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世阿弥が『風姿花伝』に質問コーナーを作っていた。丁寧に答えてくれてた。(第三 問答条々)(前編)
室町時代の天才能楽師、世阿弥が残した本を読むシリーズ。
世阿弥が最初に著した『風姿花伝』の第3章である「第三 問答条々」の前半部分を読んでいきます。
この章は、Q&A形式で書かれています。これまで見た「第一 年来稽古条々」では年齢ごとの稽古の方法について、「第二 物学条々」での物まねから演じ方の習得方法といった、芸の基礎に関する世阿弥の考えがまとめられていました。それを実際の舞台でどう応用するのかを「第三 問答条々」で説明していくことになります。
能役者が知りたいことを「問」の部分で書き、それに対する世阿弥の考えを「答」で述べる。この形式を見たときに私は、
YouTubeでよく見る質問コーナーみたいだっ!!!
と思いました。それを今から600年前にやっているなんて、驚きです。
世阿弥は9つの問答を通じて、普段から投げかけられる質問や、後世に伝えたい教訓を丁寧に説明しています。それぞれの内容については、『風姿花伝』を書いた後、別の書物に詳しく説明し直しているものもあります。世阿弥の残した書物については、一通りまとめていく予定なので、その時には「第三 問答条々」とリンクさせて説明したいと思います。
今回は前半4つの質問について見ていきます。
「世阿弥の質問コーナー!」開幕です。笑
「風姿花伝」の本文は、『世阿弥・禅竹』(表章・加藤周一校注)(日本思想体系(芸の思想・道の思想)1、岩波書店、1995年)の「風姿花伝」から引用しています。
質問1 当日の雰囲気って大事?
問。抑、申楽を始むるに、当日に臨んで、先座敷をみて、吉凶をかねて知る事は、いかなる事ぞや。
「舞台で演目を始める前に、見物席の様子を見て吉凶を知っておくというのは、どういうことか」という質問が届いていますね。この質問に対して、世阿弥はとても丁寧に返しています。9つの質問の中で最も長文な答えになっています。内容は大きく2つに分かれています。
1. 開演前の客席の様子を察知しよう!
世阿弥はまず、「その日の客席の様子を見れば、能が上手くいくかどうかの予想ができる」と考えました。寺社の行事に関連した能や、貴人が観覧される能の見物席は騒がしいが、その状況を静かにして、今か今かと観客が待っているところへ主役が歌い始めると、観客と舞台は一体となり、成功すると言っています。観客の注意を舞台に向け、その期待に応える演能をすべきと考えたのです。
貴紳階級の人がいる場合に始める時期を伺って、彼らを待たせるなんて無礼があってはいけません。上流階級の人が来たらすぐ始めるのが礼儀だと言います。
「それでは他の見物人の注意が、舞台に向かないじゃないか」と思う方もいるでしょう。そういう時は登場したら、普段よりも身振りや声振りを大きくし、目立つように演じるべきだと世阿弥は言っています。そうすることによって見物人を静かにさせることができると考えました。
能の公演では「貴族ファースト」。演者は、観ている貴人の好みに合うような振る舞いができていることが重要です。
ここまでのことを世阿弥は、こうまとめます。
なにとしても、座敷のはや静まりて、をのづからしみたるには、悪き事なし。されば、座敷の競ひ後れを勘へて見る事、その道に長ぜざらん人は、左右なく知るまじきなり。
とにかく客席が静まりしみじみとしてくれば、問題ない。観客が能を待ちかねているかどうかを判断することに長けていない人は始めるのに適切なタイミングを見つけられず、どうしたらいいかわからないだろうと言うのです。
舞台芸術は、観客の期待に応える娯楽であることが多いと思います。期待に応えられない芸能は、次第に観てくれる人が減っていき、長く続けることが難しくなります。客席の雰囲気を感じ取ることは、役者にとって大切なのです。
2. 昼公演と夜公演の違いについて
世阿弥は、夜に能を演じることについて、こう言っています。
又云、夜の申楽は、はたと変る也。夜るは、遅く始まれば、定りて湿るなり。されば、昼二番目によき能の体を、夜の脇にすべし。脇の申楽湿り立ちぬれば、そのまゝ能は直らず。
夜の公演は打って変わって、遅く始めれば始めるほど湿っぽくなると、世阿弥は言います。「二番目」は文字通り2曲目に行われることが多い修羅物(源平の武士にまつわる話)を指し、「脇」は最初に演じられる神能(神様が登場する曲)のことを指します。
夜にしみじみと神様が現れるのは、少し不気味な感じになってしまうかもしれません。世阿弥は『風姿花伝』に「第二 物学条々」という物真似についての章を設けるほど、役者は忠実な役作りを行うことが求められています。暗い中での演能は、勇ましく覇気のある曲から始めた方が、観客からの注目も集めることができます。不気味な感じで舞台を始めて、その後に勇ましいものをやっても、直前の不気味さを消すことはできません。
ここで世阿弥は、舞台の成功を陰陽道から考えます。
昼の「陽気」の中で能をする場合には、客席を静めるなどの陰気な工夫をすることで陰と陽が調和し、成功につながると考えました。夜は暗く「陰気」であるため、観客が華やかな気持ちになってもらえるよう「陽気」を舞台にまとわせるように心がけるべきだとしたのです。
芸術が注目を集めるには、大きな対比を生む必要があると思います。世阿弥が陰陽の例を挙げて説明したのは、客席を暗くして舞台上を明るく照らす現代のコンサートや演劇にも通ずるものではないでしょうか。野外で行われる能は、意図的に客席の明るさを調整することができません。客席と舞台の対比を生むには、舞台上の役者側が明るさを調整しなければならなかったのです。
その場の雰囲気と違った異質さをどう演出するか。
公演ごとに変化する雰囲気を感じ取る力が大きなカギを握るのです。
質問2 序破急ってどう決めたらいいんですか?
問。能に、序破急をばなにとか定べきや。
次は、「能の公演全体に『序破急』をどう定めるべきなのか」という質問です。「序破急」という言葉、どこかで聞いたことある方は多いかと思います。
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