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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 15話「対面」(4)
15話「対面」(4)
日も暮れつつある刻。ローゼン湖の対岸に広がる森の中を、馬車列が進んでいる。
発光石の灯りで路を照らしながら、街に駐在する騎士達の馬が先導し、ディルムッドは馬車の横を走る。後方も騎士が警護しながら、静かにオルフィナ王妃が静養する館へと進んでいった。
やがて、泉が見える丘の上の大きな館へと着いた。大きな鉄門が開かれ、馬車は中へと進んで玄関前につけられる。
「……着きました。お嬢様」
ディルムッドがそう声をかけ、馬車の扉を開けた。先にナイフが降り、ミリアに手を差し出す。
「手を」
「ありがとう、ナイフちゃ……、ナイフ」
騎士達にミリアの素性が悟られぬよう、かつ「普通の高貴な令嬢とそのお付きの者達」に見えるように気をつけながら、馬車を降り中へと歩みを進める4人。玄関を入ったロビーでは、ディルムッドの従兄弟のショーン騎士、エイリスが出迎えた。
「エイリス。今日のこのお見舞いを受け入れてもらい、感謝する」
「いえ、他ならぬディルムッド従兄さんの依頼だからね」
礼をするディルムッドに笑顔で応えたエイリスは、帽子で顔を隠したままのミリアと、その後ろに控えるエレーネとナイフに目を配る。
「…おや、ミラニアの戦士か。最近は傭兵や貴族の護衛として、よく見かけるな」
「……我ら一族は戦が終わろうとも、武を売らなければ生業が立ちませんので…」
ナイフが頭を下げながらそう、静かに答える。令嬢の護衛としては違和感はなかったようだ。そして妙に美しい女官・エレーネに目を留めて軽く会釈をし、ミリアに向かって深く礼をする。
「……ご令嬢。本日は『ご婦人』のお加減はよろしいようです。とはいえ、寝室での対応になりますこと、お許しください」
「ええ、もちろんよ。こちらが押しかけてしまっているのだから」
「そして、あまり長い時間、お会いになれませんので、くれぐれもご承知おきください」
「わかったわ」
帽子のまま、軽く礼をするミリア。エレーネに習って、あえて王国式ではなく遠い国の礼を行った。エイリスも有能な騎士であり、護衛だ。その所作にめざとく目を留め、異国の令嬢であろうことを察したようだった。
「では、ご案内いたします。お部屋は2階になります」
エイリスの先導のもと、廊下を進み、階段へと向かう一行。このような森の中にあるとは思えない、3階建ての大きな屋敷だ。都市部とそこまで離れておらず、かつ計画的なまちづくりが奏功して湖水や空気がきれいにコントロールされ保たれていることに目をつけ、王妃の療養のために新たに建てられた。王城と遜色ない品質の建材や意匠が施されており、あまりキョロキョロしてはいけないと思いつつも、ナイフはそれらについ注目してしまう。
(…こんな豪華なお屋敷、入るのは初めてだわ。まるでお城みたい。まあ、お城も入ったことはないけど。緊張しちゃうわね……)
仕方がないので、この屋敷に施されている意匠や美術品や建材を見ては、あれこれとうんちくを垂れ流すであろうリカルドの様子を想像して、緊張を紛らわすナイフ。
「……ナイフ? 顔が緩んでいるわよ」
「…あ、何でもないわ、エレーネ」
つい笑顔になってしまい、エレーネに小声で直されてしまった。
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そうこうしているうちに、2階の一番奥にある部屋の扉の前へと着く。2人の兵が恭しく扉を開けると、寝室への前室があった。中に入ると扉が閉められ、前室はエイリスと一行の5人になる。
「……お付きの方々はこの部屋まででお願いしたい。中についている女官も前室まで退出させる故」
そう申し出るエイリスに頷くナイフとエレーネ。ディルムッドはエレーネから、王妃への見舞いの品を受け取る。
「では、ディルムッド従兄さん。あとはよろしく。私もこちらで控えています」
そう言って、ミリアとディルムッドを寝室の扉の方へと誘った。
「失礼いたします。ディルムッド・ショーンです」
前室から扉にそう声をかけると、「入りなさい」と向こうから声が聞こえた。病気療養中と聞いているが、張りのあるよく通る声だとナイフは感じる。ミリアの声に似ている気がする。
ディルムッドはゆっくりと扉を開け、そして帽子姿のミリアを中へと案内する。その一瞬、ナイフとエレーネにも中の様子が見えた。とても広い部屋の、窓ぎわのベッドの上で身体を起こしている貴婦人。美しい茶金髪にスミレ色の瞳。小柄な体型のようで、その顔立ちはミリアによく似ていた。顔色は良くはないが、そこまで悪くもなさそうだ。
(…ミリアのお顔立ちは、お母様似のようね)
閉められる扉の向こうを伺いながら、ナイフはそんな呑気なことを考えていた。
↓次の話↓
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