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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  7話「鋭い男」(3)


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7話「鋭い男」(3)


 さて、時は少し遡る。

 ゴナンが心配でいてもたってもいられず、夜中にただ1人、クラウスマン邸を飛び出したリカルド。ひとまずは予測した巨大鳥の進路を追って、『ミリアが選ばなかった』南東に馬を飛ばしていた。

 まだケガの傷は残っており、乗馬すると痛みも強いが、どうせ放っておけばそのうち治る。許されるならば一睡もせず夜通し駆け続けたかったが、流石に馬を休ませないと難しく、それは諦めた。

(くそ…、どこかの街に着く度に、都度、馬を乗り換えるか…)

 夜、道端で野営をしながら、そんなことまで考えるリカルド。

(…ルチカのあの翼。空気が噴き出す力と自然の風を活用しているといっていた。乗り物が生き物以外の力で動くというのはうらやましいな。エサや水や体力のことも考えなくていいし…。彼にとってこの国は、僕らが感じているほどには広くないんだろうな…)

 南の空には彼方星。その赤い明かりを見つめていると、脳がボンヤリとして落ち着いてくる。リカルドは首を振って、慌てすぎている自身を戒めた。慌てて手紙を残してきたが、あれを読んで、リカルドの勝手な振る舞いに怒り狂うナイフの姿が目に浮かぶようだ。

(……また合流できたら、張り手の1発や2発は、覚悟しておくか。3発、も…、あり得るか…)

 リカルドは地図で翌日のルートを確認しながら、浅い眠りに入っていった。

*  *  *

 翌朝からも、ほとんど食事も採らないまま移動を続けたリカルド。馬がバテてようやく休憩する始末だ。じきに、次に巨大鳥が周回するであろうと予測したエリアに到着したが、なかなかその姿を見ることはできない。

(……ウキの周辺では、あんなに頻繁に巨大鳥の姿を見ることができていたのに…。南東に来たのは、見当外れだったのだろうか?)

 しかし、ミリアの『引きの悪さ』にある程度の信頼を寄せているリカルドは、道を引き返すことはしない。近くの村に立ち寄って水場の場所を教えてもらっては、毎日落ち着きなくそれらを回っている。その挙動が旅人にしてはあまりにもおかしくて、村では「水が好きな学者さん」と呼ばれるようになっていた。

 そうして、あっという間に10日が経つ。

(この周辺には、もう鳥はいないのだろうか…)

 実はこの間、巨大鳥は矢傷のためにゴナンと共に、ずっと手前の泉に滞在していたため、リカルドはかなり先回りをする結果になっていたのだが、もちろんそんなことは分かりようがない。

 村に食材を買いに立ち寄ったリカルド。少しでも巨大鳥を見逃さないよう、雨以外の日は村で宿を取ることはせずにどこかの水場のほとりに野営をしていた。それもゴナンと旅をしているときのような凝った野営ではない。テントすら立てず、ただ寝袋を出して寝るだけだ。それでも、1人で見て回れる範囲には限度がある。傷の痛みも癒えてはおらず、あまり効率的な探索ではなかった。

「…あの…」

 村で買った食材を手に、また水場へ戻ろうと馬の方へ向かっていると、数人の女性に声をかけられた。その内の1人が、袋に入ったパンを差し出してくる。20歳くらいの女性に見える。

「…?」

「あの…、研究、お疲れさまです。これ、差し入れです…」

 少し頬を赤らめて袋を渡す女性。他の女性はソワソワと、リカルドの反応を見ている。急にふらりとやって来て水場の調査をし始めた、冷たい瞳を持つミステリアスな雰囲気の旅人に、この女性は好意を持ってアプローチを決してきたようだ。

「……」

 リカルドはひとまず袋は受け取るが、困ってしまう。

(……ああ、面倒だな…)

 この女性が自分に向けている気持ちは流石に理解しているが、もともとリカルドはこういったことに極力、関わらないように生きてきた。顔立ちは多少整っては見えるが、彼女が女性として魅力的かそうでないかも、正直リカルドには判断が付かない。それに今は、時間を少しも無駄にはしたくない。



 リカルドはいつもの冷たい薄ら笑みを浮かべる。

「…ああ、ありがとう。助かります。もうこの地を去らないといけなかったから。旅の道中で、ありがたくいただきますね」

「…え、もう、出発するんですね…?」

 本当はもう少しこの地域で粘りたかったが、仕方がない。どのみち、巨大鳥を見かけることもできていないし、面倒事から逃げるために出発を即断したリカルド。氷の微笑みを崩さず答えた。

「ええ。先を急ぐので、失礼。ありがとう」

 そう素っ気ない返事をしてくるりと振り返り、足早に馬の元へ向かう。女性たちは「残念ね」「頑張ったわね」などとキャッキャと盛り上がっている。楽しそうなら何よりだ。できるならば、今日を限りに自分のことはすっぱり記憶から消してほしいと、リカルドは切に願っている。

(この世の中の誰にも、僕のことなんて覚えていてほしくない。ゴナン以外には。……いや、ゴナンも、僕が死んだら、僕のことは忘れてそれからの人生を満喫してほしいかな……。……いいや、やっぱり、ゴナンだけには、覚えておいてほしいかも……)

 リカルドは乗馬して手綱をギュッと握りしめ、そして馬で駆け始めた。次の目的地は、広い盆地の形状の土地だ。その手前で、ちょっとした山を越えないといけない。盆地へ降りればいくつかの村があるはずだから、またそこで水場の聞き込みをして…。

「……!」

 その村から1日ほど進んだときのことだった。リカルドは森の中で、突然、落馬した。痛みにもがいているが、落馬のケガではない。体内を痛みが蝕むいつもの発作が、今、起きてしまったのだ。

(しまった……、こんな時に…)

「う……、うぅ……」

 約4年後の寿命に帳尻を合わせるように、何かが体を蝕みダメージを与えようとしてくる発作。最近は発生する間隔が短くなってきている。しかも、よりにもよって1人のときに。

「う…、ぐ……」

 うめきながら馬の方を見ると、馬はその場から逃げ出して行ってしまった。ゴナンの荷物が乗っているのに。

「……ま、待って……。う……」

 毎日、体力の限界まで走らせてしまっていたから、馬は嫌気がさしてリカルドの元から逃げてしまったのかもしれない。馬を止めたいが痛みで身体も動かせない。そのまま、リカルドはうずくまり、ただ痛みにもがくだけであった。


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