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言葉が人にもたらすチカラ

1年ほど前に大学の授業で、「人間はAIと友だちになれるか」という研究発表を学生数人で行った。その頃から、「コミュニケーションにおける身体性はどれほど重要なのか」ということを時々考えるようになった。

2020年ごろから世の中のコミュニケーションはオンライン化が進み、実際に会って話をするよりも、コミュニケーションの身体性は弱まったように思う。オンラインでのやり取りがコミュニケーションの多くを占める生活になったことで、さまざまな場所で暮らす人たちと関わることが容易になったとも感じる。

人と直接会って話をするオフラインな対話は濃密だと思う。同じ時間の長さでオンライン上の会話をする経験とは、充実感に差が生じるのではないだろうか。

人間が関係性を高めていくには、一度直接顔を合わせ、身体を伴ったコミュニケーションをとることが必要だと思っている。Zoomで顔を見て話をしていても、実際に会って話をすると、それまでよりも相手のことを理解できる気がした。昨年、南伊豆のゲストハウス「ローカル×ローカル」でインターンシップをさせていただいた時に、それを強く実感した。

この1年間、さまざまなことをnoteに投稿してきた。
全ての記事は、読んでくれる人と直接会って伝えることができない言葉たちで出来ている。そんな材料で、どのように濃密なコミュニケーションが出来るのかを常に考えてきた。

ある時は、音楽から。

またある時は、ドラマから。

そして、李禹煥の作品や著作から考えることもあった。

言葉とは何か。対話とは何なのか。
誰かと生きていく以上、一生をかけて向き合わなければならないこれらの問いに対して、新たな向き合い方を教えてくれるような論文を見つけた。

20世紀初頭に活躍した哲学者、ガストン・バシュラールについて研究されている橋爪恵子氏の「言語芸術における身体 -ベルクソン、バシュラール、メルロ=ポンティを通じて-」(『美学芸術学研究』第35巻、東京大学美学芸術学研究室、2016年)である。

この中では、芸術での身体に関する問題と言語芸術を結びつけた3人の哲学者(ベルクソン、バシュラール、メルロ=ポンティ)のことが書かれている。彫刻や演劇は、触れることができたり、演者と観客が空間を共有したりすることが想像できる一方で、言語と身体の結びつきは考えにくい。言語芸術において身体はどう考えられているのかを考察した文章である。

バシュラールはまず、絵画と版画を比較して、版画が色彩を持たないことを「チャンス」と見ている。色彩を排除することで、見過ごされることの多い要素を発見できるという主張は、文学に当てはめられると考えた。

確かに文字は色彩を持たない。だからこそ、本質を露わにし、想像力を働かせることができるというのはとても納得できる。しかし、直接会って話をしていても、言葉に表現しきれない記憶や感情、イメージによって、対話に綻びが生まれてしまうのではないかとも思ってしまう。

そこでバシュラールは、言葉は他者と共有できる“記号”でしかないのだから、受け取り手が展開させる余地を持っていると言うのである。他者と概念を共有するときには、どれだけ自分の記憶や感情を話しても、それを相手が全く同じように共有することはできない。その余白は、受け取る相手自身が持っている経験で埋めることによって、創造の喜びが感じられるとした。

この1年で私がnoteに投稿した記事の半数は、自分が読んだ本の内容をまとめつつ、そこに自分の考えを乗せるものだった。このバシュラールの「言葉の余白は個人的な経験で埋める」という考えを見た時、読んだ人が自らを重ねられるような言葉を記すことができただろうかと自問した。

どれだけコミュニケーションをしても、どんなに言葉を尽くしても、経験の違いによる余白は埋まらない。その余白があるから、言葉の重なりが喜びを生み、対話が充実したものだったと感じられるのだと思う。

余白を残すコミュニケーションは難しい。大きすぎる空白は、人間関係を綻びをもたらし、重なりすぎる言葉は解釈を少なくしてしまう。

芸術作品における余白とは、自己と他者との出会いによって開く出来事の空間を指すのである。

李禹煥「余白の芸術」『余白の芸術』(みすず書房、2000年) p4 より

李禹煥が言う「余白」を尊重することが、コミュニケーションには大切なのかもしれないと感じた。言語のチカラが与える衝撃を適切な間合いで受け止めることが大事であり、人それぞれの適切な間合いを見つけられるのは繰り返される対話の中だと思う。

李禹煥の身体性に関する言及には、メルロ=ポンティの影響があるのではないかという話をどこかで目にした。彼の作品や著作に哲学的なメッセージを感じるのは、彼が日本大学の哲学科を卒業していることを知ると、少し納得できるような気がする。

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