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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  2話「行く先は」(1)


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2話「行く先は」(1)


 翌日もディルムッドとナイフとで、念のため遺跡周辺を回ってみるが、やはり巨大鳥の姿もゴナンの姿も見かけることはない。帝国軍人達の痕跡も掴めないままだ。

「…そうだ、ルチカに協力を仰いではどうだろう?」

 夕方、屋敷に戻り報告に来た2人に、ベッドの上でリカルドがそう提案した。ミリアとエレーネも報告を聞きに治療室へと来ている。それを聞き、ディルムッドは少し苦々しい顔だ。

「…いや、奴は協力はしないだろう…」

「まあ、タダではしないだろうけど、こちらが巨大鳥の行き先の予測を彼に教えてあげて、それと引き換えに追ってもらって、ゴナンを保護してもらう…」

「でも、それでルチカが先に卵を手に入れてしまったらどうするの? 元も子もないじゃない?」

 ナイフが呆れたように反論する。そして、ベッドで横になるリカルドを睨むように見つめる。

「…リカルド…。ミリアは巨大鳥の卵のことを第一の目的にして旅をしているのよ? ゴナンが心配なのも分かるけど、あなたの個人的な気持ちだけで、敵に卵をまざまざと譲り渡してしまうような真似は、よくないと思うのだけど」

「……」

「あなた、いったい何を最優先させたいの?」

 そう厳しく問い詰めるナイフに、リカルドはぐっとうつむく。ディルムッドが慌ててフォローする。

「ナイフ。今のリカルドにそのような問答は、酷ではないか?」

「いいえ、ディル。私だってゴナンのことはとても心配だけど、でも、今だからこそ言わせていただくわ。この人はこういうときでないと、聞く耳を持たないから。祭の日だって、あんなに至近距離に巨大鳥がいたのに追う素振りも見せずに見逃すし、時折、本当にこの人は本気なのかを疑ってしまうのだけど、私は」

 そう、厳しく問い詰めるナイフに、リカルドは何も答えられない。ナイフはさらに続ける。

「ゴナンのことを何よりも第一にしたいというのなら、ミリア達とは離れるべきではないの? あなたと一緒に居るせいで、見つかる卵も見つからなくなってしまったり、他の誰かに取られたりするのでは、世話ないわよ」

「……そうだね…」

 ぐっとうつむくリカルド。その辛い表情は、傷の痛みのせいではない。

「……そもそも、僕らは卵を取り合うことになるかもしれない間柄だし、僕は、ミリアの旅のお供としては、きっとベストではないよ。思いつく限りの情報は伝えるから、ここからは別々に…」

「ダメよ!」

 しかし、リカルドが最後まで言葉をいう間もなく、ミリアが強く拒絶する。

「リカルド。わたくしはツマルタでも言ったわ。卵もゴナンも、どちらも諦めないって。ゴナンを見捨ててわたくし達だけが卵を見つけるだなんて、そんなの…」

「……いや、それでいいじゃないか。ゴナンがいるかいないかは、君達が目指すものには関わりないよ。でも、僕はもう、それでは、ダメなんだ…」

 リカルドはミリアに、どろりとした冷たい微笑みを向けた。ミリアは次の句を告げなくなる。ディルムッドがオホンと咳払いをした。

「…まあ、ともかく…。鳥も卵もゴナンもハッキリとした手がかりもない状態であるし、巨大鳥とゴナンは今、共にいるはずなのだから、どちらを優先させるかというよう議論は今は無駄だろう。今は、ルチカの力を借りるという方法以外で、どう動くべきかを検討することが大事だ」

 そうまとめるディルムッドに、エレーネも「そうね」と頷く。ナイフはふう、と深く息をついた。

「…じゃあ、明日の朝から作戦会議を立てましょう。もう、私、今日は疲れちゃったから。リカルドも動けないんだし、明日でいいでしょ?」

「ああ、あまり長時間話していると、リカルドの傷にも障るしな」




 少しピリついた空気をなるべく和ませるように、ディルムッドが朗らかに言う。そのまま、「それじゃあ」とそれぞれ、部屋を出た。

(…ナイフも、気苦労が絶えないな…)

 ディルムッドはそう、心の裡で苦笑いしながら、部屋に戻るナイフの後ろ姿を見遣る。が、ナイフの足は玄関の方へと向いていた。

「…? ナイフ。これから出かけるのか?」

「ええ、ちょっと宿屋に行って来ようと思って」

「?」

「…祭の日にルチカと遭遇したんだけど、宿に泊まっているような話をしていたから、念のため」

「…!」

 眉間に皺を寄せながらもそうディルムッドに知らせて、外へと向かうナイフ。ディルムッドは少し驚いた表情をし、そして少しだけ考え事をして、ナイフについて行く。

「…私も行こう」

「あなた、ルチカ相手になるとすぐ頭に血を上らせて突っかかるじゃないの。大丈夫なの?」

「いや…。まあ、そうなるかもしれないが…。私もリカルドの思いには応えたいとは思っているんだ。あなたがどんなに憎まれ口を叩こうと、そう思っているようにな」

「……」

 そう微笑むディルムッドに、ナイフは少しだけ睨むような目線を向け、「分かったわ、じゃあ、一緒にどうぞ」とため息をついて歩みを進める。しかし、ディルムッドの真の考えは別にあった。

(『銃』にゲオルクが反応した件が気になる…。銃の出所に、ルチカは何か思い当たることがあるのではないか、確認をしてみないと…)

*  *  *

「ああ、その人ならもう何日か前に出発したよ。1週間以上泊まっていたんだがな」

 宿の主人は、ナイフとディルムッドの質問にそう答えた。ナイフが少し憮然とした表情で突っかかる。

「ちょっと、ご主人。私たちが前に尋ねたとき、そんな人は泊まっていないって言ってたじゃない。あれは嘘だったの? 嫌がらせ?」

 主人は慌てて弁明する。

「わざとじゃねえよ、勘弁してくれよ! あの見た目だろ? 俺はてっきり、女性だと思ってたんだよ。うちの宿帳は性別までは書かせねえし。それに、名前も全然違う名を書いてたしな。あんたらには『ルチカという名の銀髪の男性』と聞かれていたから」

 そもそも、宿泊客の個人情報を教えるのはあんまりよくねえんだけどな…、とつぶやく主人。

「でも、それなら、なぜ男性だと気付いたの?」

「出発する直前に、うちの発光石の照明を修理してくれたんだよ。機械士だと聞いて男性だと気付いて、あんたらが言ってた人だとわかったんだ」

「……」

 そもそもルチカは、女装バーで女装しなくとも違和感がなかったほどだから、仕方がないのかもしれない。

「…わかったわ…。まあ、もういないのなら仕方ないわね…。お騒がせしたわね、ありがとう」

「本当に、あんたらが来てからなんだか騒ぎばかりだよ。まあ、毎年同じことしか起こらないこの街では、たまには刺激になって、いいのかもしれないがな」

「…でもね、ご主人。毎年同じ、平穏無事な生活が一番よ。じゃあね」

 ナイフはそう優しく微笑み、主人の肩をすくめた苦笑いを受けて、宿を後にした。ディルムッドもついていく。

「…こうなるとルチカに関しては、運良く巨大鳥に追いついて、上手い具合にゴナンが乗っていることに気付いて、保護してくれる気になってくれて、巨大鳥が下りた隙にゴナンと接触してもらうが、卵は彼奴は見つけられない…、というような、至極都合の良い状況を祈ることしかできないか…」

「あら、その作戦は、ほとんど運とルチカ任せじゃないの。あなたらしくもない考えね」

 帰路にて、ため息交じりにこぼしたディルムッドに、ナイフがからかうように声を掛けた。ディルムッドは微笑みで応える。

「背に腹は代えられない。自力で自在に空を飛べる人間なんて、この国…、いや、おそらくこの世界でも、彼奴だけであろうからな」

「そうね…」

「しかし、そう事が上手く運んだとして、ゴナンはルチカに攻撃されないだろうか?」

「…それは、大丈夫なんじゃないかしら?」

 ディルムッドの懸念に、ナイフは楽観的だ。

「ルチカは争っていたり自分に攻撃してくる人間には容赦ないけど、ゴナンと争うようには思えないわ。うちの店で一緒に働いていた仲だしね」

「……」

「ゴナンが彼に飛びかかったりすれば別かもしれないけど、たぶん、そんな状況ではないでしょうし。何より、ルチカはゴナンを脅威には感じていないと思うから」

「…まあ、そうだな…」

 もう夕日も落ち、夕闇に暮れていく路。ナイフは準備していた発光石の手持ち照明を点ける。両脇では、収穫が終わり土が顔を見せるキィ畑が、日暮れ後のわずかなの明かりの中でその姿を雄大に広げている。一行に起こった事件に関わらず、今日もこの街はのどかで静かで、豊かだ。ナイフは歩きながら、ぐっと背伸びをした。

「ほんと、どうしようかしらね。なんだか、だんだんと物事が複雑になってきているような気がするのだけど…」


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