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能楽は日本の神話とつながっていた!?世阿弥が『風姿花伝』に書いた能楽の成り立ちを見てみた。(第四 神儀云)

室町時代の天才能楽師、世阿弥が残した本を読むシリーズ。
世阿弥が最初に著した『風姿花伝』の第4章である「第四 神儀云」を読んでいきます。

簡単に内容をまとめてしまえば、能楽の起源を『古事記』などに登場する日本神話とつなげているのがこの章です。これまで見てきた『風姿花伝』の3つの章は、稽古の方法やその実践・応用といった実用的な内容が書かれていました。

そして、この内容はこれまでの内容とは違い、もともと書く想定ではなかった部分になります。世阿弥は何らかの必要性を感じたために、この章を加筆したのでしょう。どうして芸能の起源を残すべきだと考えたのでしょうか。
詳しく見ていくことで、ヒントが得られるかもしれません。

それでは能の成り立ちを見ていきましょう。


「風姿花伝」の本文は、『世阿弥・禅竹』(表章・加藤周一校注)(日本思想体系(芸の思想・道の思想)1、岩波書店、1995年)の「風姿花伝」から引用しています。 

岩戸神話が能の始まり!?

まず世阿弥は、『古事記』や『日本書紀』に描かれる岩戸神話を申楽(能楽のこと)の始まりだとします。

ここで、岩戸神話を軽く見てみましょう。
『古事記』では、乱暴を働いていた須佐之男命が、機織りをする天照大神の側近を殺してしまい、それに怒った天照大神が岩戸の奥へ籠ってしまったことで、神々が住む世界や地上は闇に包まれてしまいます。

そこで神々はさまざまな儀式を行って楽しそうに舞っていると、外の様子が気になった天照大神が顔を出し、岩戸の外に出たところで世界に光が戻ったという話です。

ものすごく簡潔に書いてしまったのですが、気になった方は石ノ森章太郎の『古事記』をおすすめします。めちゃ面白いです。

話を申楽の起源に戻します。世阿弥は、ここで行った神々の楽しそうな儀式が申楽の起源になったと考えました。

『風姿花伝』には、岩戸に籠られてしまった天照大神の心をつかもうと、八百万の神々が神楽を演奏し、滑稽な演技をしたり、天鈿女命が榊の枝に火をつけて恍惚とした状態で歌い舞っていると、天照大神は岩戸を少し開け、国土が明るくなったというエピソードが書かれています。

『風姿花伝』という書物は、世阿弥が能楽を確実に継承していくために記したものになります。ここまで、年齢ごとの稽古の方法(「第一 年来稽古条々」)や、役を演じる際に心がけること(「第二 物学条々」)、そしてそれらを舞台で活かすための方法(「第三 問答条々」)といった、実践的な内容が書かれていました。

芸能を受け継いでいくことだけを考えれば、次の世代の役者が技術を習得できる方法を残せばいいはずです。世阿弥はなぜ、申楽の起源についても次世代に受け継ぐ必要があると考えたのでしょうか。

能は神々の舞を元にした芸能であるから、美しく演じなければならないのだ、と世阿弥が感じていたからではないかと思います。足利義満から寵愛を受けていた世阿弥は、能を幕府の式楽(公式に認められた芸能)にふさわしいものにするべく、「幽玄」らしい形へ洗練させていきました。この起源を記したのも、ある種の上品化を狙ったものではないかと思ってしまいます。

実はインドが起源で…

それとは別で、仏教に起源を見出したエピソードも「第四 神儀云」には書かれています。


須達長者という富豪はとても慈悲深く、貧しい者を気遣ったり、孤独な人々にお布施をしたりしていました。彼は釈迦に帰依(仏を信じて身を委ねること)した時に、孤独な人々のために祇園精舎という建物を作り、その落成法要では釈迦に説法してもらうことになったのです。

釈迦が説法していると、昔から釈迦のことを妬んで邪魔をしてきた提婆が1万人の仲間を連れて、法要の妨害をし始めました。これに困った釈迦は、弟子たちに彼らを静かにさせるように目配せをしました。

これを感じ取った弟子たちは鼓や歌を用意し、叡智を集めて物真似をして提婆やその仲間たちの様子が変わることを願いました。すると彼らはたちまち静かになり、無事釈迦は法要を営むことができましたとさ…


世阿弥は、この起源にある釈迦の弟子たちの行いが能楽につながっていることを示したかったのでしょう。実際に能楽は、一つの儀式として寺院に奉納されることがあります。仏教思想は多くの人に広まっているだけでなく、当時の文化にも影響を与えています。

能楽も、その例外ではありません。
ここでは、釈迦の弟子たちが物真似をした「場所」に注目してみます。

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