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連載小説「オボステルラ」 番外編6「受難の宿屋」(6)


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番外編6「受難の宿屋」(6)


 「うわ……、ひでえな……」

 マーケットの様子を見て、宿の主人は思わずそう口にした。いくつかの店がひどく荒らされている。宿屋と同じように、サリーという少女がいないかを訊かれて、そして知らないと答えると暴れて店を荒らしていったのだそうだ。

 しかし、その男達は今、あのショーン騎士と対峙していた。全部で4人いるが、すでに男の1人は倒れている。ディルムッドが抑えてくれたのかとホッとしたが、その彼はどこかに駆けようとしており、そして男達がそれを止めているようだ。リカルドとナイフも叫びながらどこかへ走っている。主人がそちらの方に目を向けると…。

 ガキンッ、という鋼の音と共に、あの細い少年が剣で攻撃を受けていた。

「早く逃げて!」

 ゴナンがそう叫びながら、悪漢の剣を受けている。背後には金髪美女と普通のミリアちゃんがいる。彼女らを守っているようだ。

(……弱々しい少年だと思っていたが、意外にやるな、すごいな…)

 何か物語の1シーンを見ているかのようなその状況に、主人は少し震えた。そして、先ほどの自分の情けない叫び声と脂汗びっしょりの捨て身の突撃を思い出し自嘲する主人。すぐにナイフが追いつき、そしてゲオルクが現れ、男達は抑えられたようだった。どうやら、ゲオルクと同じ帝国人のようだ。そしてゲオルクの立場が圧倒的に高い様子である。

(……ひとまず、場は収まったのか……)

 ふう、と護身用ナイフを握る手の力をゆるめた宿の主人。と、自分のすぐ横にアンナが立っていることに気付いた。隣には妻もいる。

「おい、アンナ! 危ないじゃないか。こんな所まで出てきて…」

「……だって、お父さんが危ないと思って…」

 さっきは『パパ』呼びだったのに、もう『お父さん』に戻っていることを少し寂しく感じつつも、そんなアンナの頭をポンポンと叩いた。

「パパは危ない所に突っ込むようなことははしないよ」

 さっきの振る舞いも自分らしくなかった、と主人は振り返る。なんだか少しずついつもと違うことが起こっている、その雰囲気が、主人にごく僅かではあるが無茶な行動をさせてしまったのかもしれない。

「さあ、もう大丈夫そうだ、家に戻ろう」

「うん…」

 アンナは、少しだけその場を去りがたそうにしていた。目線の先には、傷を負い座り込んで、ゲオルクから話しかけられているゴナンの姿があった。美女とミリアはすでにこの場を去ったようだ。

「暗い子だと思ってたのに。さっきの、『あなユラ』のお姫様と騎士みたいだったわ」

「『あなユラ』?」

 巷で流行っているという恋愛小説『あなたの瞳はユラリアの花の色』のことである。しかし、勉強嫌いなアンナは小説を読むのにも苦労しており、先生の『図書室』から借りても、まだ1巻か2巻あたりまでしか読み進められていないと言っていた。

「そうだな。ああ見えて、きちんと剣の鍛錬をしている子なんだろうな。ウキではそういう子はいないから、珍しいな」

「なんだか、あの人達、みんな、別世界の人みたい…」

 そう、キラキラした目であの旅人達を見ているアンナ。主人はそんな娘の頭をポンポン、と撫でた。

「そうかな? 同い年の子とケンカしたり、よくわからないことで狼狽えたり、美女に良いところ見せようとしたり、みんな俺たちと同じ感じだぞ。ほら、話しかけに行ってくるか?」

 そう促す父に、しかしアンナは恥ずかしそうに首を横に振った。やっぱり、何を話していいのか分からないのだろう。主人はふっと微笑むと、妻と顔を見合わせて、そして宿へと戻っていった。

*  *  *

 妻とアンナとで食堂を片付けていると、ゲオルクと旅の一行が現れた。皆で晩御飯を食べたいという。やはり、金髪美女とミリアはいない。

 ゲオルクは、食堂内の異変に気付く。

「……まさか、奴等はここも荒らしていったのか?」

「へえ…。うちが宿屋だってんで、ここに少女が泊まっていないかと。それで、うちの娘が背格好が似ていると、剣も突きつけられまして…」

 その言葉に、ゲオルクははっとアンナを見る。アンナは恥ずかしそうに、刃で少し割けた服の傷を手で隠した。

「アンナちゃん、怖い思いをしたね。あいつらは私と同じ帝国人だったんだ。主人も、申し訳ない。奴等に変わってお詫びをするよ」

「あ……、いえ……」

 アンナはやはり、ゲオルクの顔をまともに見ることができず、伏し目がちに答える。しかし、ぐっと顔を上げた。

「……こ、怖かったけど…。パ……、お父さんが守ってくれたから、大丈夫です…」

「……!」

 少し誇らしげな表情のアンナの言葉に、主人も少し照れくさそうに笑う。あのように肉団子が転げたような無様な突進でも、娘には頼もしく思えたようだ。

「そうか。強いお父さんだ」

「はい…」

 優しく微笑むゲオルクの顔をまっすぐ見て、アンナもニッコリと微笑んだ。「あなた、なかなかやるじゃないの」とナイフが主人を小突いてきた。




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