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書くことは、思い出からの卒業。

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#恋愛

コーヒーと彼女。

冷めると味がかわってしまうから、ゆっくり飲めなかったホットコーヒー。時間をかけて飲み干すようになって気づいたことは、変わっても愛を持ち続けられるか、なんて当たり前の問いへの答え。 … 嫌いなものには目も当てられない。負の感情ばかり募る自分が嫌になる。それでも見ていたい、向き合いたいと思ってしまうものがあるとしたら、それは触媒以上ではないか。 そんな過去の直感を、彼女は信じ続けたかっただけだと思う。 険しい顔で答えのない問を繰り返す喫茶店で。今日はミルク入れたら、とカ

タラヨウの葉

彼が指さして「気になる」と言った中華料理店の不思議な佇まいだけが、今でもずっと脳裏にある。思い出せることなんて、ほとんどない。ただ、笑顔とともに消えないのはあの日の風景だ。 どの地域にも1つはある、独特の雰囲気をもった中華料理店。見覚えがあって、でも不自然なそれにもちろん心を奪われる。通るときに息を多めに吸ってみたり、横目でちょっぴり覗いてみたり。 あの頃はまだ、都会での生活に慣れてなくて、ふるさとからすこしずつ北へ東へ。だからわたしは右側がいつまでも好きで、なにかの左

君はいつも壁がある、だから僕は好きなんだ。

飲み終わったアイスコーヒーの氷をゴロゴロとストローで転がす。それは時を止める魔法である。 「久しぶり」 彼は笑顔でいつもこう言った。先週も会ったじゃん、とツッコむこともあったけど、会う頻度は大半がそれに等しかった。だから会うと話すことはたくさんあって、その度に必ずお互いの近況報告をした。こなす、と言ったほうが近いかもしれない。彼とする近況報告はいつもどこか冷たくて、なんとなくの距離があった。近況報告というタスクが私たちの会う理由だったのかもしれない。そしてそれが終わると彼

べっこう飴の色うつり

「子どもができたんだ。」 小説が好きな彼女の口から紡がれた言葉だったから、私は一瞬小説に出てくるヒロインの親友Aになった気分でいた。深呼吸をして現実に戻ると、彼女は変わらない顔で続けた。 「おろすの、間に合うって言われた。でも、産もうと思うの。」 命が宿ったことを知ったとき、それ以外の選択肢はなかったらしい。キラキラしているのにどこか据わっている目の奥には、いつもに増して彼女の強い意志がみえた。 そっか、よかったね。いいと思う、おめでとう。 私たちの会話にネガティブ

愛情なんていうベールは、もう脱ぎ捨ててしまおう。

「知らなかった?」 友人と食事中、私の元彼が “変わってしまった” と聞いた。変化、それは私にとって何よりも肯定的な言葉だったから、彼のその変化を聞いてどうしても悲しくなってしまった。 知らなかった。 彼への愛情が特別だと知っている周りの友人は、私に気を遣ってなにも言わなかったのかもしれない。きっと、言えなかったのだと思う。 彼の何が好きだったか、と聞かれると困る。強いていうとすれば彼の発する生活音と、ふるまい。自ら離れたあともその存在を心のどこかで探していたのは、彼の

季節と、ポイントカード。

「ポイントカードお持ちですか」 あった気がしてカードケースの中を探す。期限が少し切れていた。新しいものおつくりしておきますので、と買った花束と一緒に袋に入れてくれた。 “そっか、よかった ” 今朝、長い片想いは散った。でも思い描いたようないつも大好きな恋ではなくて、好きで、落ち着いて、好きではないかも、と思うとまた彼は現れて、好きだと思った。ポイントカードが少しずつ更新されて期限が延びていくように、私の気持ちもずるずると延びていた。もちろん気持ちのポイントは月日を流れる

日常とセーター。

「いつも、なんだって早いんだから」 大好きなグレーのセーターに顔を少し埋めながら彼は言った。そんなことないよ、って彼の手を握ろうとしたけどやめてしまった。   ご飯を食べたあとの片付けも、やるよと言われてもお願いできない私を笑って許して近くに座っていてくれた。 「もう終わったの」 あなたの手を煩わせたくなくて、でも私だって一緒にいる時間を大事にしたくて、なんて素直に言えない私は、へへへといつものように誤魔化した。   全部自分でやっちゃうんだから、と言い残して彼は生活を後

夏と、ソーダ水のような彼。

 好きなタイプは?というおきまりの会話がある。その度に「好きになった人がタイプ」とかありきたりな答えを返しているけれど、遅れて来た感情が「彼でしょ!」と私に話しかける。  そう、私は後にも先にも「これ以上ないタイプだ!」と思った人に出会ったことがある。時田秀美という名前をした彼は、当時中学生だった私のヒーローだった。彼の言葉はちょっと恥ずかしくて、たまにアホらしくて、でもいつも正しかった。勉強ができる=頭がいい、ではないということを教えてくれたのも彼だったし、ありのままでい