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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  9話「不自然な自然」(1)


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第五章の登場人物
第五章の地名・用語



9話「不自然な自然」(1)



「はあ? ここも1泊3000アスト? 高いわね、ぼったくりじゃないの? 前はここまで高くなかったじゃない」

 エルダーリンドの街で、女性らしい言葉遣いながら少し低い声が響いた。とある宿屋のカウンターで、ブロンズ色の肌を持つ女装の男性が主人に詰め寄っている。

「観光地だから、こんなものだよ。うちはまだ安い方だよ。1万アスト超えの宿だっていくらでもあるんだからな。貴族だって泊まられるんだ。この街は貴族街なんぞないから、安い宿を用意していると、逆に失礼じゃないか」

 その人物・ナイフの圧に圧されながらも、宿屋の主人は反論する。

「そういうお宿はそういうお宿であればいいじゃない」

「最近、『風聞紙』っていうのか?、世の中の出来事を触れ回る紙が出回っているだろう。貴族向けの記事で、かの王太子殿下も視察で来られて感動していたたってんで巨大樹が紹介されて以来、さらに人気が高まっているんだ」

 そう言って、一枚の紙をナイフに見せる宿の主人。見ると、巨大樹を見上げる王太子の絵姿と共に、何年か前に巨大樹を訪れた旨のニュースが書かれている。

「それにしても、軒並み高いってのは、納得いかないわね。庶民向けのお宿も欲しいところだわ」

 そう、ブツブツ文句を言いながら、「ちょっと検討するわね」と宿を出るナイフ。表ではミリアとエレーネ、ディルムッドが待っていた。




 ウキの街を出発した4人。当初は巨大鳥を追って南東に向かったが、途中で「出遅れているので、普通に追うのでは追いつけないのでは?」とエレーネ。しかも、リカルドがやたら装備をつけてカスタムしたせいでスピードが出にくい幌馬車「疾風のシーランス号」での移動である。「どこが『疾風』よ……」とぶつやくナイフ。

「…南東のエリアの次は、さらに南東のフースーの盆地、そしてその次はエルダーリンドの南にある例の壁画の遺跡の付近が、巨大鳥が訪れる予想地よ。最初の2つは飛ばして、3つ目の遺跡周辺で待ち受けた方がいいのではないかしら? それまでにルチカや誰かが巨大鳥に追いついてしまっては元も子もないけど。でもゴナンが乗っている今なら…」

 そう提案するエレーネに、ミリアは同意した。

「そうね。その方が、ゴナンやリカルドと合流できる可能性も高いかもしれないわ。わたくしはゴナンのことだって、諦めたくないの」

「冬が近づくから、途中の街で冬支度もしながら進んだ方がいいわね」

 ナイフも頷く。その一方で、ディルムッドは少し考え事をしていた。

(エルダーリンド、シャールメール……)

 これから向かうであろう地名に、思うところがあるディルムッド。ナイフはその様子に気付く。

「ディル? 何か気になることがある?」

「……いや…。ただ、もしシャールメールに近づくことになったら、ちょっと2人に相談したいことが、出てくるかもしれない、ナイフ、エレーネ」

「……?」

 ディルムッドはミリアの方をチラリと見ながら、そう2人に依頼した。

*  *  *

 そうして遺跡エリアを目指して出発した4人。

 街道をずっと進んだためスムーズではあったが、重装備で幌馬車のスピードが出ず(あまりに遅いため、ナイフは途中、何度もこの『疾風のシーランス号』をどこかに高値で売りつけられないかと画策していた)、いくつかの街に立ち寄りながらの旅だったため、普通に真っすぐ移動するよりも長く、1ヵ月半以上かかった。

 それでも先回りはしているので、巨大鳥が訪れるには少し早いタイミングだ。そのため、先にエルダーリンドの街を訪れることにしたのだ。4人の中で唯一、巨大樹を見たことがないミリアに観光をさせたいという思いもあっての旅程だった。

「…前に私が来たときよりも、宿代がかなり値上がりしているわね。もう何軒か見たいところだけど、どこも変わらないみたい」

「そうなのね。私は以前は樹を見ただけで、街に泊まりはしなかったから」

「私もアーロン殿下の視察の護衛で来たので、宿屋の相場など気にかけなかったな……」

 エレーネとディルムッドの言葉に、ナイフは肩をすくめる。

「その王太子様の視察がきっかけで、お貴族様がたくさん来られるようになったから、宿代も上がっているそうよ」

 そう言って、宿屋の主人からもらった風聞紙をミリアに渡した。アーロンの絵姿が描かれており、ミリアはじっと見つめる。そしてエレーネとディルムッドもぐっと無言になる。ナイフはハッと気付いた。

「……と、ゴメンナサイ。そういえばこのメンツは、私以外はみんな、お貴族様だったわ」

「身分はどうあれ、市井では貴族も平らに振る舞うべきだ。生まれた家だけの差別で、なにか人間として異なるわけではないのだからな」

「…あなたは戦場で前線に出たりしていたからまだ違うのでしょうけど、そういうお貴族様は少数派だと思うわよ」

 『この国で最も高い地位のお貴族様』である少女を見ながら、ナイフはそう口にする。ミリアはその言葉に、少し不満そうな表情を見せた。

「…やっぱり貴族方は市井では、街の方に対して偉そうな態度を取ってしまうのかしら」

「……正直、何か事情がない限り、あなたたちのように市井に馴染もうとする方々は、あまり見ないわね。でも気位高く振る舞うのも、貴族の大事な仕事って言うか、役割なのではないの? 知らないけど」

 そう諭すナイフに、「そうね……」とミリア。

「まあ、それは置いておいて。ひとまず、リカルドが来ているかもしれないから、宿屋を巡りつつ探しましょっか。彼は宿代がいくら高くても、絶対に宿を取るはずだから。高級な宿から探して行く方がきっと早そう……」

「……見つけた」

「えっ?」

 ナイフは驚き、そう口にしたエレーネの視線の先を見る。





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