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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 16話「ねがいごと」(1)
16話「ねがいごと」(1)
翌朝。
「おはよう、ああ、お腹が空いたわ。結局、昨日は夜ご飯は何も食べられなかったから」
朝食の場に現れたミリアは、そう凛とした声を上げた。
「おはよう、ミリア」
朝練を終えて先に朝食の席についていたナイフは挨拶で答えつつ、その後ろに着いてきたエレーネを窺うように見た。エレーネは肩をすくめる。ミリアがまた、必要以上に元気な振りをしているようだ。なぜなら、寝癖がピンと跳ねたままだからだ。
と、続いてゴナンとリカルドも食堂へと降りてきた。
「おはよう、ゴナン。今日は朝練はお休みしたみたいね。もしかして熱が出た?」
ナイフは笑顔でゴナンに声をかける。
「……おはよう。うん、サボってごめんなさい。熱は出てないよ。大丈夫…」
「そう……? まあ、無理は良くないわね。別に謝ることではないわよ」
こちらはこちらで、明らかに元気がない。ナイフはリカルドの方を見るが、リカルドも訳が分からないような表情をしている。昨晩、ずっと沈み込んだ様子だったゴナン。ミリア達が出発した後、夕食も進んでいないようだった。お風呂に入って早めに布団にくるまっていたが、なかなか寝付けていない様子を、すぐ横でゴナンの腕を握って寝ていたリカルドも感じていた。
ナイフが小声でリカルドに尋ねる。
「ゴナンは本当に熱、ないの? また無理してるんじゃない?」
「いや、それは確認したよ。大丈夫なんだけどね。元気がないねって尋ねても、なにも教えてくれなくて。昨日、いっとき図書館に1人でいたんだよね。その時に何かあったのかなあ……」
「……」
ま、ひとまずはご飯を食べましょ、とナイフは席につく。朝練の汗を流してきたらしいディルムッドもやってきて、そろって食事の時間だが、なんとなく皆、しんと静かだ。
と、少し時間が経った頃。
「……お食事中に申し訳ございません」
一行に、宿の主人が声をかけて来た。
「ゴナン様をお訪ねのお客様が、いらっしゃっているのですが……」
「え、ゴナンを?」
リカルドは驚いてゴナンを見る。ゴナンも一瞬、首を傾げたが、宿の受付に立っている男性の姿を見て、あ、と立ち上がった。
「……デンさん……」
「デンさん?」
リカルドはその男性を即座に厳しい目で観察した。何か、ゴナンを騙そうとしている輩ではないかと警戒したのだ。しかし、浅黒い肌の見た目と、デンというシンプルな名前にピンと来る。
「……もしかして、北の村の人?」
「…うん、昨日、帰り道に会って……。3年前に、村を出たんだって……」
そう、リカルドに報告してゴナンは席を離れ、宿の受付にいるデンの元へと向かう。
(昨日、ゴナンの元気がなかったのは、あの人が原因か……?)
そう考えるリカルドをはじめ、一行は皆、それとなく、しかししっかりと聞き耳を立てる。デンは、ゴナンが一緒に食事を取っていた面々を眺めて、申し訳なさそうに声をかけた。
「ゴナン。昨日は手紙を書いてくれてありがとう。食事中に悪いな。あの人達は?」
「……あ…、一緒に旅をしている、仲間、です…」
「仲間……」
そう聞いて、デンは改めて一行の顔ぶれをじっと見る。
「あの人達が村から連れ出してくれたのか?」
「……直接じゃないけど、そんな感じ、です…」
「そうか…。お前を訪ねたのは、余計なお世話だったかもしれないな」
「?」
デンは頭をかきながら、ゴナンに伝えた。
「……一晩考えてさ。俺、やっぱり、一度、北の村に戻ることにしたんだ」
「……!」
ゴナンはハッとした表情でデンを見る。
「親父とお袋が心配で。俺ばかりが遠くの街で楽しく暮らしているのも、違うんじゃないかって思って。手遅れかもしれないが、それでも、せめて、弔いだけでも……」
「……」
「……それで、もしお前も村に戻るなら、一緒に連れて行ってあげようかと思ったんだが…」
そのデンの言葉に、盗み聞きをしているリカルドの顔が真っ青になる。立ち上がってゴナンの元に行きそうになるのを、ナイフが抑えた。
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「……俺も、北の村に……?」
「妻の両親もこの街に住んでいるから、子どものことは任せられるし、仕事もいったん辞める。あの距離だからかなり準備をしないといけない。せっかくだからできるだけ水と食料を運びたいから、今日明日ですぐ出発とは行かないが……」
「……」
(ゴナン……)
何も応えないゴナンに、リカルドは胸の裡で呼びかける。行ってほしくない、でも、「行かない」とハッキリ言わないゴナン、実は帰りたがっているのかもしれない…。そう考えると、泣きそうな心地になってくる。
「ゴナン、故郷に戻ってしまうのかしら…」
「……もしかして、故郷の人に会って里心が付いて、ホームシックになっちゃったりしたのかもしれないわね」
小声で神妙に尋ねるミリアに、ナイフも元気のなかった様子をそう分析する。デンは言葉を続けた。
「ただ、あの人達と、ちゃんと旅をしているんだったら、村に戻る必要もないな。昨日言ったとおりだ、忘れてくれ、悪い」
「…あ……、待っ……」
そう言ってその場を去ろうとしたデンに、ゴナンは声をかけようとする。その様子を見たリカルドはたまらずさっと立って、早足でデンの元に向かった。「リカルド!」とナイフが小声で止めるが、リカルドは聞かない。
デンは、急に目の前にやって来た黒髪の男性に、面食らったような顔をした。
「……?」
「失礼。僕はリカルドという者です。今はゴナンの保護者として、一緒に旅をしている」
「あ、ああ…」
「僕は前は一人旅をしていて、干ばつに遭っている最中の北の村に立ち寄ったんだ。それで、ゴナンと出会ったんだけど……」
その言葉に、デンはリカルドにすがりつくように尋ねた。
「……あ、あの…。その時、村人と話したり、していませんか…? 泉の脇の集落の、ドンと、カカ……。50代の夫婦だ。俺の両親なんだ…。生きているか、どうか……」
「ドンとカカ……」
「……俺、覚えてなくて……」
申し訳なさそうにしているゴナンに優しく微笑み、リカルドは記憶を呼び覚ます。アドルフに押しつけられた占い師のまねごとで、村じゅうの大人達の相談事を聞く羽目になった、その時に確か…。
「……ああ。話した覚えがあるな。僕はあの村では占い師の役割を仰せつかってね。村を出てしまった一人息子が心配で、どうすれば無事かどうかわかるかって、相談を受けた夫婦がいた。あの人達かな…? そういう名前だった記憶がある」
「……!」
占いの作法はわからずも『それっぽく』見えるように、占う人の名前を仰々しく訊いたり手相を見たりしていたのが奏功した。そして、この村から自力で出ていく若者もいるのだということが印象的で覚えていたのだ。
「……ただ、僕が村を去ってから、村の干ばつは一層ひどくなったようだから、今も無事かの確証はないけど。ミィちゃん……、ゴナンの妹さんが亡くなったのも、その後だったから…」
あえて現実をきちんと伝えるリカルド。それでもデンは、望みに瞳を輝かせる。
「……いえ、その話が聞けて良かったです。生きていると信じて、俺は一度、村に帰ります」
「それなら、ストネの街経由で戻ると良いよ。そこから北の村へ支援物資を運ぶ便が定期的に出ているはずだから、便乗すると良い。僕が紹介状を書いておくから…」
と、先ほどのゴナンとの会話から、デンが読み書きができないであろうことを推測するリカルド。
「『フローラ』という女装バーがあるんだけど、そこのロベリアという人に渡してもらうと、すべて話が通るようにしておこう。それに、個人的に届けたい支援物資があるなら、その街で揃えた方が効率的だよ」
リカルドがテキパキとデンにアドバイスをする。泣きそうな瞳になりながら、リカルドの指示にうんうんと頷くデン。故郷を思う彼の願いを叶えるための親切である一方で、ゴナンが北の村に帰りたいと言い出す前に、デンを体よく追い払うためでもあった。そのことに気付いているナイフは、奥でふう、と嘆息している。
「じゃあ、手紙を準備して届けよう。どこに持っていけばいいかな?」
「では、2つ向こうの通りの、魚屋の向かいにある事務所に。石畳敷設の職人をしているんだ」
いつもの薄い微笑みを浮かべて頷くリカルド。デンはリカルドに深々とお辞儀をし、そしてずっと何も言葉を発せないでいるゴナンの方を向いた。
「ゴナン。もし北の村に戻りたくなったら、連れて行ってやるから、訪ねて来いよ」
「……!」
(あ、しまった…。最後の一押しをされてしまった……)
リカルドは慌てて、「では、また。デンさん」と微笑みで別れの挨拶をする。デンはリカルドに深くお辞儀をし、ゴナンに手を振って宿屋を出て行った。ゴナンは挨拶を返すのも忘れ、その後ろ姿を、呆然と目で追っていた。
↓次の話↓
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