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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  15話「対面」(1)


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15話「対面」(1)


 朝。

起床してリカルドが居ないことに気付いたゴナン。隣で寝ていた気配もない。朝支度もままならず、すぐに隣のナイフの部屋に飛び込んでくる。

「ナイフちゃん……! リカルドが……、……あっ」

「おはよう、ゴナン。リカルドはここよ。心配しないで」

 ナイフはすでに起床し、朝の鍛錬の身支度をしていた。ベッドではリカルドがスヤスヤと眠っている。

「なんで、こっちに…?」

「昨日、夜にまた発作が起こったの。それでゴナンを起こしたくないからって、こっちに来たのよ」

「え……」

 リカルドが苦しんでいるときに自分は気持ちよく熟睡してしまっていたことに、罪悪感を感じるゴナン。ナイフはその様子に気づき、安心させるように微笑んで、優しい声で続けた。

「…最近は何日も続くことが多かったらしいけど、今回は夜中には収まっていたわよ。私もぐっすり眠れたし。ほら、爆睡しているでしょ?」

「うん…」

「ゴナン。リカルドのこれは、見ててつらいだけで何もできることはないんだから、気にせず放っておいていいのよ、ね?」

「……」

 ナイフの言う意味は分かっていても、やはり苦しむリカルドの姿は見るに堪えないものなのだ。ゴナンはうん…、と、小さく返事をした。

*  *  *

 日が暮れてからミリアが王妃の元へ向かう予定のため、午後からそれぞれ準備をすることになった。その日、役割がないゴナンとリカルドは、午前中から街中に出る。リカルドがゴナンの冬服をやたら買いたがり、ゴナンも渋々それに付き合う次第だ。ディルムッドがリカルドの体調をひどく心配していたため、少しだけ具合悪そうに演技しながら宿を出た。

「ゴナン、体調は大丈夫? 熱は出てない?」

「うん、まだ、大丈夫だけど……」

 ブティック数軒を回り、両手に買い物袋を抱えたリカルドがゴナンに尋ねた。この街に来るのは、ゴナンは初めて。いつもの感じだと『街の空気』が障って、早ければ明日かあさってにはまた発熱をするかもしれない。ゴナンは、自分のそんな体質を恨めしく感じているが、リカルドは微笑んで続けた。

「でも、一度熱を出して治ったら、同じ街ではそれ以降ぶり返すことはないようだね」

「あ、うん……。そう言われてみれば…」

「一度熱を出したら、その街には『慣れる』ってことなのかなあ。熱で身体を強くしているのかもしれないよ」

 リカルドのその言葉に、ゴナンははっとする。面倒なだけだった自分の体質が、とたんに前向きなものに思えてきた。そのわずかな表情の変化を感じ取り、リカルドはにっこり微笑む。

「さて…、まだ、皆が準備を始めるまでは時間があるね。今日も図書館に行く?」

「うん…、図書館もいきたいけど…」

「?」

「…あの、昨日言ってた、汚い水を流す管? それが見える場所、ないかな」

 どういう構造になっているのか実物を見てみたい、そんな好奇心を胸に膨らませていたゴナン。「また、マニアックな場所をご所望だな……」とリカルドは、そういう場所があったかどうかを思い出す。

「……基本的には配管は全部地面に埋め込まれているから、確か、遠くの川までつながっている汚水槽が途中、あったと思うけど……。ただ、汚水を流す場所だから、臭いも見た目も、なかなかキツいよ?」

「……それでも、いい…。見てみたい」

 そう、瞳を輝かせるゴナンに、リカルドは微笑む。一旦、宿に買い物の荷物を置いてから、その下水の排水施設へと向かうことにした。

*  *  *

 ローゼンフォードの街の外れ、湖からも遠く離れた場所に、街中からの太い水路がつながっている排水槽がある。2人が馬を駆り訪れたのは、何本かの管から汚水が集まり、より大きな水路へと流されるポイントだ。施設の管理人に「少年が見学をしたい」と申し出ると、喜んで中に入れてくれた。

「うわ……、やはりなかなか臭いな…。生活排水もトイレも一緒くたになっているからね」

「……でも、汚い水はここにしか流れないんだよね? だから、湖はあんなにキレイなんだね。すごいな……」

 布で口元を押さえつつも、興味深そうに汚水槽を覗き込むゴナン。

「そうだね。だから、ローゼンフォードは家や建物を勝手に増やしてはいけないんだ。必ず排水管を作らないといけないから、それが可能かどうかのお伺いを街に立ててから、許可が出たらOKになる」

「ふうん」

「だから、家や道路の工事も、この街は少し特殊な技術が必要なんだ。この街が石畳やレンガ敷きの路が多いのも、地中にある排水の管を守るためでもあるんだよ。金属でできているんだけどね」

「へえ……」

「もちろん、シャールメールや王都も区域によってはこのような設備が施されているけど、街全体が一貫してこのようになっているのは、この街くらいだろうなあ…。わりと新しい街なんだよ、ここは。十数年前に一気に開発された場所で」

「そうなんだ……」

 ゴナンは無表情ながらも目を輝かせながら、リカルドの説明を聞く。汚水槽の中をみると、何かを混ぜてかくはんしているようだ。

「あれはなに?」

「ああ……、多分、ゴブリスの木の炭を混ぜ込んでいるね。多少の浄化作用があるから、少しでも汚水をキレイにして川に流し込もうとしているんだよ。ここの周りの樹を見てごらん。全部ゴブリスの樹なんだよ」

「ゴブリス…」

 ゴナンは周りに生えている、同じ種類の樹の一つに触れる。初めて見る樹だ。

「この樹自体にも浄化や消臭の作用があるから、少しでも解消できるように植えているんだね。まあ、とはいえ、ではあるけど」

 そう言って顔をしかめるリカルド。そして、汚水槽の一角にあるプレートを見る。

「……ロス式……」

「えっ?」

 そこには、昨日お風呂に付いていたものと同じ、「ロス式」の銘がつけられている。

「これも、ルチカのお父さん……?」

「……多分ね…。土木系の構造にまで手を出しているのか、すごいな……」

 リカルドは腕を組み、感心したようにプレートを眺める。

「ここまで手を広げていたら、そこそこ儲かっているんだろうなあ。それなのに、娘のルチカは自分の技術を『売る』ことに興味がないなんて、不思議だね」

「うん…」

 ゴナンは生返事をしつつ、汚水槽のあちこちをキョロキョロと見回たり、ときに管理人に質問をしたりしている。正直、リカルドはもうここの景色は見飽きてしまったが、ゴナンが満足するまでしっかりと付き合った。


*  *  *

 小一時間経ち、ようやく2人は街へと戻って図書館へと立ち寄る。そこでもゴナンは読書に没頭し、結局、昼食も摂らず3時間滞在した。午後が深まってくる。

「…ゴナン、僕はそろそろ宿に戻るよ。皆の準備の様子を見てくるね。ゴナンはもう少しいる?」

「……うん…」

 少し申し訳なさそうにしながらも、図書館から去りがたい様子を見せるゴナン。リカルドはニッコリ笑うと、「大丈夫。遅くなりすぎないようにね」と先に図書館を去った。

(ふふ……。すっかり本の虫だ。本当に勉強が好きなんだな……。今日は、街の作りに関する本を読んでいるようだった。欲しい本があるようだったら、買ってあげよう。ああ、そうだ。誕生日プレゼントは本がいいかもしれないな。いや、どこかの館を買い取ってそこをゴナン専用の図書館に……)

 リカルドは、ウキの街でジョージ・クラウスマンが書斎で見つけた、ゴナンの父かもしれない人物の名前を思い出していた。クリストフ・フィッシャーマン。学生時代はシャールメールにある王立第二大学に所属していたというから、かの街で生まれ育った可能性もある。

(……もしかしたら学者の家系だったりするのかな…。アドルフさんもあんな感じだし。ちょっと調べてみるか…。まだゴナンの父親だと確定しているわけではないが、念のため……)

 リカルドはそう思い立ち、手紙屋に立ち寄って、シャールメールにいる知り合いの情報屋宛の手紙をしたためる。返事の宛先はシャールメールの自身の拠点に設定し、伝書鳩便に託す。早ければ自分たちがシャールメールに着く頃には、何らかの情報が届いているかもしれない。

 一方で、クラウスマン邸で父の素性に全く興味を持っていなかったゴナンを思い出す。

(……人は誰しも、自分は何者であるのかを探しながら生きているんだと思っていたけど、ゴナンはそうではないのかもしれないな…)

 ただ今ある姿が自分の全て、自分のやって来たことだけが自分が何者であるかの証、そのような生き方だ。最近は以前よりは、自分からしたいことや欲しいものの話をするようにはなってきてはいるが、やはり無欲で、自然体だ。

(ゴナンにとっては余計なお世話かもしれないけど、でも、やっぱり自分のルーツに関わることは、知らないよりは知っている方がいいと思うんだよな…)

 リカルドはそう言い聞かせながらも、石畳を踏みしめながら宿へと歩みを進めた。




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