここもなのか」と僕の心は打ちひしがれる。また一つ僕の愛する店がなくなってしまう。高村光太郎の詩集『智恵子抄』が今の時代であれば、「智恵子は渋谷に皿うどんが無いといふ、」と綴ったことだろう。

 と思ったら「移転するだけ」とのことで、僕はやっと胸を撫で下ろす。

 その「長崎飯店」に久しぶりに入った。
 渋谷で打ち合わせが終わったのが16時半過ぎ。外は突然の雨が降っている。
ここで僕の頭の回路は長崎ちゃんぽんとお酒に行き着く。
 解説しよう。「小学生の頃、大人たちのカラオケの影響で、内山田洋とクール・ファイブの『長崎は今日も雨だった』と日野美歌の『氷雨』を大量に刷り込まれてしまったせいで、雨が降れば長崎を連想し、寒い日の雨には酒を連想することが、僕の脳の海馬に焼き込まれてしまっているのだっ!」
 少し肌寒い雨の日には、長崎と酒を連想し、じゃあちゃんぽんとハイボールでも、という気分になってしまう。

 「長崎飯店」の夜営業は17時からなのでちょっと暇潰しして、開店時間に合わせて向かった。
 開店直後だというのに、すでに10名くらいが席についている。やっぱり人気だねぇ。「孤独のグルメ」の影響は大きい。
 相席ながらすぐに座れたので、皿うどん(軟麺)と焼売とハイボールを頼む。ちなみに、長崎飯店は焼売もかなり旨いのです。ちょっと飲んで、締めに皿うどんみたいな時には焼売おすすめ。

 ハイボールで時間潰しをしていると、皿うどんと焼売が到着した。

皿うどん(軟麺)と焼売

 やっぱり皿うどんが好き。
 実は「長崎飯店」はちゃんぽんもかなり旨い。たまに食べたくなる時がある。ただ、僕はなんだかんだで皿うどんなんだよね。しかも「長崎飯店」もちゃんぽん麺使っているので、皿うどん頼む場合は軟麺しか認めない。これは言い切る。高火力で炒めたちゃんぽん麺に具あんかけがたっぷり乗っている一皿。この焼きが入った麺が旨いんだ。パリパリ揚げ細麺食べるなら「リンガーハット」でいいんだって。そこらへんの皿うどんより「リンガーハット」の方が旨いからね。もし、「長崎飯店」じゃなくても、この焼きちゃんぽん麺食べれる店に行った時は、絶対にそっちを選んだ方がいい。皿うどナー(そんな言葉ないけど)なら、きっと僕に同意すると思う。
 あんかけもさっぱりしつつコクがあっていい。酢と辛子もめちゃくちゃ合う。僕は「長崎飯店」だと酢を多めにかけるのが好き。
 ただね、これはこれでめちゃくちゃ旨いんだけど、僕の記憶に残っている豚骨ではない感じなんだよなぁ。どこに行ったら、あの「長崎」が食べられるんだろう?

 と、九州の人に聞いたら、博多のちゃんぽんは濃厚豚骨ベースらしい。
 そうなんだ。じゃあ、次に博多に行った時は絶対ちゃんぽん食べよう! と思うものの、博多は博多で食べたいラーメンたくさんあるんだよなぁ。
 もっと言えば、水炊きとかも食べたいし、もつ鍋もいいよね。
 あゝ、悩ましい。
 誰か僕に、博多へ1週間くらい滞在できる仕事くれませんか?


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