思いつき短編：潜水士

今、水深３００メートルの海の底に私はいる。

この時点で気がつくだろうが、私はもう生きてはいない。

幽霊と言ったほうが、適切だろう。

現に、潜水服をまとっている私は海の底で暮らしている。

いつも何をしているかと言うと、上から降ってくる死骸を掻き集めて１箇所まとめたり、仲良しの深海魚と日がな一日寝そべっている。

まぁ、いつも真っ暗なんだけど。

その代わり、光るクラゲがいる日は星空を見ている感覚で見上げている。

私には生前、家族がいた。

妻がいて、子供が４人いて、野良犬だったカイが今も生きている。

もう子供たちは大きくなっただろうなぁ…。

いっそのこと、この潜水服を脱いで上へ向かって逝くのも悪くはないのだが、今の暮らしもなかなか楽しい。

まるで老後の人生を送っているようだ。

時折、私の潜水服の中から空気が漏れて泡となって上へ登っていく。

私の思いも、泡となって家族に届かないだろうか。

私は死んだが元気にやっている、と。

側に居てやれないが、いつもお前たちを思っている、と。

家族みんなを愛している、と。

妻には特別な愛情と感謝を贈ってやりたい。

現実には出来ないことだ。

ある意味、幽霊を科学者が認めてしまうようなもんだ。

そんな騒ぎを起こしたくはない。

私は海の底で静かに優しく、暖かく見守っている。　

だから、海に涙をこぼす必要は無いんだ。

大丈夫。

いつも海にいるよ。

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