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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  2話「行く先は」(5)


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2話「行く先は」(5)


 翌朝。天気は快晴、旅立ち日和だ。

 出発の準備を進め、荷物を幌馬車へと載せている一行の元に、マリアーナがやってきた。

「ナイフちゃん、あなたにお手紙よ。ストネから伝書鳩で届いたみたい。行き違わなくてよかったわ。と、これはディルさんに、ツマルタから」

 ナイフは手紙を受け取った。ロベリアからだ。すでに女装バー『フローラ』は営業停止期間を終え再開している。お店の営業上の報告や相談などを、ロベリアと伝書鳩による速達で小まめにやり取りしているのだ。

「お店は大丈夫そう?」

「ええ、大きな問題はないみたい。私に会いたいっていう常連さんが多いって嘆いているようだけどね、ふふっ。それと…」

 エレーネの質問に笑顔で答えながら、続きを読み進めるナイフ。

「…北の村からの手紙の返事はまだ帰ってきてない…。援助物資のキャラバン隊の初陣の出発が遅れたようね。試しに託した伝書鳩は、何も持たないまま帰ってきてしまって、残念ながら北の村に巣を作った様子はない…。ウキからリカルドが送った手紙は、援助隊の第二陣に確実に託したからご心配なく…。といっても、この連絡を伝えるべき相手が、どちらもここにはいないじゃないの…」

 そうぶつやくと、ナイフはツマルタからの手紙に目を通しているディルムッドに報告する。

「ディル。例の帝国軍人が所属している駐屯地で働いていた人に、今、私の女装バーの経理を任せてるんだけど、その子に教えてもらったわ。奴等はエルラン帝国のシュートリトの軍人達ですって」

「シュートリト…」

「シュートリトといえば、王国との国境にある領地の名前ね」

 ミリアも会話に加わってくる。

「ストネの街からみると北西の方角だわ。確か、なにがしかの辺境伯が治める土地…」

「まあ、ミリア。流石ね」

「…おそらく、わたくしが巨大鳥で飛び回っているときに、シュートリトの空も飛んでいるわ」

 ミリアのその報告に、ディルムッドは少し難しい顔をする。

「…あそこはミラニアと同じように、昔は帝国から独立した小国であった地域だな。ミラニアよりもずっと昔の話だが。巨大鳥の伝承について、帝国とは何か違う文化が継承されていてもおかしくない…」

 そう分析するディルムッドに、ナイフが尋ねる。

「ツマルタの連中は?」

「…ああ…、腐っても軍人のようだな。まだ大した情報は引き出せていないそうだ。シュートリトという領地の名も聞き出せていない。かといって自害する様子もなさそうだから、もう少し拷問を強めると書いてある。街の名を知らせておくか…」

 ディルムッドは書斎の方へ、便せんと筆記具を借りに向かった。
(シュートリト…。あの辺境の地ならば、ゲオルクが連中のことをよく知らないというのも、あり得ないことではないか。もしかしたら、辺境伯の私兵に近い連中なのだろうか…? 少し、きな臭さを感じるが…)

*  *  * 


 各所への連絡を済ませ、いよいよ出発の刻となった。

 玄関先へ馬と馬車を動かし、いよいよ別れの挨拶をする。ちなみに、馬車にはナイフとミリア・エレーネが乗り、ディルムッドが騎馬で併走する予定だ。

「先生方、随分、長い滞在になってしまったけど、本当にありがとう」

「こちらこそ、愉しい時間をありがとう。また大勢で来てくれよ。いつでも待ってるぜ」

「そうよ、自分のお家だと思ってね。なんの気兼ねも必要ないから。もう、みんなも私達の子ども同然よ」

「あら、先生方の子どもにしては、ずいぶんいかつい面々が混じっている気がするけど」

 ジョージとマリアーナが微笑みながら一行を見送る。そして、手に持っていた書物をナイフに渡した。

「ナイフちゃん、これをゴナンに。あの子が興味を持っていた薬草と動物の図鑑だ。きっと旅の役にも立つだろう。と、祭の翌日に勉強するはずだった上昇気流の書物も。荷物になってしまうが…」

「まあ、ありがとう。大丈夫よ、リカルドご自慢の馬車があるからね」

 ナイフはそう、ウインクをする。マリアーナも包みを渡した。

「旅で必要になりそうなお薬をたくさん入れてあるわ。傷薬に痛み止めに腹下し用に…。これはゴナンさん用のゼイゼイ息の薬と熱冷ましね。きっとこの先も、体調を崩すことがありそうだから」

「こんなにたくさん、ありがとう。とても助かるわ」

ジョージは幌馬車のミリアに声をかけた。

「ああ、そういえば『あなユラ』は19巻までしか読んでいないだろう? 残りを持っていくかい? ミリアさん」

 ミリアは馬車の端まで出てきて腰掛ける。

「ありがとう、先生。でも、わたくしが持っていってしまっては、この街の方が読めなくなってしまうわ。わたくしは、旅先で続きを見つけるから、大丈夫」

「ふふ、そうかい」

 そう微笑んで、そしてジョージはすっと真顔になる。そして頭を下げ、正礼をした。

「…王女殿下、どうぞ御身を大事に。あなたにこの自由な旅のときがどれくらい許されてるのかは存じませんが、できる限り多くのことを、広く深く、そして平たい目で、ご覧になられてください」

「…ええ。ありがとう…」




 と、遠くから「ちょっと待ってー!」という声と共に、駆けてくる人物がいた。エドワードだ。

「エドくん」

「よかった…。今日、出発って聞いて…。間に合った…」

 全力で駆けてきたようだ。ハアハアと息を切らし、膝に手をつく。

「まあ、エドくん。お見送りに来てくれたの? ありがとう」

「…はい、あの、ナイフ…さん…、お願いが…」

「……」

「…ナイフちゃん…、お願いが…」

「あら、なあに?」

「…あの、ゴナンを、ちゃんと見つけてくれるんですよね…? これを、ゴナンに、渡してほしくて…」

 そう言って、布袋を渡すエドワード。「中を見て良い?」とナイフは取りだした。

「あら、ベスト…?」

「ゴナン、なんか、いつもベストを着てるから…。俺のお下がりなんだけど、これ、俺もじいちゃんから引き継いだ、すごい良い織物のやつで…。ゴナンにはまだ少し大きいかもしれないけど。母ちゃんが、ここにお守りの刺繍を入れてくれて…」

 そう言って裏地の裾を指す。そこには、力強い太陽と大地を表した手刺繍が施されていた。ウキの街に伝わるお守りの文様だ。

「まあ、キレイ」

「母ちゃんが徹夜で刺繍を入れてくれて、ギリギリになって…。これ、よかったら、ゴナンに、お守りに…」

「まあ、大切なものをありがとう。きっと喜ぶわ。絶対に渡すわね。そして必ず、ゴナンをまた、この街に連れてくるから」

 力強くそう約束して、ナイフはエドワードをギュッとハグする。

「うわっ!」

「それとエドくん、女装バーで働きたくなったら、いつでも連絡ちょうだい」

「や、やめろ…!」

 慌ててナイフを振りほどくエドワードに、思わず笑顔になる一行。しかし、すぐにしんみりとした表情になった。ディルムッドが夫妻に声を掛ける。

「…いつまでも名残惜しいが…、そろそろ出立する」

「ああ、そうだな。くれぐれも気をつけて」

「気をつけてね。どうか、あなた達の行く先に、幸運がありますように」

「先生方もお元気で。またね」

 そうして4人は、クラウスマン夫妻とエドワードの見送りを受けて、馬を進める。この街に来た頃は黄金の穂の海だったが、今は収穫が終わりほくほくの土がむき出しになった、荒くれた色の畑が広がっている。

「…もうすぐ冬が来るのね…」

 幌場所の窓から景色を眺めながら、ミリアはそう口にした。エレーネも後ろ髪引かれる表情で外を見ている。とても素朴だけれど、豊かで温かな街だ。

「また、帰ってきたい場所だわ」

 ミリアは思わず、そう呟いた。

*  *  *

 幌馬車と馬の姿が遠ざかっていく。

「行っちまったな。ゴナンが無事に見つかるといいがな…」

「きっと大丈夫よ。賢くて強い子だから。リカルドさんも必死に追っているようだしね」

 ジョージにそう言いながら、寂しげな表情を浮かべるマリアーナ。

「さあ、今日からまた元通りの静かな屋敷だな。…と、今日は午後からは青空学校だったか。エド、このまま午後までうちにいるか? 昼飯でも食べていくといい。急に人が減って寂しいんだ」

「はい、ありがとうございます。お邪魔します…。…あれ?」

 と、エドワードが何かの音に気付いた。リンリンと小さな鈴の音。やがて、庭の植栽の中から、小さな白い影が3人の足元にピョコッと現れる。

「…おお、シロ。お前は残ってくれたんだったな」

 ジョージは嬉しそうにそう呟いて、子ネコのシロを両手で抱き上げた。ニャア、と相づちのように答えるシロ。

「ふふっ。うちには家族が増えていたんだったわね。さあ、シロのごはんも準備しましょ」

 マリアーナが少し嬉しそうにキッチンへと向かった。

 そして、今までは親猫の元と屋敷とを行ったり来たりしていたシロだが、この日以来クラウスマン邸に完全に居座り、この家の飼い猫になったのだった。



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