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連載小説「オボステルラ」 番外編6「受難の宿屋」(9)


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番外編6「受難の宿屋」(9)


 翌日、ゲオルクは約半月の滞在の礼を述べながら、宿をチェックアウトした。この後も王国内を旅して回るのだそうだが、長く滞在したこの宿を離れることを少し名残惜しそうにしてくれた。ずっとスイートルームに泊まっていたため、割と良い稼ぎになって少しホクホク顔の主人。

「また来るよ」

 そう微笑むゲオルクの視線の先には、やはり父の影に隠れて恥ずかしそうに頬を赤らめているアンナがいる。ゲオルクはこう言うが、彼の素性を考えれば、また彼がこの宿に来る確率はかなり低いだろう。お前よりも年上の子どももいるおじさんだぞ…、と主人は胸中で愚痴りながらも、アンナの精一杯の見送りを見守った。

 そしてその翌日、アーもチェックアウトをする。

「なんだかんだで長いご滞在でしたね」

「うん、そうだね。オセワニナリマシタ」

 そう言ってアーは宿代を支払う。広い部屋に長期間泊だったため、こちらもまた、中々の金額である。

と、アーが食堂の天井の方に目を遣る。

「前から気になってたんだけどさ、あそこの発光石だけ、ちょっと点き方が悪くない? 機械士を呼んだ方がいいんじゃ?」

「あ、よくお気づきで。完全に点かなくなったら修理を依頼しようと思ってたんですが。この街には機械士がいないので、ツマルタまで派遣の依頼をかけねえといけないんですよ」

「なんだあ、それなら早く言ってよ。この街の機械士の仕事を奪っちゃいけないと思って、口出さなかったのに」

 そう言うと、アーは荷物の中から何やら機材をいくつか取り出す。そして、付きの悪い照明を天井から外して、あれこれと症状を見始めた。

「アーさんは、機械士なんですか?」

「ああ、うん。そうだよ。わりと腕が立つ機械士」

「へえ……」

(機械士……、ってことは、やはり男性か……!)

 主人は驚いた。ア王国では機械士が女性という概念すらないのだ。慌ててアーに謝罪する。

「アーさん。申し訳ない。あなたのお顔立ちで早合点して、あなたが女性だと思い込んでいた。何か不快に思わせる対応はなかったですか?」

「……」



 その言を聞き、アーは一瞬、手を止めて、何か言いたげに主人を見た。しかしふう、と息をつくと、また手元に目線を落とす。

「……別に、どっちだって変わんないよ。それよりもう直ったけど」

「……え? もうですか?」

 さすが、腕が立つと自称するだけある。「ちょっとここの接触不良だったみたいだね。本体の損傷はないし、発光石も副石も寿命はまだまだ持ちそうだから、機械は付け替えなくても大丈夫だよ」と元の位置に付けながら早口で説明してくれる。

 発光石は、個体差が大きいが、早ければ5年ほどで光る力が失われるものもある。機械自体を取り替えるのは少なくはない費用がかかるため、主人はホッとした。

「ありがとう、アーさん。修理費はおいくらで?」

「あー、いいよ、別に。私にとっては大した作業じゃないから。でも、ツマルタの機械士に依頼したら、その時はちゃんと払ってあげてね」

 そう、手をヒラヒラと振りながら主人の申し出を断るアー。そして「じゃ、オセワニナリマシタ」と再度別れの挨拶を述べると、こちらは大して名残惜しそうにもせずに、あっさりと宿を去って行った。

「……やっぱり、男の方だったじゃない…!」

「アンナ……。だから、気になるなら話しかければいいのに…」

 例によって父の影で様子を見守っていたアンナが、そう愚痴る。そして少し寂しそうにしていた。人が訪れ、そして必ず去って行くのが宿屋だ。そんな一期一会の切なさを、アンナは初めて実感しているようだった。

(……しかし、ゲオルクさんはアーさんを女性として扱っていたし、アーさんもそれを受け入れていたようだったがな……。不思議だな)

*  *  *

 それで日常に戻ったかと思いきや、さらにその3日後、ナイフちゃんさんとショーン騎士の巨人が乗りこんできた。

「ご主人! ここに、銀髪の小柄な男性が泊まっているでしょ?」

 以前と同じ質問をしてくるナイフ。ご主人はその圧に押されながらも答えた。

「ああ、その人ならもう何日か前に出発したよ。1週間近く泊まっていたんだがな」

「ちょっと、ご主人。私たちが前に尋ねたとき、そんな人は泊まっていないって言ってたじゃない。あれは嘘だったの? 嫌がらせ?」

「わざとじゃねえよ、勘弁してくれよ! あの見た目だろ? 俺はてっきり、女性だと思ってたんだよ。うちの宿帳は性別までは書かせねえし。それに、名前も全然違う名を書いてたしな。あんたらには『ルチカという名の銀髪の男性』と聞かれていたから」

 ルチカが機械士だと分かったことで、男性だと気付いたのだと伝える。主人の弁明に、ナイフはディルムッドと顔を見合わせた。

「何て名前を名乗ってたの?」

「アーさん、だよ」

「アー…」

 ディルムッドが大きくため息をついた。

「…なんだ、その、あからさますぎる偽名は……」

「あなたがそれを言う?」

 かつてドズという偽名の典型のような偽名を名乗っていたディルムッドに、ナイフが思わずツッコむ。一方で主人は納得した。

「ああ、やっぱりそうか……。よくよく考えたら、どう見ても偽名だな…、思いもしなかったよ」

「まあ、こんなのどかな街では、宿で偽名を名乗る必要性など考えもしないだろうからな」

 ディルムッドはそう分析するが、ナイフは違う意見だ。

「あの子の場合は、別に本名がバレたって何の障りもないじゃない。たぶん、宿帳に名前を書くのが手間だっただけのような気がするけど」

「まあ、それは性格的に大いにありうるな」

「あの子の場合はって、本名を名乗るのに障りがある人がいるのか?」

 思わずそう尋ねた主人に、ナイフがあ、と口を押さえる。そして、「一般論よ」と何かをごまかすように答えた。

 主人は苦笑いする。

「本当に、あんたらが来てからなんだか騒ぎばかりだよ。まあ、毎年同じことしか起こらないこの街では、たまには刺激になって、いいのかもしれないがな」

「…でもね、ご主人。毎年同じ、平穏無事な生活が一番よ」

 そう語るナイフ。娘が悪漢に剣を突きつけられたあの事件を思い出し、確かにな……、と主人は苦笑いを浮かべた。毎年『何も起こらない』ということは、想像以上にかけがえのない幸福なのだ。自分に向ける微笑みの哀しい優しさに、「ナイフちゃんさんは、もしかしたら戦に出ていた人なのかもしれないな」と感じる主人。

 そうして、「じゃあね」と宿を去るナイフとディルムッド。おそらく彼らもじきに、この街からも去るのだろう。

 誰かがケガをしたとか誰かが行方不明になったとかの噂は届いていたが、それが真実なのかは分からなかったし、あえて尋ねなかった。聞いたところで何にもならない。何かの冒険の最中にいるかのような彼ら旅の一行にとって、主人は結局はちょっとすれ違っただけの傍観者で、自身には関わりのない世界なのだ。

(……偽名か…。そういえば、普通のミリアちゃんは、あの悪漢共にサリーの名で探されていたようだが…。どちらかが偽名なのか…?)

 2人が去った後の扉を見つめながら、今の会話を反芻する主人。ミリアとは王女の名と同じだ。年齢も同じ。とはいえ、我が子に王子王女と同じ名前を付けたがる人が多いため、この街にだってアーロンという名の男子とミリアという名の女子は何人もいる。

(……まあ、流石にあの子が世を忍ぶ王女様ってのは、ありえないか……。15歳だと王女様はまだ、城からも出られねえだろうし。しかし結局、不思議な連中だったな)


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