■再掲■ 連載小説「オボステルラ」 【第一章 鳥が来た】 5話「彼方星の下で」(2)
5話「彼方星の下で」(2)
夜。この家では、とてもささやかではあるけども、晩餐の時を過ごすのが定番になっていた。干ばつが訪れる前のように。少しの食事をして、各々が思い思いにひとしきり語り合う。
いよいよ翌日から、井戸掘りを本格的にスタートする計画だ。それぞれが寝床に向かう中、またしても気分が高揚したリカルドはこっそり外に出て、件の酒小瓶を開いた。
あの日以来、2回目。今日もまた彼方星がよく見える。
「ああ、キレイだなあ」
(ユートリア卿の弱みを握って食糧得て、と、少し罪悪感があるけども…)
しかし、今の村の状況を考えると不謹慎でもあるが、この村での日々はリカルドにとってかけがえのないものになっていた。そもそも、彼が研究拠点以外で、何週間も1箇所にとどまること自体が珍しいのだ。その上、滞在先に深く関わっている。いつもは時に追われるように、次の旅先へと急いてしまう。
「何してるの?」
ゴナンが背後から急に現れ、わわっとリカルドは驚いて声を挙げた。
「ゴナン、まだ起きてたんだ」
そういえば最近ゴナンは、あのハンモックでぐったり寝ていることが少なくなってきた。朝も早く起きている。まだまだ痩せて骨と皮ではあるけれども、なんとも、健やかだ。リカルドは自分の隣に座るよう促す。
「ちょっと、悪い大人の飲み物をね」
「…お酒? すごい、透明なお酒、初めて見た」
先日のアドルフと同じように、琥珀色の瞳に好奇心を湛えて瓶を見る。流石にゴナン相手では、一口どうぞ、とはいかないが。
「明日からいよいよ、井戸掘りが始まるね」
「水、出るかな?」
「それはやっぱり、掘ってみないと分からないよ。ただ、なるべく確率が高そうな場所を、時間をかけて選定しているから、出てほしくはあるね」
そうか…、とゴナンは少し考える。
「…彼方星にお願いする? あの星が願いを叶えてくれるんじゃ無かったっけ?」
赤い星を見上げて、ゴナンが尋ねた。
「卵じゃなくて、彼方星? そういう言い伝えもあったかな」
「兄貴達がよく星を見て、話したりしてるから」
アドルフだけでなく、兄達も皆、星に興味があるらしい。もしかしたら、亡くなった父親は星学にも精通していたのかもしれない。ゴナンは、少し言いにくそうに続けた。
「…今日、帰り道に何か言いかけていたのが、気になって」
「あ…ああ、気付いてた?」
リカルドは器に入れたキィ酒をぐいっとあおって、ゴナンの方を見る。
「いや、あれはね。ゴナンがマルルの実は一生食べられないかもって言ってたけど、その気になれば食べる機会なんてこれからいくらでもあるよ、って、言いたかったんだよ」
「?」
「…つまり、例えば、僕と一緒にこの村を出て卵を探しに行ったりしてさ、その旅先で、マルルの実だけじゃない、もっと珍しい食べ物と出会えるし、いろんな景色や国や、人や…」
「……」
村を出て、卵を探しに、リカルドと旅に出る。相変わらずゴナンにとってはおとぎ話のような絵空事だった。ただ、1ヵ月前までは、そんな絵空事を思い浮かべることすら、なかった。
「……なんでリカルドさんは、俺にそんなことを言うの? 初めて会った日にも、同じことを言ってたけど」
兄のアドルフを誘うのならまだ、わかる。兄がこんなにも楽しそうに誰かと話すのを見るのは、初めてだった。同じ事が好きで、何かを知ることの喜びを分かち合えて、感性が合っている。傍目に見ていても、よく分かった。
「うーん、そうだね…。ゴナンが、何も欲しがってなかったから、かな?」
リカルドは、あえてアドルフに答えたのとは違う言葉を選んだ。
「?」
「何かが欲しい、とか、何かをしたい、とか。夢、とか…」
「俺も、ご飯や水は欲しいと思ってるし、体が大きくなって狩りや畑で役に立ちたいと思っているし…」
「ああ、うん、それはとても大事なことなんだけど」
うーん、どう伝えればいいかな、とリカルドは悩む。
「欲っていうか、野心っていうか。叶えたいことがあって、そのために一生懸命になって、辛くて逃げたいことがあったり、苦しいことがあったり、たまに楽しいこともあったり…。その繰り返しで、自分の人生っていうものが積み上がっていくと思うんだけど」
琥珀の目が、じっと、語るリカルドを見つめている。
「ゴナンは、まだ何も始まっていないまま、この干ばつで命を削り取られていってるように、感じたんだ…」
「…何も欲しがらないのは、よくないこと?」
「いや、決して悪い生き方ではないよ、特にこの村ならね。否定してるわけではないんだ。ヘタに欲がありすぎると、お屋敷様みたいになったり、その弱みにつけ込む悪い大人が出てきたりするわけだしね」
いたずらっぽく微笑むリカルド。
「…ただ、ちょっともったいないなあと、感じてしまうんだ」
「もったいない?」
思わず口にした言葉に、リカルドはハッとした。
「ごめん。最後は余計な一言だった。これは僕のエゴというか、要らないお世話だね。まだ君は15歳で、時間はたくさんあるんだからと、つい羨んでしまって」
「……」
しばし、無言の時が流れる。困ったように頭をかくリカルド。ゴナンが沈黙を破った。
「……でも、それは兄ちゃん達もじゃないの?」
「うーん、お兄さん達は、もう大人だってこともあるけど、この村で生きていくことに、何かの使命を持って日々を過ごしているような気がするんだよね。そう感じるだけだけど」
それはアドルフも含めて、だ。だからこそ、リカルドは彼を旅には誘わない。
ただ毎日を生きるだけでも必死にならなければならないこの村に、あれだけの人物達があえて居続けていることからして、何かの確たる意志を感じる。そしてそれが、この村を支配しようと言った類のものではないのが、不思議ではあるのだが。
「まあ、いろいろ言ったけど、僕がゴナンを気に入ってしまっているってことだな、きっと」
そう言ってリカルドは、ははは、と笑った。冗談なのか本気なのかお酒の戯れ言なのか、わからない。もう一口、キィ酒を口にする。
「リカルドさんは、叶えたいこととか、逃げ出したいこととか、あるの?」
「まあ、それはあるよ。大体、誰にでもあるものさ」
「でも、『鳥の卵を得た者の願いが叶う』ってのは、信じてないんでしょ?」
リカルドがお屋敷様に話していたことだ。
「そう、だから自分の力でどうにかしなければいけない…。のだけど、『卵で願いが叶わない』という証拠がどこにもないのも、まごうことなき事実なんだ」
「うん」
「…僕は、鳥と卵の伝承が、広い世界中にほぼ同じ形で広まっていることの不思議を解明しようと、旅をしているわけだけど」
「うん」
「……もしかしたら、もしかしたら、万が一の確率で、その伝承が事実だからこそ同じ言い伝えとして広まっているんじゃないかと、本当に、ほんのちょっとだけ、期待している心もあるんだ。だから、卵を手に入れたいし、鳥を追っかけている」
「…うん」
リカルドの表情が、穏やかではあるけども、ピリリと熱を帯びたようであった。
「…ねえ、旅って、どういう風にするの? 他所の街には勝手に入っていいの? 宿ってどんな場所? いつもテントに寝るんじゃないの?」
「…今日は、なんだかよくしゃべるね…」
「だって……、知りたいんだから、教えてよ」
少しふくれっ面にはなったが、ゴナンはまだまだ眠くないようだった。これまでの何かを取り戻すかのようにいろんな質問が出てくる。リカルドも楽しくなって、酒を飲むのも忘れてゴナンの質問に答え続けた。彼方星はまだ宵闇の南空に在る。
この夜、ゴナンは生まれて初めての夜更かしをした。
↓次の話
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