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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  15話「対面」(2)


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15話「対面」(2)


 「……あ」

 図書館のデスクで、ゴナンはハッと顔を上げた。リカルドが図書館を去ってさらに2時間ほどが経っている。もう日が傾き始めていた。

(しまった、そろそろ、戻らないと…)

 今読んでいたのは、この街の環境計画のレポート。住む人と働く人の動線など、今までゴナンが考えもしなかったような知識を与えてくれた。ちょうど区切りが良いところだ。この街に明日も滞在するかはわからないが、類似のジャンルの本棚を念のため確認して、図書館を出る。司書にペコリと頭を下げると、本好きな様子の少年に優しい笑顔を返してくれた。

 宿へと戻るゴナンの足取りは軽い。本を読むほどに、ゴナンの心はいろんな世界へ冒険する。ミリアのように物語を読んでいるわけではないのに、不思議だ。今日読んだいろんな事柄が未だ脳内でグルグルと回っていて、熱を帯びているようだった。

 と…。

「あれ? おい、お前……」

 と、ゴナンを呼び止める声があった。振り向くと、一人の男性が立っている。20代くらいの、褐色気味の肌の若い男性だ。ゴナンは一瞬、誰だろうと考えたが、見覚えのある顔のような気もする。

「……あの…?」

「お前、ユーイさんとこの息子だよな?」

「……!」

 そう言われてゴナンは思い出した。北の村の村人だ。あまり関わったことはないが、確かに見覚えがある。

「え、と…」

「ああ。俺は、一番上の兄ちゃんのオズワルドと同い年だから、割と仲が良かったんだが、お前とはあんまりしゃべったことはなかったな。俺はデンだ。お前は……」

「あ、ゴナン、です……」

「そう、そうだった。五男坊でゴナンだったな。あの賢そうな親父さんが、随分適当につけるもんだと不思議だったんだよ。他の兄ちゃん達はみんなかっこいい名前なのに」

「……」

「……と、悪い。口が滑った」

「いえ…」

 このデンはゴナンの父のことも知っているようだ。いや、村人の多くがそのはずだが、あまり村人と交流をしていなかったゴナンは、村人から父についての話を聞いたことがなかった。

「いや、しかし、見違えたな…。もっとか弱い男の子のイメージだったから」

「あの、デンさんは、なぜ、ここに……?」

「俺は3年前に北の村を出たんだ。村にたまーに来ていた行商隊の人に連れてもらってな。やっぱり男たる者、あの貧しい村を出て、ひと勝負したいもんだよな」

 そう、デンは勢いよく答える。北の村の村人らしからぬ、野望とやる気でギラギラしているような人物だ。だからこそ村を飛び出さずにはいられなかったのだろう。ゴナンはその勢いに少し引いてしまう。

「相変わらず、お屋敷様が水を交換してくれているのか? 外に出て思うが、あれもどうかと思うけどな」

「……」

 ゴナンは暗い光を瞳に宿す。

「……あの…。村は、去年から、ひどい干ばつが、続いていて…。泉も、枯れて…。それで、村の人も、半分くらい、死んでしまって…。お、俺の、妹も……」

「……え?」

 デンの表情がサッと蒼白になる。そしてゴナンに詰め寄った。

「半分……って。おい、俺の親父とお袋は…? 泉の脇の集落のドンとカカだ!」

「え……と…」

 泉付近の集落は、ゴナンはあまり交流がなかった。

「……す、すみません…。わかりません……」

「……」

 謝るゴナンに、自身がものすごい力で掴んでいたことに気づき、ぱっと手を離すデン。

「……そうか…。帰って確かめたいが…。すぐすぐには動けないもんな…。俺はこの街で働いていて、家族もいるんだ。この前、長男が生まれたばかりで。いつかは孫の顔を見せに行こうとは思っていたのだが、何せあの距離だからな……」

「……あ、あの……」

 頭を抱えるデンに、ゴナンは声をかける。

「……あの…。ストネの街から、キャラバン隊が定期的に、北の村に行ってて、支援物資を運んでいる……、そうです…。なので、そこに手紙を託すと、いいかもしれません…」

 そう、おずおずと提案するゴナンに、デンはふっと情けなく笑う。

「……俺は読み書きができないんだ」

「……あ…」

 北の村では、文字を書ける人間の方が少数派だった。

「……あの…。それなら、俺、書きます…。返信先を、この街のデンさん宛にすれば、いいと思うので…。多分、兄ちゃ、兄貴達が、返事を書いてくれると思います。返事が来たら、手紙屋さんが、読んでくれると、思うので。それか、あそこの図書館の人とか……」

「……」

 デンはゴナンの顔をじっと見た。そして、泣きそうな貌で微笑む。

「……ひょろっこだと思っていたのに、実は随分頼もしいんだな。オズワルドからは、末の弟は余りにもしゃべらないから、口がきけないのか心配している程だと聞いてたんだが」

「え……。そうなんですか……?」

 あの長兄が、他所の人間にゴナンを心配していると話していることが、とても意外に感じたゴナン。

「手紙の代筆、助かる。よろしく頼むよ」

「いえ……」

 そうして、手紙屋へと共に向かう2人。道すがら、デンはゴナンに尋ねる。

「ところで、お前はどうしてここにいるんだ?」

「……あの…。俺も、飢えて、死にかけて、兄貴、……すぐ上の兄貴が、逃がしてくれて…」

「……」

「……俺…、逃げてきたんです……」

 そう口にして、ゴナンは思い出した。自分がなぜここにいるのかの、そもそもの理由を。

(……俺…、忘れてた……。俺は、逃げてきたんだった……。みんなは、あの乾いた場所で、頑張ってるのに、俺、1人……)

 さっきまで本を読んでワクワクと心を躍らせていた自分を、両の拳で殴り倒したい気持ちになった。そうだ、自分は逃げてきた。その過去は、消せない。

「……そうか…。逃げられてよかったじゃないか」

 ゴナンを慰めるようにそう、声をかけるデン。

「……」

「……村は大変だろうが、せっかく逃げ出せたんだ。村の事は忘れてもいいじゃないか? まだ若いんだし」

「……」

 その言葉に、ゴナンは一瞬、足を止め、そして足元の石畳をじっと睨んだ。




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