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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  11話「もう一つの遺跡」(7)


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11話「もう一つの遺跡」(7)


 ルチカが去り、屋外も随分と冷えてきたので、片付けて石室内へと入り寝支度を調える一行。

「しかし、いやあ、驚いたなあ…、ルチカが女性かあ…。不思議な感じだ。でも、すごいなあ、女性の機械士だなんて」

 リカルドはまだ、なぜか楽しそうに驚きの余韻にひたっていた。その一方で、ミリアはエレーネの様子を窺っている。

「エレーネ、あなたはあまり驚いていないようね?」

「…ええ…、ルチカが女性かもっていうのは、『フローラ』で最初に会った時からなんとなく気付いていたから…」

「え? そうなの?」

 ナイフが驚いてエレーネに尋ねる。

「どうして?」

「どうしても何も、外見だけで行くと、どこからどう見たって女性じゃない」

「……そ、そうね……」

 エレーネの不思議そうな返事に、ナイフは少し戸惑う。

「でも、なぜか女装バーで働いているし、皆が頑なに男性のように扱うから、何か事情があるのかと思って同じようにしていたのだけど……」

「……」

「それに、彼女は男性だ女性だっていうのが気にならないほど、人としてちょっと変わってるから、正直、どちらでもいいかとも思っていたわ」

 ナイフとリカルドは顔を見合わせる。思い込みとは恐ろしいものである。ナイフはふう、とため息をついた。

「まったく、修行不足だわ…。こんなことにも気付かないなんてね」

「いや、それでいくと、私なぞ何年もずっと気付かずにいたのだ。修行不足も極まれり、だ」

「……」

 ルチカが男か女かが「正直、どちらでもいい」というエレーネの感想に、ゴナンも同感だった。ルチカはルチカのままであって、何か変わるようなことはない気がする。それよりも、2人が発した「修行」という言葉で、ゴナンははっと思い出す。

「あ…、そういえば、俺をエルダーリンドに連れてきてくれた行商隊の護衛の人の中に、ミラニアの戦士の人がいたよ」

「あら、そうなの? 知ってる人かしら。なんて名前?」

「ええと……。サイロス、さん」

「!」

 ナイフがハッとして、ゴナンに尋ねる。

「…何歳くらいの人?」

「22歳っていってた。ナイフちゃんは少し上の世代だから、ナイフちゃんのことは噂でしか聞いたことないって…。戦争にも、出てないって…」

「……」



 ナイフの顔色が一瞬、豹変したことに気づき、ゴナンは心配げにナイフの表情を見る。

「……ああ、ごめんなさい。サイロスは『強い男』って意味でね、ミラニアの戦士の一族の男性に多い名前なのよ。私が知ってるサイロスは私と同い年だから、違う人だったわ」

「へえ…」

 ナイフはいつも通りの雰囲気に戻った。ゴナンは続けた。

「それで、ナイフちゃん、戦場ですごい強かったって、ミラニアの若手の人の間でも有名だって、言ってた…」

 そう、嬉しそうな表情で報告するゴナンに、ナイフは優しく微笑む。

「あら、そうなのね。悪い噂じゃなくてよかったわ」

「それで、ミラニアの戦士には女の人もいるって聞いた…。ルチカみたいに、強い女の人もいるんだ…?」

「まあ、サイロスくんから随分いろんな話を聞いたみたいね」

 ナイフはそう微笑みながらマットの上に座り、ゴナンもその横に座る。

「多くはないけど、女性の戦士もいるわよ。どうしても腕力の差があるから、戦があるときも戦場に出ることは少ないけど。ミリアやエレーネみたいな女性の貴人をすぐそばで護衛する仕事についたり、隠密的な仕事を受ける人が多いかしら。でも、私の母も祖母も、戦士として戦場で戦っていたわよ」

「へえ…。かっこいいな……」

「ただ、ルチカの強さは私達やディルのような騎士の強さとは、ちょっと違うわね。あれは現場仕込みというか…、ケンカが強いって感じ。なんていうか、ちょっとメチャクチャね。そうとう場数を踏んでいるわね。女性の身で、となると、ちょっと心配にはなるけど……。今までも随分危険な目に遭ってきているんじゃないかしら」

 そう肩をすくめるナイフに、ゴナンは尋ねる。

「ナイフちゃんはミラニアに里帰りしたりはしないの?」

「……」

 ミラニアはア王国の北部に位置する。帝国との国境に接しているから、ストネからはなかなかの距離がある場所ではあるが…。ナイフは「そうね…」と呟く。

「お店を開いてからはほとんど帰ってないわね。両親も祖父母も戦に出て亡くなっているし、私は一人っ子なのよ。帰る家がないから、なかなかね…」

「……」

 ナイフはそう言ったが、その表情から、もっと別の理由があるように感じたゴナン。そのまま黙ってしまった。それに…。

(……戦で亡くなって…。そうか…。戦で活躍したってことは、当然、人を殺したりも…)

 ナイフが先ほどギラリと見せた凍るような怖さや、ディルムッドが以前「ギャングと同じだ」と自身を自嘲していたことを思いだした。こんなにも優しく強い人達だって、命令のままに人を殺したり、そして殺されたりしている。戦とは、そういうことなのだ。

 と、ここでミリアが話に入ってきた。

「でも、ナイフちゃんはそのサイロス様の少し上の世代っておっしゃっていたそうだけど、どのくらい上なのかしら?」

「……ちょっとだけ、上よ」

 ニッコリ笑って答えるナイフ。この辺りは、明らかにアンタッチャブルな話題だった。




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