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連載小説「オボステルラ」 番外編6「受難の宿屋」(7)
番外編6「受難の宿屋」(7)
騒動からから数日が経ち、収穫祭の前日となった。宿の主人は、少しバタバタとしている。
祭の準備にも駆り出されるし、祭の日には僅かながら観光客も泊まりに来る。いつもは家族だけでの経営だが、この数日間だけは食堂と宿にアルバイトを雇っているのだ。
「お父さん、ごきげんよう、わたくしは普通のアンナよ」
と、アンナがお下げの髪を揺らし、フワフワのスカートをひらりとさせながら、いつもの妙な挨拶を見せに来た。妻が娘のおねだりに応えて、自分の手持ちのドレスを少し手直ししてアンナ用に仕上げたのだ。先日の騒動からしっかり立ち直っているようで安心する主人。
「おお、懐かしいドレスだな。ママが若いときに着ていたやつだ」
「そうなの? ちょっと古くさくないかな……?」
「こういうのは、古い方が逆に新しく見えると聞くぞ」
その言葉に、アンナは嬉しそうにヒラヒラさせながら、自分の部屋へと戻っていった。明日が待ち遠しくて仕方ない様子だ。この前怖い目に遭ったから、その分、お小遣いをはずんであげないとな、などと考える主人。
と、ゲオルクが部屋から降りてきた。
「あ、ゲオルクさん。申し訳ねえ。夕食の準備がまだ整っていなくて」
「ああ、大丈夫だよ。なんだかお忙しそうだから、今日は酒をいただこうかな。ナッツかチーズか、簡単なつまみがあれば事足りるから」
「それは助かります」
主人は言葉に甘えて、食堂に入っているスタッフにオーダーを取るよう指示をした。と、そこに、アーがどこへやらの外出から戻ってきた。ゲオルクがアーに声をかける。
「やあ、アーさん。私はいまから酒をいただくのだが、1人酒はやや、寂しいものだ。一緒にいかがかな?」
「え?」
アーはまた怪訝な表情をする。しかし口元をニヤッとさせると、「いいよ。荷物を部屋に片付けてくるから、ちょっと待ってて」と快諾し、バタバタと部屋へ上がってくる。
「おや、ダメ元だったが、受けてもらえたな」
ゲオルクは少し嬉しそうな表情だ。すぐに部屋から降りてくるアー。ポンチョは脱いできているが、ダボダボの服を着ていて、やはりぱっと見、性別がわからない。
「あまりこういう場は好まないのかと思ったよ。食堂で一緒になることもなかったからね」
自分の正面の席に座ったアーに、ゲオルクは微笑みながらそう、声をかける。
「まあ、好きでも嫌いでもないですケド。他にやらないといけないことが多いだけ」
「そうか。美しいお嬢さんに相席を受けてもらえてありがたいな。ウキの良い思い出になりそうだ」
「……もしかしたら、何か鳥のヒントを持ってるかもって思ったしね。もののついでに」
「ん? 今何と言ったか?」
「……何でもないよ。さ、カンパーイ!」
いつの間にかドリンクを注文していたアー。元気よく乾杯の音頭を取る。意外に酒席のノリは良いようだ。すっかり馴染んでいる2人の様子を見て主人も安心し、そして祭の準備に広場へと出かけた。
* * *
----そして3時間後。
祭会場で自分の担当箇所の準備を終え、主人は宿へと戻ってきた。あのショーン騎士の巨人とナイフちゃんさんが手伝いに来てくれたため、屋台の設営などの力仕事が恐ろしく早く進んだのだ。「俺もちっとは鍛えようかな…」などとぐっと腕に力こぶを込めて見るも、腕を厚く覆うぷるんとした脂肪が揺れるばかりだ。ふう、とため息をつきつつ、食堂の方を見てみると…。
「ほらあ、ゲオルクさん。ちょっと早くへばりすぎなんじゃない?」
「……うむ…。いやあ、楽しいね、ふふ…、ふ……」
ゲオルクがへべれけだ。ろれつが回らなくなっている。対してアーは元気いっぱいで、いつの間にかゲオルクの横に座って、さらに酒を盛っている。なんだか食堂というより、ラウンジか何かのようだ。
「さすが帝国人の大佐サマ、いい飲みっぷりだね。あっちではお酒が強い方がモテるんでしょ? さ、もう一献」
「ふ……、ふふ、まあね……」
(おいおい、もうやめといた方がいいんじゃないか?)
これまでもゲオルクは食堂で酒を嗜むことはあり、なかなかの酒豪の様子だったので、ここまで酔っているのを見たことはない。主人は少し心配になったが、当のゲオルクはニコニコ笑顔で楽しそうである。少し状況を見守る宿の主人。
「ね、なんで帝国の軍人だった人が、ア王国をフラフラ歩き回ってんの?」
この酒席でアーは一通りゲオルクの素性を聞き出しているようだ。さらに質問を重ねている。
「……なに…、個人的な趣味、だよ……」
「何か探してるとか? 何か追っかけてる?」
その質問の瞬間だけ、アーの貌が素に戻った気がした。しかしゲオルクは、ニコニコと微笑みながら答える。
「そうだね、探しているといえば、探してる……」
「……えー、ナニナニ? 知りたいな~」
そう言って体をすり寄せるアーに、ギョッとする主人。このアーが、以前は女装バーの売れっ子キャストで、働き始めた途端に売り上げ1位を挙げたとんでもない飲ませ上手だとは知らない主人は、「酔えば人間、変わるものだな……」と驚き交じりに様子を見ている。
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「ね、大佐サマ。王国で何探してんの?」
「人の、暮らしの、営みの、本質だよ……」
「……」
その答えに、少し興ざめな表情になるアー。
「なに? そんなん探さなくったって分かるじゃん。ちゃんとご飯食べてよく寝るために人間は生きてるんでしょ? それ以上の何か、ある?」
「ふふ……、まあ、言ってしまえばそうなんらけろね……」
「……」
「でも、人間、そうは単純に、いかないらろ…、う……。君だって、何か、複雑な、目的を持って、動いている人に、見えるよ……。まずは、……あなたの本当の名前を、知りたいところ、らが……」
ウトウトと頭を落としそうになりながらも、そう分析を口にするゲオルク。アーはゲオルクの言葉に一瞬、反応したように見えたが、すぐに笑顔を湛えた。
「…そんなこと言ってごまかして、何か追いかけてるモノがあるんじゃないの~?」
「……まあ、事に備えて……、王国内と、人々の行いを、知り尽くしておく、しめ……い……」
「……」
そこまで話して、ついにゲオルクは陥落した。テーブルに突っ伏して眠ってしまっている。何度か体を揺さぶって起こそうとしたが、完全につぶれてしまっている様子を見て、あーあ、とため息をつくアー。
「……結局、鳥とは関係なしか。最後、なんか物騒なことを呟いていた気もするけど……」
ま、私には関係ないか、と独り言を言うとぱっと立ち上がり、受付台の中にいる主人の方に向かってくるアー。
「随分、お酒が過ぎたようで…」
「ああ、ゲオルクさんはね。私はお酒は一滴も飲んでないから」
「えっ」
主人は伝票を確認すると、確かにノンアルコールの果実水が数杯注文されている。
(素面であのテンション…。しかも、お酒に弱くは無さそうなゲオルクさんを潰してしまうとは……)
「お勘定、よろしく」
と、アーが懐から財布を出しながら主人に述べた。
「いや、しかし、ここはゲオルクさんが支払う場だと思いますが……? 恐らくゲオルクさんも、そのおつもりでは……」
「そう? でも寝ちゃってるし。潰しちゃって申し訳ないから、そのお詫びもかねて? 気にしないで」
そう淡々と述べるアーに、「まあ、いいか」と主人は計算する。酒代だけでとんでもない金額だ。儲けになるなら、どちらの支払いだろうと主人には関わりないが……。
「じゃ、ごちそうさま。あの人、後はよろしく。オヤスミ」
そう飄々と言ってアーは部屋に戻っていく。主人は肩をすくめてため息をつくと、食堂に入ってもらっているアルバイトの男性と共に、ゲオルクを抱えて彼の部屋へと運んでいった。
↓次の話↓
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