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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  16話「ねがいごと」(6)


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16話「ねがいごと」(6)


  「ゴ、ゴナン」

 ミリアは、戸惑ったようにゴナンに尋ねている。

「何? ちゃんと俺につかまって。落ちちゃうよ」

「え、ええ…」

 数十分後。ゴナンとミリアは馬に乗っていた。ゴナンの後ろでミリアが、少し伏し目がちになりながらゴナンの胴に腕を回してギュッとつかまる。2人は宿に戻って、馬小屋に預けていた馬で乗り出していたのだ。後をつける大人達は大慌てで、残りの馬をコッソリと出すのにも、そのまま気付かれないように尾行するのにも難儀している。

「馬ならそんなに遠くないから」

「え、ええ…。でもゴナン。これは『お散歩』なのかしら…?」

「馬が歩いてるから。いや、走ってるけど。いいんじゃないかな?」

「……ふふっ。そうね……」

 リカルド以外の人を乗せて自分で馬を駆るのは初めてだ。ゴナンは少し緊張しながらも目的地へと馬を進める。そうして辿り着いたのは……。

「……えっ? 何、このニオイ……」

 2人を追って目的地に到着したナイフは、少し離れた場所で鼻を押さえながら思わずそう漏らした。エレーネとディルムッドも同じようにハンカチで口を塞ぎながらも、怪訝な表情だ。

「……ここは多分、街の排水が集まる設備ね。ローゼンフォードはこのような仕掛けがされている街だと聞いたわ」

 エレーネがそう解説するが、しかしなぜここに来たのかについては不思議そうだ。そのまま、2人の様子をうかがう大人達。

 ゴナンは元気よく、「中を見せてください」と施設の管理人に挨拶をする。「おお、また来たのか」と嬉しそうに入れてくれた管理人だが、今日はうさん臭そうな学者ではなく可愛らしい女の子の手を引いてきているのを見て、やはり少し不思議そうな表情をした。2人が入っていった後、大人達は管理人に「しぃっ」と言いながら、礼をして近くまで赴く。



「…ゴナン? ここは何? その、すごく、臭いが……」

「あ、そうだな。ごめん」

 そう言って口に当てるようミリアにハンカチを手渡すゴナン。そして、無表情ながら瞳を輝かせながら話し始めた。

「リカルドが教えてくれたんだけどさ、街の排水は全部ここに集まってくるんだって。それで少しキレイにして、遠くの大きな川に流すって。街まるごと、そんな仕組みになってるって、すごいよな」

「まあ、ここがそうなの? お勉強では習ったことはあるけれど、実際の設備はこのようになっているのね」

 ゴナンのテンションの高さに、しかしミリアも引くことなく興味深そうに設備を見ている。

(……女の子を『お散歩』に誘う場所にしては、あまりにも色気がなさすぎる気がするけど…)

 ナイフは苦笑いしながら見守っているが、ミリアの反応を見る限り、まあ、結果オーライというか、いいのかもしれない。前回はゴナンの側についていろいろ説明をしてくれた管理人の男性も、空気を読んだのか遠くからにこにこと見守っている様子だ。

 ゴナンがいつになく口数多く一通り説明をした後、排水にゴブリスの炭をかくはんしている排水槽のほとりに佇む。そして目線を落としながら、ボソボソと話した。

「……俺…、ウキで、リカルドが逃がしてくれて、巨大鳥に乗って、一人ぼっちになって……」

急に語り始めたゴナンに、ミリアはすっと背筋を伸ばして答える。

「……ええ…」

「……食べ物とか野宿とかは、俺、へっちゃらだったけど、でも、やっぱり、1人って、なかなか堪えて……」

「……」

「……でも、ミリアの刺繍とか、みんなや先生が教えてくれたこととか、思い出しながら過ごしたら、大丈夫だった。俺、1人じゃないっていうか……」

「ええ……、分かるわ…」

 なぜ急にそんな話をし始めたのかは分からないが、ゴナンの話にミリアは頷く。ゴナンは目線を下げたまま、続ける。

「…それで、みんなとまた合流できて…。やっぱり嬉しくて、楽しくて。いつまでも続いちゃいけないけど、でも、いつまでも続いてほしいって、ちょっと、思っちゃって」

「……」

「それで、もし、もし、巨大鳥の卵が、手に入ったら……」

 脈絡なくゴナンの話が続くが、ミリアはじっと聞いている。

「……最初は、村に、雨を降らせてくださいって、それか泉の水をもう一度、復活させてくださいって、そうお願いしようと思ってたけど、でも、それは、そんな必要はないんだって、思って……」

「…どうして?」

「……だって、ここ、街からあんなに離れてるのに、水が流れてきてて。だから、逆もいけるってことだよな」

「……ええ、多分」

「……もし卵に願いを叶えてもらって、雨が降って泉に水が戻っても、また雨が降らなくなったら、同じことの繰り返しで…。そうならないために、遠くの川から水を引いておいたりとか、そういう方法で、干ばつになっても飢えないようにする方法があるって、俺、本で読んで、ここも見て。そういう、まちのつくりかたがあるって……」

「……」

 ミリアはじっとゴナンの横顔を見る。ゴナンの目線は下だが、遠くを眺めているかのようでもあった。

「……だから、村の方は、卵に祈る以外に、できることがあるって、気付いた……。それで……、だから、願いは、リカルドの……」

 そこまで口にしたところで、ミリアが言葉を挟む。

「……ゴナン。リカルドは、最初は自身の研究のために鳥と卵を追っていると言っていたけど、それだけじゃないのは気付いているわ。でも、あんな風に人生をかける勢いでリカルドが叶えたい願いって、何なのかしら?」

「……!」



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