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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  5話「訪問者」(1)


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5話「訪問者」(1)


 翌朝。
 ゴナンが目を覚ますと、焚き火の火は消えてしまっていたが、日光が出て暖かくなっている。いつもより長く寝てしまったようだ。自身の体調を確認すると、咳はない。ただ、微熱が出ているような…。

「しまったな…。夜に、あんなに体を冷やしてしまったから…」

 ゴナンは立ち上がり、少し体を動かす。全身にこわばったような感触があったが、筋を伸ばすと解消されてきた気がする。しかし、ずっと続いている節々の痛みはまだある。微熱には気付かなかったことにし、でも念のため朝の鍛錬は休んで、朝ご飯の準備に取りかかった。こういうときに、保存食を備蓄できていたことが役に立つ。

 気温が上がってきたので、ゴナンはいつものように下着1枚になった。そして昨日、採集してきたビクリ石を粉末にする作業に取りかかる。

 岩の上でビクリ石をツルハシで小さく砕いてゴリゴリと削ると、なんとか細かくなってきた。たくさん採っていたボーカイの葉に混ぜて丸めて、ツルでいったん形を整えて、そして燃やす。ボーカイの葉の乾燥が足りず中々着火しなかったが、枯葉を集めて一緒に燃やすことで、モクモクと煙が上がり始めた。しかし、うっすら赤い、という感じだ。

「…結構、石の量が要るのかな。それか、もっと粉々にしないといけないのかな…」

 そうやってあれこれ試作を試すうちに、なんとか満足できる赤さが出てくる。すでに時間は昼間になっていた。とにかく、道具がないから何を行うにも時間がかかる。かといってあの気難しい老人に、やたらに借りに行く気にはならない。ゴナンはまた干し肉とコブルの実をかじると、獣道を見つけて罠の設置にかかった。そして、赤と白の2本の狼煙を上げる。ボーカイの葉も常に補充しないと、すぐに燃やし尽くしてしまう。

「…でも、なんか落ち葉が増えてきたから、乾かす手間が減って楽だな…」

 ゴナンはそう呟きながらボーカイの木の周辺を回って葉を集める。石の採集用に借りたカゴが大いに役に立った。落ち葉が増えるのは冬が近づいている証拠なのだが、ゴナンはそのことにはまだ気付いていない。

「…あの日から、どのくらい経ったんだろうな…」

 ここでの『生活』が妙に落ち着いてきてしまっている。油断すると、定住してしまう気持ちにすらなってしまいそうだ。

 ゴナンは、リカルドと別れてからの日数を数えていないことを反省した。前に鉱山に攫われたときも何日経ったか分からず、たった半月だったのに途方もない日にちが過ぎた気がして絶望していた。今度、同じようなことがあったら、せめて日にちだけでも把握しておくべきだ。

(…いや。もう、こんな目には遭いたくないけどな…)

 そう心の中でぶつやきながら、泉のほとりに戻ってきたゴナン。カゴの中のボーカイの葉を土の上に広げる。と、旋風が起こって葉がぶわりと吹き飛んでしまった。

「あっ…!」

 ゴナンは慌てて散らばった葉を集めようとしたが、はたと気付いた。今の風は、もう、何度も受けたことがある。泉の方を見ると…。

「…鳥…! 戻ってきた…!」

 ゴナンはそう口にして、巨大鳥の方へと駆ける。少しの喜びの気持ちを抱いて。

 早く身支度を調えなければ巨大鳥がまた飛んで行ってしまう。水を飲んでいる間に準備をしよう。いや、でもいつも通りだったら、ゴナンの準備が終わるのを待ってくれるはずだ。老人には別れを告げられないままだが、仕方が無い…。

 が、ゴナンはすぐに立ち止まった。巨大鳥の鞍には、すでに人が乗っていたのだ。

「…あ…、鳥の、女の子…」

「……!」

 ゴナンの姿を見て、鳥の少女コチは驚いた表情を見せる。しかし、いつもなら人の姿を見たら逃げようとするのに、今日はそうはせず、鞍から降りてきた。

「……無事だった…、んだね。よかった…」

 ゴナンはそう口にして近寄ろうとしたが、コチは少し恥ずかしそうに目線をずらした。自身が下着1枚姿であることに気付くゴナン。

「…あっ。ごめん、こんな格好。俺、ここで、鳥を待ってて…。ここは、他の人とは会わない…、から…」

「……」

 コチは少し目を伏せるが、何も話さない。



「…あ、あの…。あの後…、リカルドは…。黒い髪の男の人は、どうなったかわかる…? 無事だったか、どうか…」

「……」

「…け、剣が…、胸に、刺さっていたように、み、見えて…」

 ずっと脳内で隠し続けていたあの日の光景を思い出し、ゴナンの表情が曇る。泣きそうになり、声も震えた。コチはそんなゴナンの様子の変化に気付いた。

「…わからない…」

 少しの沈黙のあと、コチはハスキーな声でそう呟いた。

「…ただ…。あなたの仲間達がすぐにやって来て、敵を倒して、それで、私たちは少し長い間、そのリカルドという人と話をした。胸の剣も、抜いていたけど、それでも、長く、しゃべってた…」

「……!」

「…でも、私はその後すぐに逃げたから、どうなったかは、わからない…。あまりにも、ひどい傷だったから…」

「……そうか…。ありがとう…」

 ゴナンは目を伏せ、震える声でコチに礼を述べる。明らかな致命傷を負ったことを知っているのに、リカルドの『無事』を確認してくるゴナンを、コチは不思議に感じていた。

 ゴナンはしばしうつむいたが、しかしすぐに顔を上げた。リカルドの「大丈夫」を信じると決めたのだ。前に進まないといけない。

「…ねえ、俺、今からここを片付けるから、ちょっと待ってて」

「……えっ?」

「…ほ、干し肉をたくさん作ってて、あ、燻製も…。もったいないから、それをまとめないと。あ、食べる? お腹空いてない?」

「……?」

 ゴナンはいそいそと住み処の脇へと行く。木の枝で器用に棚を組み上げて食料庫にしている。そこから燻製を一つ取りだし、コチに渡した。

「塩味もついてて、おいしいから」

「…あ、ありがとう…」

 思わず礼を言うコチ。空腹だったのか、すぐに燻製肉を口にした。そして目を輝かせる。

「……おいしい…」

「…だろ? 本で作り方を勉強してて…、役に立ってよかった。あっ、これも、これも」

 ゴナンは無表情ながら瞳に嬉しそうな光を宿して、自慢気にあと4個ほどコチに燻製肉を手渡す。と、コチの奥で物欲しげにゴナンの方を見ている巨大鳥に気付く。

「…あ、お前も食べたい?」

「……!」

 そう、巨大鳥に声をかけるゴナンの様子に、驚いた表情を見せるコチ。ゴナンは手元の肉を巨大鳥にあげようとしたが、すぐに止めた。

「…あ、これ、野鳥の肉だった…。鳥に鳥の肉をあげるなんて、ちょっと残酷だな…」

「……」

「……これならいいか…。ミニボアの干し肉…。贅沢品だけど」

 そう呟いて、干し肉を巨大鳥の口元に投げるゴナン。鳥はそれを器用にくわえ、丸呑みする。

「……」

 コチは信じられないといった表情でゴナンを見ている。不思議そうに見返すゴナン。

「…? 何か?」

「……『この子』は、鳥も食べる。お腹が空いているときは、飛びながら、小さな鳥を丸呑みだって、する…」

「…えっ? そうなの?」

「…普通の鳥と、『この子』は、違うから…」

 そこまで話してコチは、ぐっと口を横一文字に結んで、また黙り込む。なるべく話さないようにしている様子だが、同時にいろいろと話したいこともあるようだ。ゴナンは仕方なく、出発のために身支度を調えようとまた住み処の方へ向かった。コチははっとして、ゴナンに言う。

「…待て…。君を、もう、『この子』には乗せられない」

「……えっ?」



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