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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  15話「対面」(6)


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15話「対面」(6)


「……ふふ、あなたは見た目こそ、わたくしに似ているけど、その内面は、獅子の心を持つお父様にそっくり。アーロンはわたくしに似てしまって、心の弱い部分があるから……」

「?」

 そのオルフィナの言に、ミリアは首を傾げる。

「お母様、逆ではないの? お兄様こそ、お父様に似た王者の気質を持つ方だと思うわ」

「まあ、あなたの目にはお兄様がそう見えているのね?」

 オルフィナは、ミリアの手を優しくさする。体温がないのかと思ってしまうほどに冷たい手で、ミリアは心配になってしまう。

「アーロンは、確かに大らかで頼りがいがあって、王太子として理想的なように見えるけれど、でも心の奥底はとても繊細なの。あなたの知らないところで苦しんでいるのよ。あれは、わたくし似だわ」

「……」

「……ああ、逆だったら良かったのに…。でも、『幸運の星』を持っているのが、幸いだった……」

 そう、ミリアの手をギュッと握るオルフィナ。その瞳に冥いものが灯ったように見え、ディルムッドははっとする。

「…でも、そうね……。せっかくだから、あなたはこのまま、城を出てしまっていてもよいのかもしれないわ。あなたの『不運の星』が、あの繊細だけど限りない幸運を持つアーロンの害に、なってしまうもの」

「……」

「王妃殿下…っ」

 ディルムッドは思わず声をかける。しかし、王妃の冥い視線を受けてそのまま黙り込み、再び「壁」に徹した。2人の会話を妨げて良い立場ではないのだ。

「……ああ、そうよ。ミリア、このまま母とここで一緒に暮らしましょう? いずれ王となるアーロンのそばにあなたがいては、きっとそのうち、あの子はとんでもない不幸に襲われてしまうわ。あなたの『不運の星』は、もう、何の手立てのしようもないのだから」

「……」

 ミリアは少し唇を震わせている。しかし、表情にそれ以上の動きを見せるのを、なんとか堪えた。

「ね、その方があなたにとっても、この国にとっても、きっと良いようになるわ。わたくしはアーロンにもミリアにも、幸せになってほしいのよ。もう1人のミリアも呼んでこちらで穏やかに過ごして、そうして適齢になったら、どこか異国にお嫁に行くといいわ。あなたを『不運の星』ごと受け入れて護ってくださるような、優しくて強い殿方を探しましょう」

「……お母様…」

「アーロン自身もそれで幸せになれるし、国王になった後もア王国に幸運の星を振りまいてくれるはずだわ。大丈夫、あなたのことは、わたくしがきちんと護るから。『不運の星』の元に産んでしまった責務として」

「……でも、わたくしがおそばにいては、お母様が……」

「母は大丈夫よ。だって、わたくしの責任だもの。それに、もうすでに、これだけの影響を受けてしまっているのだから、これ以上のことは起こらないわ、きっと」

 オルフィナの口調が段々と速くなり、ミリアの手を握る力が強くなっていく。ミリアの瞳をじっと見ているようでいて、その実、虚空に目線が落ちているかのようでもあった。 

「ミリア、そうしましょう」

「……お母様…」

 少しだけ肩をふるわせた後、ミリアはなんとか、ぎぎっとゼンマイ仕掛けのように、微笑んだ。




「…お母様…。わたくし、やらないといけないことがあるの。それまで、待ってくださる?」

「やらないといけないこと?」

「…ええ…。わたくしは、やり遂げないといけないの、この国のために……。それが終わったら…。……きっと、こちらへ、参るわ……」

「……」

 きっと決意の光を宿したミリアに、少し呼吸が荒くなっていたオルフィナはふう、と息をつく。

「……それも、陛下には内緒のことなの?」

「……ええ…」

「そう……」

 そのミリアの瞳の奥なる輝きを見て、オルフィナは先ほどとは違って今度はミリアを確かに見据えた。そして、またピンと背筋を張る。

「……あなたは、お父様と同じ強い心根を持っているから、きっと思いを果たせるわ。……お父様には、あなたが来たことをお手紙で知らせたりはしない、内緒にしておきますから……」

「……ありがとう、お母様…」

 そうしてオルフィナは、目線をゆらりと、壁となっている大男に向ける。

「……ディルムッド、ミリアのことを頼みましたよ。あなたも、この子の『不運の星』の不幸に見舞われてしまうかもしれないけど。どうか、見捨てないで」

「……いえ…。王妃殿下。そのようなことは、これまで一度もございません。そしてこれからも」

 そう、直立不動のまま答えるディルムッド。本来なら王妃に反論など許されない立場だが、そう力強く述べた。少し驚いたような表情をするオルフィナ。

 と、ここで扉がコンコン、と叩かれる。

「ディル、……ムッド殿。エイリス殿より、そろそろ時間だと…」

 ナイフの声だ。その報を受けて、ミリアは椅子から立ち上がり、そしてオルフィナにギュッと抱きつく。

「……お母様、きっと、また参ります」

「ミリア。ありがとう、元気でね。道中、気をつけて。あなたの『不運の星』が少しでも弱まるよう、わたくしは祈り続けているから…。アーロンにも、母は元気ですと伝えてね」

「……はい…。ありがとう…」

「ああ…、祈祷師を呼ばないと……」

 また冥い瞳に落ちたオルフィナ。ミリアは懐から1枚の紙を取り出して、オルフィナに手渡した。

「見て、お母様。街中で手に入れたの。お兄様がエルダーリンドを訪問された様子を描いている風聞紙よ。ほら、姿絵も。そっくりだわ」

「……ああ、前にアーロンがここに立ち寄ってくれたときのものね。まあ、本当によく描けているわ」

「これを置いていくわね。お母様。お元気で……」

 そうして別れの抱擁ののち、ミリアは再び帽子を深く被った。そしてディルムッドが扉を開けると、オルフィナに対して異国式の礼をして、そして部屋を退出する。前室で待っていたナイフとエレーネも続いた。




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