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連載小説「オボステルラ」 番外編5「鍛錬のミリアさん」(1)


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番外編5「鍛錬のミリアさん」(1)


 「ディル! わたくしを鍛えて!」

 ミリアはディルムッドに手を合わせながら、そう願い出た。ギョッとするディルムッド。

「鍛える、とは……?」

「あなたがゴナンにしているように、わたくしにも鍛錬をつけてほしいの」

「……!?」

 ウキの街近郊でゴナンが巨大鳥に乗ったまま行方不明となり、それを追ってリカルドが1人で飛び出した後の旅の道中のことである。ミリアとエレーネ、ナイフ、ディルムッドの4人旅となっている。

 ひとまずエルダーリンド方面を目指しウキを出発して3日。一行はチュートの街で宿を取っていた。ウキほど大規模ではないが農業で成り立っている街のようだが、繁華街はウキよりも栄えていてお店も多く、旅の滞在には便利そうだ。ちなみに、ウキの若者はショッピングのためにお小遣いを貯めて、乗合馬車に乗ってこのチュートの街まで出かけるのが、街遊びのステータスなのだそうだ。

 そんなこの街で、程よい宿屋にチェックインをして、いったん部屋に入った後の出来事であった。



 ディルムッドの個室を訪ねたミリアは続ける。

「お願い。わたくしは強くなりたい、そのために鍛えないといけないの。でも、わたくし1人の力ではどうしようもないから、あなたの力を借りたいの」

「ミリア様。貴女はそのようなことをなされなくてもよいお立場です。なぜ?」

「だって、強くないよりは、強い方がよいに決まっているじゃないの」

 そう、背筋をスッと伸ばして答えるミリア。ドアの外で聞き耳を立てているナイフが、笑いをこらえている気配がする。

「……それでは答えになっておりません。もし、御身を守るためとおっしゃるのならば、私がおりますので、そのようなことは不要です」

「それではだめよ。確かにあなたはショーン騎士の中でもずば抜けているけれど、いくらあなたが大きくて強くても、あなたはわたくしではないわ。わたくしが強くならないと、意味がないもの」

「……?」

 強くなりたい、と、まるでゴナンのような台詞を繰り返すミリア。

「ミリア様、体力をつけられたいというお話でしょうか? それでしたら、武の鍛錬でなくとも、たとえばダンスのレッスンを数多くして体を動かすのでもよいかと。エレーネなどが心得がありそうですが。ナイフも、まあ、踊りの種類はかなり違いますが、踊れる人材ではあったかと…」

「わたくしが踊り狂ったって意味がないわ。そうではなくて、きちんと戦える強さが欲しいの」

 そう、きっと決意を込めてディルムッドに宣言する。ディルムッドはビッと気をつけをしつつも、それは受け入れがたい。

「…ミリア様。あなたが戦える力を持たれるということは、あなたがこの旅の中で危険な場面に遭う可能性が高まるということになります。私はそのようなことには協力いたしかねます。御身の安全が最優先です」

「……」

「体力作りをされたいのならば、アドバイスくらいはできますので」

 そう頭を下げるディルムッドに、しかし納得しないミリア。

「……わたくしは、もうこれ以上、皆に迷惑を掛けたくないのよ」

「迷惑など、かかっておりません」

「だって、『不運の星』だけでも大変なのに、まさか……」

「?」

「……まさか、わたくしが、ぶきっちょだなんて……。気付かなかった……」

「……」

 リカルドが瀕死(と思われた)の場面で、ミリアの不運の星を否定し慰めた際の言葉だ。ディルムッドは首を横に振る。

「あなたがぶきっちょかどうかは、私には分かりかねますが、それはそれでよいではありませんか。個性というか、ミリア様の魅力の1つであるというか……。可愛らしいのでは?」

「でも、どうやらそのせいで迷惑がかかっているようだわ。そんなの、わたくしの本意ではないの」

「……」

 それが、強くなることにどうつながるのかがディルムッドには謎であったが、再度説得を試みる。

「それでしたら、例えばナイフがゴナンに教えているように、筋力を身に付けるような鍛錬をするとよいかと……。もしかしたら、その『ぶきっちょ』も、手や指などの筋力が足りていないせいという可能性も……」

「それも必要でしょうけど、それだけではダメよ。きちんと武器を携えて戦えないと…。エレーネだって、あのレイピアを駆使して戦えるのでしょう?」

「エレーネは体格にも恵まれておりますし、見た感じ女性にしては筋力もありそうです。それに、あれは幼少期から鍛錬を行っている者の動きです。異国には、貴族家で教養として女子でも剣術を身に付けさせるような文化を持つ国もあると聞きますので、彼女もそのような家の出である可能性も……」

「それならば、わたくしだってそのようなことを身に付けても良いはずだわ」

「……」

 まったく聞き入れられる様子がない。ディルムッドは困ってしまうが、しかしやはり、危ないことを了承するわけにはいかない。

「……ミリア様…。何とぞ…」

「……」

 ミリアは少し憮然とした表情で、ふう、と息をつく。そして、「わかったわ。この件に関してはわたくしで何とかするから」と、ディルムッドの部屋を出て行った。その物言いに、少し嫌な予感がするディルムッド。

 と、ドアの外で聞き耳を立てていたナイフとミリアが廊下で遭遇し、何か話をしている気配がする。そしてエレーネも呼び出し、どこかに外出したようだ。付いていくべきかと一瞬迷ったが、そのまま部屋から動かない。

(……あの2人がついているのなら大丈夫か。ナイフがきちんと盗み聞きしていたようだから、話が何か行き違ったりおかしな方向にいくこともないだろう……)

 あのミリアが武器を持って振り回すなどと、想像するだけでもゾッとするディルムッド。例え多少、鍛錬を重ねたところで、これは、なかなかに、難しそうだ。

(どう説得すれば納得いただけるだろうか…。ナイフに相談して、話をしてもらうか……)

*  *  *

 数十分後、そのナイフが1人宿に戻って、ディルムッドの部屋に飛び込んで来た。

「ナイフ? どうしたのだ? ミリア様は?」

「ひとまずエレーネに任せて急いで戻ってきたの。あなたへの連絡のために」

「?」

「買い物に付き合ってほしいと言われたから着いて行ったんだけど……。あのお姫様、アステール金貨を何枚も握りしめて、武器屋で一番高い剣を買おうとしているわよ」

「……なっ…!」

 慌てて立ち上がるディルムッド。ナイフは苦笑いだ。

「本当にやることが極端よね。見よう見まねで、自分で剣を振ろうとしていたみたいよ。ひとまずエレーネが止めているところだけど、早くあなたに知らせた方がいいと思って」

「……助かる。すぐ行こう」

 そうしてナイフと共に、バタバタと宿を出て武器屋へと向かうディルムッド。道中、ナイフに相談する。

「…どう説得すれば、ミリア様は納得いただけるだろうか?」

「そうね…。どうにもあのお姫様の頑固さは筋金入りだものね…。全否定するのがよくないんじゃない? あなたも少し譲歩して、妥協点を見つけてみては?」

「……」

 ナイフの助言を受けて、ディルムッドは少し考える。そうこうしているうちに、武器屋へと着いた。

 金持ちの令嬢が金貨を持って、金に糸目も付けず剣を買おうとしているとみるや、武器屋の主人は張り切って高価な商品ばかりをミリアに紹介しているようだ。ミリアが勧められるままに即決購入してしまわないよう、エレーネがなんとか止めている様子だが、ミリアは「まあ、どれも素敵な剣ばかりね」と品定めをしている。

「せっかくだから、一番大きいものがいいかしら」

 そう言って、ミリアはその内の1本を手に取った。持った途端に手元がふらつく。

「……! ミ、ミリア様……!」

 ディルムッドはその危なっかしい様子にゾッとして、慌ててミリアがフラフラと持つ剣の刃を素手で掴む。小柄なミリアの体格には余りにも大きく重く、そして妙に豪奢な飾りが付けられた趣味の悪い大剣だった。

(なぜ、よりにもよってこのように大きな剣を……)



「……あっ、ディル……」

 ディルムッドの姿を見て、少し気まずそうにするミリア。ディルムッドは大剣をミリアから受け取ると、テーブルに並ぶ彼女にはあまりにも分不相応な品々を見て、武器屋の主人に頭を下げる。


「……ご主人、良い品々を出して頂き恐縮だが、どれもお嬢様の手には余る品ばかりのようだ。代わりに、木で作られている模造剣の取り扱いはないだろうか? お嬢様も扱える程度のサイズのものがよいのだが」

「ええ、もちろんございますよ。サイズも各種取りそろえております。お嬢様にお似合いの色柄の美しい鞘も…」

「では、それを」

「ディル…?」

 まっすぐに見上げてくるミリアに、ディルムッドは頭を下げながら説明する。

「……ゴナンも最初は木剣での鍛錬からスタートしました。ミリア様も、まずは同じようにお願いしたい」

「……ディル…!」

 ミリアの深緑の瞳が嬉しそうに輝く。

「力がない状態で武器を扱うのは、あまりにも危険です。ご自身だけでなく周りを危うい目に遭わせるおそれもあります。私が大丈夫と認めることができるまでは、本物の刃物は持たないと約束頂けますか?」

「……ええ、もちろんよ! あなたに認めてもらえるよう、わたくし、がんばるわ!」

 ディルムッドは刃物を持つことを認める日が来るとは思っていないが、そう張り切るミリア。早速、武器屋の主人に、「わたくしの体格に合う木の剣を選んでいただける?」と所望し、主人は少しでも高い商品を売りたいのか、漆塗りで美術品のような最高級木剣を勧めている。まあ、王女が持つ物だから多少高価なものでも構わないだろうと静観するナイフとエレーネは、しかし苦笑いだ。

 予想外の出来事の連続に、ディルムッドは、彼にしては珍しく、深いため息を1つ、ついた。



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