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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 11話「もう一つの遺跡」(4)
11話「もう一つの遺跡」(4)
暗闇の通路を、さらにひたひたと30メートルほど進むと、ようやく広い空間に出た。
石積みで円形に作られた地下室のようだ。直径10メートルほどはあるだろうか。天井近くに石のすき間があり、自然光が漏れてきている。明かり取りの穴が開けられているようだ。僅かな自然光ではあるが、先ほどまでの真っ暗闇と比べると随分明るく見えた。
「さて……」
ディルムッドはルチカをそっと下ろして、身に付けているバッグや機械類を取り外す。相当な量だ。そして口の中に吐瀉物が残っていないことを確認して、横にした。リカルドがマントを脱ぎ、畳んで枕にする。気を失ったままだが、顔面に恐怖が貼り付いている。
「……う……、うぅ……、助けて……、誰か……」
顔面蒼白で、未だ身体を震わせ、うなされている。リカルドはルチカの汚れた口元を拭いている。
「何か、きついトラウマがあるようだね……」
「いや、そうと分かっていてこの穴に飛び込んでいくのは、あまりにも考えなしだろう…。一瞬も躊躇う様子がなかったぞ」
そう、呆れたように言うディルムッドに、リカルドはふふ、と薄く笑った。確かにルチカにはそういうところがある。
「でも、ルチカは発光石の小さな照明を持っているはずなのに…。……と、ああ、そういえば、ゴナンにあげたのか。……それでかな…?」
そしてリカルドは立ち上がり、石室内を見回す。
「シマキの姿はないね。どこかに出口があるのかな」
「そうだな。少し探してみよう」
リカルドの様子も変わりない。やはり、ここには巨大樹に関するものが何もないからだろう。そのまま2人は石室内をグルグル歩き回る。
「……ここは、あっちの遺跡よりも新しい感じがするね。この石積み…」
「そうなのか?」
「ああ、現代に近い土木技術が使われている」
流石、壁画の遺跡の石室で散々、石積みを凝視していただけある。石壁の違いに敏感である。
「あれ…?」
リカルドは壁の一部に違和感を感じた。新しい感じの一角がある。石積みと言うより、ここだけレンガ貼りの壁のような…。
と、その壁に触れた途端、石壁が急に動き出す。そして、そこに現れたのは…。
「……え? 卵……?」
幅2mほど壁が開いた奥には、祭壇のような棚があり、そしてそこには、巨大な楕円形のモチーフが置かれていた。高さは60cmほどだろうか。ちょうどリカルドの胸の高さ、細工の凝った台に置いてある。
「これは、まさか、巨大鳥の……?」
リカルドは立ち尽くす。あんなに長年かけて、僅かな情報から鳥のルートを搾り出すように導き出し、危険な目に遭いながら追いかけてきたものが、こんなに、あっさりと?
(……どうしよう…。卵は1個だ…。僕が使いたい…。けど、ミリアも、ゴナンも、卵を追い求めているのに……。いや、ゴナンはまだいい…。ミリアは…)
リカルドの脳内は途端にグルグルと回り始める。そして、背後から卵を見ているディルムッドの方をチラリと見た。
(僕には、ディルを躱して卵を持ち出すのは、無理だ…。もちろん、倒すことなんて、とても……。何か、何か、ディルを納得させられる言い訳を……)
リカルドの瞳がギラリと光り、そしてふらりと卵の祭壇の方へ歩み寄った。ひとまず、卵に、触れたい……。
(…卵で願いを叶える方法は、どうやるのだろう…。いや、伝承では「卵を得ると幸福になる」だ…。ただ、自分にとって幸福なことを願えばいいんだろうか…)
グルグルと自らの欲を脳内で練り巡らせながら、リカルドは卵に、触れた。
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「…!」
と、突然、ディルムッドが、リカルドの服の首元を掴んでぐっと後ろに引き倒した。
(……ディル! まさか、僕の邪魔を……?)
が、次の瞬間、リカルドが立っていた位置に、ビュンと飛んでくる何か。ズシャ、と地面に刺さる。
「うわぁっ」
ワンテンポ遅れて声を出すリカルド。床を見ると…。
「矢……」
「危なかった……」
ディルムッドが地面に刺さった矢を引き抜くと、金属の鋭い鏃に、ご丁寧に逆鉤までついている。しかも左右から2本。毒が塗られている様子はないが、明らかに殺意のこもった矢だ。
「明らかに、卵を手に取ろうとする者が立つ位置を狙って発射されていた」
飛んできた方向を見ながらディルムッドはそう、分析する。ディルムッドは助けてくれたのだ。自らの愚かな考えを反省するリカルド。
「助かった……、ありがとう、ディル」
「いや、大事なくてよかった……」
その時、遠くでゴゴゴ……、ガコンという音がした。「開いたわ!」とナイフの声が響き、そして中に走ってくる足音が聞こえる。
「先ほどの扉が開いたようだね」
「これは、なんとも悪趣味な……」
ディルムッドが腕を組み、卵の祭壇をじっと見る。
「そうだね。そしてこれは、どうやらニセモノのようだ。残念だけど」
リカルドは再度、卵に近づく。もう矢の仕掛けが飛んでくる気配はなさそうだ。触ったりコンコンと叩いたりして、この卵が石で作られていることに気付くリカルド。間違いなく、ニセモノだ。
「卵を狙ってきた者をとじ込めて、この祭壇へ導き、手にしようとしたら矢で射殺し、それが入口の解除の鍵になる…。卵を狙うものを殺すための、ご立派な罠だ」
「しかも、わざわざ、卵の祭壇が開くまでにもう一仕掛けあったしね。『ついに見つけた』という達成感の中で矢に射られるなんて、本当にむごいものだ」
そうぼやきながら、ほう、と深く息をつくリカルド。卵が本物かもしれないと思ってしまってからの、自分の思考を振り返っていた。本当に、まったく、自分の事しか考えられなかった。ゴナンのことさえ、捨て置いてしまった。
(……あれが僕の本性なんだろうな……。父譲りだな、この所業は、きっと……)
と、通路からナイフとゴナンが姿を見せた。
「大丈夫? 何があったの? ……と、あら、ルチカ、どうしたの」
「え、ディル、やっつけた?」
そう口にして、しかしルチカの様子を見て、その尋常ならない様子に、心配げに眉をひそめるゴナン。
「……ルチカ、なんだか、ひどく怯えているようだけど……」
「……ディル。あなた、ルチカに何か容赦ない仕打ちを……?」
ディルムッドを深刻そうに見つめるナイフ。ディルムッドは慌てて否定する。
「いや、いろいろあって……、ひとまず、この場では争いはなしだ。ここは空気が悪いし、一旦、外に出よう」
私が運ぼう、とディルムッドがまた、気を失ったままのルチカを抱える。ゴナンとナイフは首をかしげて、2人について出た。
(結局、シマキはどこに消えてしまったのだろう…)
リカルドは遺跡を何度か振り返りながらも、一行について遺跡の外へと向かった。
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